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魔法少女の系譜、その147~『チャームペア』の男装少女とは?~


 今回も、セイカのぬりえシリーズ『チャームペア』を取り上げます。

 『チャームペア』シリーズのうち、『リリー&マリー』は、魔法少女ものではありませんね。『キャシー&ナンシー』では、妖精や魔法が登場します。ダブルヒロインのうち、キャシーのほうが、魔法道具型の魔法少女です。

 キャシーは、男装の少女です。それは、『チャームペア』シリーズの四、五年前に大ヒットした『ベルサイユのばら』の影響が大きいと考えられます。『ベルばら』には、オスカルという、男装のヒロインが登場しますね。
 オスカルとキャシーとは、貴族の娘、男装の麗人、剣が得意という共通点があります。そして、もちろん、二人とも、美少女です。

 しかし、キャシーには、オスカルと大きく違う点が、一つあります。
 オスカルのほうは、父親の意志で、男の子として育てられることになりました。成長してから、自らの意志で、男装の軍人として生きることを選択しますが、最初は、父親からの強制です。
 対して、キャシーのほうは、誰からも、男装を強いられていません。最初から、自分の好みで、男装を通しています。

 小さな差異のように見えますが、これは、じつは、大きな一歩だと考えます。

 周囲の誰からも強制されることなく、自分の意志だけで、「普通でないこと」を押し通すヒロインは、昭和の時代には、稀有でした。

 キャシーより前の「男装するヒロイン」には、必ずと言ってよいほど、そうせざるを得ない理由がありました。オスカルがそうですね。
 オスカルの父親のジャルジェ将軍は、代々、軍人の家系の人です。なのに、生まれる子供は、ことごとく女の子ばかりでした。「これでは、軍人を継がせられる後継ぎがいない」と焦った将軍は、末の娘を男として育て、軍人を継がせることにしました。

 『ベルばら』より前に、男装のヒロインが登場する漫画としては、手塚治虫先生の『リボンの騎士』が知られますね。
 『リボンの騎士』には、いろいろなバージョンがあり、バージョンによって、ヒロインのサファイヤが男装する理由が、微妙に違います。

 大まかに言えば、サファイヤは、チンクという天使のいたずらにより、女の子の体に、男の子の心と、女の子の心と、両方を持って生まれてしまいます。
 サファイヤは、シルバーランド王国の王女として生まれました。他に、王さまの子供はいません。順当なら、サファイヤが王国を継ぐはずですが、シルバーランド王国には、「女性が王位を継ぐことはできない」決まりがありました。
 サファイヤ以外に、王位継承権を持つのは、プラスチックという名の男の子です。サファイヤのはとこに当たります。
 このプラスチックが、ボンクラでした(^^; シルバーランドの王は、「こいつには、とても王位は渡せない」と危ぶみました。サファイヤに男っぽい部分があるのを利用して、サファイヤを王子として育て、王国の後継者にします。

 『リボンの騎士』の場合は、「ヒロインが、男性と女性と、両方の心を持つ」、「ボンクラに王位を渡さないために、王子を装う」という二つの理由があって、サファイヤが男装します。
 生まれたてのサファイヤに、育ち方を選ぶ余地などありません。サファイヤも、強制されて、「男装」で育ちました。

 オスカルやサファイヤの設定は、もちろん、物語の都合で作られました。「男装の少女」という、現実にはめったにない―昭和の時代には―存在を成り立たせるために、それらしい理由をくっつけたわけです。

 ところが、キャシーの場合は、このように、ひねり出された設定はありません。彼女が男装する理由は、ただ、「自分の好みだから」です。
 たかがぬりえのシリーズとはいえ、これは、画期的でした。「女の子が、自分の意志だけで、普通と違うことを押し通せる」ことを、キャシーは、はっきりと示しました。

 キャシーが登場した昭和五十三年(一九七八年)ころは、やっと、フィクションの中で、そういう設定を持ち出しても、消費者に納得してもらえるようになっていたのでしょう。
 『キャシー&ナンシー』は、人気のあるシリーズで、一九八〇年代初頭まで続きました。ということは、消費者から支持されていたのですよね。

 二〇二〇年現在では、フィクションの娯楽作品に、「男装の少女」が登場しても、珍しくも何ともありません。男装の理由が、「自分が好きだから」で、消費者から文句が出ることも、まずありません。
 女装少年でさえ、二〇二〇年現在は、珍しくありませんよね。「男の娘」という言葉があるくらいです。女装する理由が、「自分の好みだから」で、こちらも、違和感を持たれません。

 今に至るまでに、小さな一歩を少しずつ進めて、ここまで来ました。
 『キャシー&ナンシー』のキャシーは、中でも、大きく歩を進めたキャラクターだと思います。

 今回は、ここまでとします。
 次回は、『チャームペア』以外の作品を取り上げます。



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