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デザインマネジメントの3つのアジェンダ

デザイン思考は終わった、という話を聞く。

イノベーションやDXを推進するビジネスパーソンのデザイン思考の認知率は9割を超えており※、すでに知れ渡った感がある。デザイン思考は、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングのように、認知の上では普遍的なものになったともいえる。

一方、社会全体のデザイン思考の「活用」という点では、まだまだ普及は不十分だ。デザイン思考の考え方を理解しプロセスを取り入れたにも関わらず、成果が出ず失望や幻滅を感じる企業もある。そういった経験から、デザイン思考の終わりに言及する声は存在する。

デザイン思考は「思考」と名がつくが、実際の活用においては思考と態度と行動を合わせた一連の活動となる。デザイン思考のプロセスは、一方通行ではなく繰り返し思考し改善するもの。全社業務の流れとデザイン思考との関係を整理し、うまくまわるためのしくみを整備しないと機能しづらいものだ。失敗をポジティブに捉えるような態度や文化も必要だ。

デザイン思考は、不確実な社会を生き抜くための経営技術といえるまで普及したが、それを組織的に活かすための周辺の経営技術が不足している。その不足があるゆえに、「デザイン思考の終わり」の言説を生み出すことになっている。デザイン思考を機能させるためのしくみを構築し、社会や産業に充実させる必要がある。

デザインマネジメントの可能性

デザインマネジメントという領域がある。デザインマネジメントは、デザインを経営資源として捉え、その成果を最大化するための業務や組織を構築し、運営するものである。

デザインマネジメントは、製造業において製品デザインを企業の競争優位になるまで高め、その造形やそれを象徴する製品言語を管理・発展させる方法として、ノウハウの蓄積が進んだ。

市場性とデザインの意志、技術的可能性とデザインの融合、デザインと製造プロセスの最適化、デザイナーの育成や組織化、経営者の構想とデザインとの伴走など、経営の各所で知識がつくられた。

その後、2018年「デザイン経営」宣言にて、当時の産業課題に呼応した形で、ブランド力向上とイノベーション創出の形で目的が整理された。デジタルサービスを提供する企業の成長や、製造業の業容変化などを起点に、さまざまな業界で参照され、デザインマネジメントの普及が進んだ。

「デザイン経営」宣言では、経営チームに参画するデザイン責任者の重要性が提言され、CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を置く企業が増えていった。2019年の「高度デザイン人材育成ガイドライン(経済産業省)」では、デザインマネジャーのロール(職種)が定義され、デザインの専門スキルとしてのデザインマネジメントに、よりいっそう光が当たることになった。

内部にデザイン組織を抱える企業も急増した。デザインの品質や業績の管理、人材育成や採用、非デザイン部門との協働などのオペレーションを磨き上げる動きも活発になった。企業のデザイン活用が進むにつれ、デザインマネジメントの社会的ニーズも急速に高まってきている。

デザインマネジメントがめざすもの

CDOやデザインマネジャーは精力的に活動している。次のようなアジェンダに日々取り組んでいる。

1.デザイン人材の視点から、デザインケーパビリティを強化する

デザインチームを率い、企業のデザイン力を引き上げる。デザインレビューやプロジェクトの監督を通じて、デザイン人材の育成にコミットする。社内各所と連携し、デザインプロジェクトが円滑かつ効果的に成果を出せるよう努める。

2.企業経営の視点から、法人格をデザイン人格にする

企業経営の視点からトップダウンでデザインの活用を構想する。デザインやデザイン思考を、企業課題を解決する手段であると社内全体に働きかけ、実行を通じて体得を促す。

組織メンバーが、公的・私的を越境した「個人」として自律して存在し、その身体に宿った経験や記憶、感性や構想を十分に活かしながら、遊び心をもって仕事に取り組めるように組織を変革する。

そして、企業を一人の人格として見た場合、その人格が不確実性や曖昧性を歓迎し、顧客への深い共感を示すとともに、新しい価値を生み出す意欲に満ちあふれるようにしていく。

CDOやデザインマネジャーは、このような2つのアジェンダをベースに、デザイン人材の視点と企業経営の視点を往復し、ボトムアップとトップダウンを融合した創造的な解答をしめし、企業を推進していく。

しかし、こうした重要な仕事のほかに、私はもうひとつのアジェンダがあると考えている。

3.社会の視点から、デザインマネジメントを抽象化し、普遍的な経営技術として体系化する

優秀なCDOやデザインマネジャーは増えている。「デザイン経営」に取り組む企業も増えている。日々の活動の中から膨大な知見が生まれている。

CDOやデザインマネジャーは、デザインが行われている現場に身を置き、その現象を主観的・客観的に捉えながら苦労を重ね、解決にあたっている。一般論では太刀打ちできない、複雑なコンテキストにからまった個別の対応をし、人間の感情や政治に触れながら情報を統合し、人を動かしている。相応の暗黙知が身体化されている。

最初に、デザイン思考を組織的に活かすための周辺の経営技術が不足していると述べた。

その周辺のノウハウと技術を生み出し普及することに、デザインマネジメトの当事者たちは向き合う必要があると思っている。現場・管理・研究者が一丸となって、知を交換し体系化しなければいけないと感じている。

デザイン思考だけでなない

デザイン思考を例に出したが、デザイナーやデザイン人材が持つ性質や活動で、抽象化し体系化できるものはまだまだある。

デザイナーやデザイン人材の思考のうち「デザイン思考」が表しているのは、ほんのわずかな一面でしかないと感じている。膨大な身体知や経験がまだまだ表現できていない。

ましては、デザインを管理運用する側の仕事については、これから重要な知が生まれてくるだろう。それが結果的に、デザイン思考やデザインの活用を助け、あらゆる企業や組織のパフォーマンスを上げる一助となると考えている。

私もデザインマネジメントの当事者の一人として、微力ながらその体系化に貢献したい。そのために実務者としての気づきをこのnoteにつづっていきたいと思う。


※「デザイン思考・デザイン経営レポート2023」(コンセント)より。
(2023年11月20日時点で、冒頭の文章「イノベーションやDXを推進するビジネスパーソン」が、より広い意味の「ビジネスパーソン」という文言になっておりました。一部の皆様に誤解を与える結果となりました。お詫び申し上げます。)

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