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魔法少女の系譜、その177~『花の子ルンルン』と口承文芸~


 今回も、前回に続き、『花の子ルンルン』を取り上げます。
 『花の子ルンルン』は、主役の少女が旅をする「ロードアニメ」です。ヒロインのルンルンには、「七色の花を探す」という、明確な目的があり、自分の意志で、旅をしています。
 このようなヒロインは、伝統的な口承文芸の中にも、いるでしょうか?

 皆無ではありません。が、口承文芸のヒロインは、「自分の意志で旅をする」ことが、非常に少ないです。何らかの事情があって、したくないのに、旅をすることが多いです。

 例えば、日本の昔話の「姥皮【うばかわ】」が、そうです。
 ヒロインは、継母にいじめられて、仕方なく家を出て、さまよい歩きます。家を出る時、彼女をかわいがっていた乳母【うば】が、魔法の道具「姥皮」を与えます。それを着ると、若い女性でも、姥【うば】(=老女)に見えるというものです。これを着たおかげで、ヒロインは、若い女性を狙う盗賊に襲われることもなく、あるお金持ちの家に、下働きの老女として、雇ってもらえることになります。
 ある時、お金持ちの家の息子が、少女が姥皮を脱いだ姿を目撃します。彼女の美しさに牽かれて、息子は、彼女と結婚します。玉の輿に乗った少女は、幸せに暮らします。

 ヨーロッパの口承文芸では、「白鳥の王子」も、ヒロインがさまよい歩く話ですね。「白鳥の王子」は、アンデルセンが書いたバージョンが有名ですが、この話は、アンデルセンのオリジナルではありません。もともとデンマークにあった民話を、アンデルセンが語り直しました。
 「白鳥の王子」のヒロインは、ある国の王女です。彼女には、十一人の兄王子がいました。彼女と兄たちにとって継母に当たる王妃が、彼らを憎み、城から追い出してしまいます。継母は、悪い魔法を使って、王子たちを白鳥に変え、王女は、みすぼらしい姿にして、農家へ養女にやってしまいました。
 王女は、一度城へ返してもらえますが、また継母に追い出され、あてどなく歩き回ります。ある老婆に、白鳥に姿を変えられた兄王子たちのことを教えてもらい、兄たちに会います。王女は、夢に現われた妖精のお告げによって、イラクサを編んで作った服を着せれば、兄王子たちが人間に戻れると知ります。ただし、服が出来上がるまでの間は、一言も口をきいてはならないという制約がありました。
 王女は、黙ったまま、ひたすらイラクサを集めて、服を作ります。その間、彼女は、望んでもいないのに、ある王に見初められて、結婚することになります。でも、彼女は、一言もしゃべりません。彼女に魔女の嫌疑がかけられても、しゃべりません。もちろん、兄たちのために、しゃべれないからです。
 彼女が、魔女として処刑されることになった時、ようやくイラクサの服が完成しました。飛んできた白鳥に、彼女は服を着せます。白鳥たちは、人間に戻り、人々に、ことの次第を知らせます。彼女の嫌疑は晴れて、のちのちまで、幸せに暮らしました。

 日本の「姥皮」でも、デンマークの「白鳥の王子」でも、継母にいじめられて、家に帰れなくて、ヒロインは放浪します。好きで旅をするわけではありません。口承文芸では、ヒロインが旅をする理由は、このようなものがほとんどです。
 これは、口承文芸の中で、少年が旅をする理由とは、対照的です。少年でも、継母にいじめられるなどの理由で、仕方なく旅をすることもありますが、そうではなくて、自分の意志で「冒険のために」、あるいは、「世の中を知るために」旅をする例が、多く見られます。グリム童話の「勇ましいちびの仕立て屋」や、「親指小僧」の主役たちが、そうですね。日本の「桃太郎」や「一寸法師」も、そうです。
 口承文芸のヒロインが、自分の意志で、「冒険のために」旅をするのは、上記のとおり、皆無ではないにしても、それに近いほど、少ないです。

 『花の子ルンルン』のヒロイン、ルンルンは、キャトーとヌーボに促されたとはいえ、最後は、自分の意志で、旅に出ることを決めます。そして、実際に、七色の花を探して、ヨーロッパ中を旅します。
 これは、口承文芸のヒロインの姿からは、外れています。口承文芸の少女ではなくて、少年の論理、「冒険のために旅立つ」のを、取り入れていると言えます。現代の創作物語ならではですね。ルンルンは、しっかりと自分の意志を持つ、現代的なヒロインです。

 『花の子ルンルン』と同時期にアニメが放映された『さすらいの少女ネル』のほうが、伝統的な口承文芸のヒロインに近いです。ヒロインのネルは、借金取りに追われて、やむを得ず、放浪の旅をします。
 まあ、原作が、十九世紀のチャールズ・ディケンズですからね。よほど大きな改変をしない限り、ヒロインのネルは、「仕方なく、追われて旅をする」ヒロインになるでしょう。

 昭和五十四年(一九七九年)の段階でも、このように、伝統的なヒロインと、現代的なヒロインとが、同時期にアニメに登場したのは、興味深いですね。
 『魔法少女の系譜』シリーズで、何度も書いていますとおり、物語は、一直線に進化するものではありません。古い型の物語にも、根強い人気があります。時々、先祖返りのような作品が現われます。
 昭和五十四年(一九七九年)には、たまたま、古いタイプのネルと、新しいタイプのルンルンとが、並び立ちました。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『花の子ルンルン』を取り上げます。



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