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『TITANE チタン』の感想 ※ネタバレ注意!

2021年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを獲得した『TITANE』を鑑賞したのでその感想をつらつら書いていきます。

あらすじ
幼い頃、交通事故により頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア。
彼女はそれ以来<車>に対し異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。自らの犯した罪により行き場を失った彼女はある日、消防士のヴァンサンと出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は孤独に生きる彼に引き取られ、ふたりは奇妙な共同生活を始める。だが、彼女は自らの体にある重大な秘密を抱えていた──

公式サイト:https://gaga.ne.jp/titane/about/

監督は『RAW 少女のめざめ』がデビュー作のジュリア・デュクルノー。
主演は本作が長編映画デビュー作のアガト・ルセル。
助演はこれまで数多くの作品で存在感を放ってきたヴァンサン・ランドン。

恥ずかしながら『RAW』は未見で本作が監督の作品初見ですが、なかなか衝撃的な作品でした。


※以下ネタバレ注意!!!




ファンタジーでもSFでもない、ミソロジー(神話)ムービー

情報は予告以外ほとんど入れていない状態での鑑賞。
グロさに耐性が無いと難しそうだなと思いつつポップコーン片手に観ましたが、確かに描写がリアルでした。
アクションムービーだと殺陣演出の都合で即死するようなシーンも体の震えや血以外の描写もあって苦手な人もいそうだなぁ…という感じでした(フィルマークスの感想でも目をつむってしまい1割も観れなかったという人も…)

ただ、しっかり鑑賞するとグロさというよりは頭の中を破壊されるような感覚が強く、自分の中での常識や想像を超えたときの拒否感に支配される人も多いのでは?という印象です。
(夢野久作の「ドグラ・マグラ」を読んだときの感覚に近いものがありました)

脳が破壊されるかと聞かれたら、破壊されると思います。

そんな珍妙奇天烈な本作ですが、ただの衝撃で終わらない、深い意味を持つ作品ではあると思います。
この作品を語る上で重要なキーワードを下に列記します。

  • 神話

  • 対物性愛

  • 宗教


  • 神話

ポンペイのフレスコ画に描かれたパーシパエー、ダイダロスと、ダイダロスが制作した木製の牝牛。
自分が工夫した魚網をもったロキ 18世紀のアイスランドの写本『SÁM 66』より

作中ではアレクシアが車とSEXをしたことでの妊娠や、性別を偽ってヴァンサンの息子になり替わるといったシーンがあります。
それを見て真っ先に思い浮かんだのは北欧神話・ギリシア神話といったものでした。
ギリシア神話ではクレータの王であるミノスの妻 パシパエが白い雄牛と性行為をしたことで、ラビュリントスに住まう怪物ミノタウロスが誕生するエピソードがあります。
一方、北欧神話ではロキという神がいて、悪戯好きで有名ですが変身術も得意とし、男神でありながら女性に変身することもありました。(子供ももうけたというエピソードも存在)

車との間に子を産む=パシパエが牛と交わりミノタウロスを産む
女性から男性へ性別のラインを越える=ロキの両性

上記見ても明らかにモチーフとして神話が使われているような気がしてならず、そこからは既存の性に対する価値観を悠々と破壊していく強い意志を感じました。
ただ、越えると言ってもロキのように肉体を変化させることはできず、あくまで生まれ持ったからだの中で自分の精神的な性を見つけ出していく過程をアレクシアとヴァンサンの姿から見ることができた気がします。

ちなみにタイトルのTITANEも名前の由来はゼウスなどのオリュンポスの神々より先に存在した古き神々、ティターンからきています。

  • 対物性愛

アレクシアは事故で頭蓋骨にチタンを入れることになり、その直後から車両に対して性的な欲望を抱き始める。
時は経ち、大人となってからもその頭の傷と思いは変わらず、カスタムカーショーで出会った、炎をモチーフにしたペイントの車両と「一体どうなってるんだ?」と覗きたくなるような行為に及びます。
彼女は人間に対し、常に猜疑心を持ち、自身を愛さない者たち、自身が愛せない者たちを無慈悲に殺害することでその感情を昇華させていたが、幼い頃に一体化したチタンを含んだ車両とは煩雑なコミュニケーションは存在せず、ただ体のみで互いの存在を認め合うような関係になっていました。
彼女がすがるように握っていた髪留めもシンプルな関係であり続けていた気がします。

技術の進歩により、義手や義足、ペースメーカーなど人工物が肉体を補助や保護するものが生まれています。
もはや肉体と同化しているような存在もあったり、車のように人類と歴史を歩んできた物もあることを考えると、その関係性からも愛を抱く人類が生まれることにそこまで違和感はないのではないでしょうか?

何よりも日本でその考え方を否定できる人は少ないのではないでしょうか?人形を捨てる時かわいそうだと思ったことはありませんか?
日本古来の神道にはアニミズム的側面もあり、潜在意識にその精神が浸透している方も多いような気がします。

私はこの映画を観て、自分の辿ってこなかった道を歩む人間の姿を見ることができて良かったと思いました。

  • 宗教

本作では「火」が重要な題材の一つになっています。劇中でアレクシアと初めてSEXする車両に描かれたペイント、自らの両親を燃やした炎、奇妙な共同生活を送ることになる消防士たち…要所要所に火が登場します。
その「火」はキリスト教にとっても神の臨在の象徴であり、神話では紙が人に火を与えるエピソードも存在します。
火は人を育んできたと同時に、人の命を奪うものでもあるという二面性は、アレクシアと赤子の関係やヴァンサンとステロイドの関係とも一致しています。
アレクシアとヴァンサンの奇妙な関係性は”女性”と”男性”という表面上相対する要素でありながら、根底にあるもはやそのすべてが宗教とも呼べる「人の歴史」という存在が二人を包んでいるかのようでした。
ラストシーンのヴァンサンの安堵したような表情は、肉体が衰え、死へ向かうだけだった彼に受け継げるものができたからなのかなと思いました。

まとめ

火・性・宗教と人を人たらしめたアイテムが散りばめられた本作、観た人は苦痛や拒否感をもたらされた人もいるかとは思いますが、それは現代における自分とは違う他者の価値観や多様性を許容するまでの苦しみと同義だと思いました。

観る人によって抱く感情や感覚が違うであろう本作は、今の時代にもっともふさわしい作品かもしれません。


(C)KAZAK PRODUCTIONS - FRAKAS PRODUCTIONS - ARTE FRANCE CINEMA - VOO 2020

※画像は映画.com、wikipediaから拝借させて頂きました。

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