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小指をぶつけたダイコクさんとふてくされた兎 8/8【短編小説】

ごう、と風が吹いた。
女の子がふわりと浮かぶ。
風に舞った落ち葉で、空に向かって階段ができる。女の子は、それをひょいひょいと上る。


「さようなら。蜘蛛さん、いたずらしてごめんなさい。寂しかったの……」


女の子は、月と重なる高さまで上ったところで、もう一度振り返ると、ありがとう、といって月明かりに包まれて消えた。
あとには、落ち葉が降ってくるだけだった。

翌朝、社務所で目が覚めると、ダイコクさんとトビキチの前には、約束の三方《さんぽう》が置いてあった。


「おお、これが」


ダイコクさんは起き上がって、三方に顔を寄せる。


「お目覚めですか」


蜘蛛が天井から糸を出して降りてきた。


「昨夜は大変お世話になりました。おかげさまで、今朝はたらふく獲物にありつけまして。これで神様への糸も十分準備できます」


「それはよかった」


ダイコクさんはにこにこと笑う。


「何がだ」


トビキチも起きて、伸びをしながらいう。


「これは、兎さま。見事な解決でございました。神様も喜んでいらっしゃいました」


蜘蛛は深々と頭を下げていった。


「ふん。三方が頂けりゃそれでいい。帰るぞ」


そういうと、トビキチは自分でハーネスを着け、社務所の出口へ向かった。ダイコクさんも慌てて借りていた浴衣から洋服へ着替え、蜘蛛にお辞儀をすると、三方を抱えてトビキチのあとを追った。外へ出るとトビキチが鳥居の下で待っていた。


「早くハーネスの紐を持て」


「相変わらず人使いが荒いんだから」


二人は、棚田の横を歩いてレンタカーまで戻った。
 
帰りの車中、トビキチはキャリーの中から三方を眺めてごきげんだった。


「うん。これはいいな。器がよけりゃ、きっと団子もうまくなる」


「お団子、帰り道のスーパーで買おうか」


「そうだな」


「ところでトビキチ、何で綱引きと相撲をしたらいいって分かったの?」


「ああ、遊んで欲しそうだったからな。あとあの神様《かみさん》が言ってただろ。スクエってな」


「その言葉、僕も気になってたんだよ」


「あの神様は特に必要もない蜘蛛を助けてやるくらいだ。何にでも慈悲深い」


「必要もないって……。蜘蛛がいなきゃ着物もできないんだろ」


「お前、社務所で着てたじゃないか。浴衣みたいにして。あれ、神様のだぞ。見たらわかる」


ダイコクさんは小さな悲鳴をあげた。まさか、神様のだとは。


「罰が当たるかも」


「今さら当たらん」


「でも、着物があるのに、何で神様は蜘蛛に糸を……」


「居候の蜘蛛が居づらくしてんの見て不憫に思ったんだろう。本当は上等な着物があるのに、蜘蛛に仕事をくれてやってるのさ。あの子どもにしても、神様が力ずくで追い出そうとすれば出来たはずだ。それをしなかったのは、子どもを不憫に思ったからだろう。子どもを不憫に思う理由は何だと思う? あの池で、蜘蛛相手にちょっかいかける理由だ。子どもは遊んで欲しかったんだよ。神様は、遊んでやって、池にとらわれた子どもを救いだして欲しかったんだよ」


「それで、何で綱引きと相撲? 他にもありそうだけど」


「十五夜の前日だったからな。あの神社は昔、十五夜に祭りがあった。綱引きと相撲をして月を祀って、秋の収穫に感謝する。今じゃ、収穫祭とか言って供え物するくらいで盛大な祭りはしてないようだが。子どもがあの神社の池にいたのは、生きてたころ、あそこの祭りで遊んだ思い出でもあったんだろ」


「やっぱり、あの女の子って幽霊だったの?」


「さあな」


トビキチは興味なさそうに言った。

家に帰ると、スーパーで買ってきた団子を三方に供えた。


「ふう、家は落ち着くなあ」


ダイコクさんは寝転んで大の字になる。トビキチも足を伸ばして腹這いになる。


「月が出たら団子食うぞ」


「私も食べたいな」


見知らぬ声が聞こえて、ダイコクさんとトビキチは跳ね起きた。


「お前っ、何で」


トビキチが叫んだ。
三方の先、窓辺に腰をかけていたのはあの女の子だった。


「約束しただろ」


「池からは出たよ」


「屁理屈言うんじゃねぇっ」


「だって、お団子食べてないし……」


今にも女の子に飛び蹴りしそうなトビキチの前に、ダイコクさんが割って入る。


「まあまあ。お団子くらい一緒に。たくさん買ってきたし」


そう。三方に供えた以外にも五パックほどある。
女の子はダイコクさんの方を見てにっこり笑った。


「やったあ」


「あの、いたずらとかはしないよね」


「うん。しない」


「よし。な、トビキチ。いい子にしてるってさ」


トビキチは舌打ちすると、勝手にしろ、といってもう団子を食べ始めた。ダイコクさんと女の子も一緒に団子を食べた。

夜、ククチ荘二階の窓からは、追加の団子を取るために立ち上がったダイコクさんがテーブルの角に足の小指をぶつけ、その横ではふてくされた兎のトビキチが片ひじついて団子を食べる様子が見えていた。


【参考、引用文献】

熊本の風土とこころシリーズ第二集14 熊本の民謡/平山謙二郎 編著/昭和53年/熊本日日新聞社
(172ページ、十五夜の綱引き歌、本文『』内はこのページより一部引用しました)

熊本県大百科事典/昭和57年/熊本日日新聞社



この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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