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魔法少女の系譜、その60~『悪魔【デイモス】の花嫁』と口承文芸~


 今回も、前回に引き続き、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げます。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』と、伝統的な口承文芸とを、比較してみます。

 この作品は、そもそもの題材を、ギリシア神話から取っています。
 また、美奈子・デイモス・ヴィーナスの三角関係は、少女漫画のお約束の形ですね。少女漫画に限らず、恋の三角関係は、多くのフィクションにおいて、ドラマを生む原動力とされます。それこそ、文字が生まれる前の、神話の時代から、そうです。

 ギリシア神話で三角関係というと、エロスとプシュケの話があります。この話には、アフロディテ(ローマ神話名ヴィーナス)が登場する点が、『悪魔【デイモス】の花嫁』を思わせます。

 愛の神エロスは、美と愛の女神アフロディテの息子です。エロスが射た矢に当たると、誰もが恋に落ちてしまいます。ある時、エロスは、自分の矢に傷ついて、人間の娘に恋をしてしまいました。
 その娘が、プシュケです。プシュケは、あまりにも美しいために、アフロディテの嫉妬を買っていました。よりによって、そんな娘に恋してしまったために、エロスは、プシュケをこっそりと自分の宮殿に連れてゆき、かくまいます。自分の姿をプシュケに見られないように、エロスは、夜だけ、彼女のもとに通いました。
 ある時、プシュケは、自分の姉たちのそそのかしによって、エロスの姿を見てしまいます。正体を知られて、怒ったエロスは、プシュケのもとを飛び去ってしまいました。
 いっぽう、アフロディテは、息子の所業を知って、激怒しました。プシュケを亡きものにしようと、探索をかけます。エロスの庇護を失ったプシュケには、逃れるすべはありません。自分から、アフロディテのもとへ出頭しました。
 アフロディテのもとで、プシュケは、いくつもの試練を受けます。最後の試練に失敗して、プシュケは、「冥府の眠り」についてしまいます。そこへエロスがやってきて、プシュケを眠りから救いだします。エロスは、大神ゼウスに、母との仲介役を頼みました。
 ゼウスは、プシュケを、人間の娘から女神に変えます。そして、「プシュケはもう女神なのだから、エロスと結婚しても、身分違いではない」と、アフロディテを説得します。アフロディテも納得して、エロスとプシュケは、晴れて結ばれます。

 この神話では、アフロディテとエロスとは「母子」ですから、普通の三角関係とは、違って見えます。けれども、アフロディテは、明確にプシュケに嫉妬して、息子の恋を邪魔しています。
 アフロディテ(ヴィーナス)と嫉妬というキーワードが、『悪魔【デイモス】の花嫁』と共通していますね。おそらく、この神話は、『悪魔【デイモス】の花嫁』の下敷きになっているでしょう。

 神話では、美男子で善意の神であるエロスを、恐ろしい悪魔にしたのが、『悪魔【デイモス】の花嫁』の素晴らしいところです(^^) 罰を受けて朽ちてゆくヴィーナスのイメージも、哀れを誘い、卓抜です。
 プシュケに当たる美奈子は、漫画でも、美少女で、善意の人です。

 ギリシア神話の「エロスとプシュケ」は、ハッピーエンドです。でも、『悪魔【デイモス】の花嫁』では、最終回でも、美奈子・デイモス・ヴィーナスの関係に、決着がついていません。
 私の想像では、デイモスは、結局、美奈子を殺せないんじゃないかと思いますね。論理的に考えて、ヴィーナスが死ななければ、「生まれ変わり」の美奈子が誕生するはずはありません。美奈子が存在しているからには、ヴィーナスは、ヴィーナスのままで、死んだのでしょう。

 大きな骨組みが、ギリシア神話に由来するばかりではありません。『悪魔【デイモス】の花嫁』には、他の口承文芸―例えば、中国の民話など―を下敷きにした話も、いくつかあります。
 能や人形浄瑠璃など、日本の伝統芸能を題材にすることもあります。そういった伝統芸能の多くは、口承文芸を原作にしていますね。

 この点で、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、古典的な作品といえます。口承文芸の枠組みと、よく合っています。

 同じ昭和五十年(一九七五年)に連載を開始した、『超少女明日香』、『紅い牙』、『エコエコアザラク』は、口承文芸の枠には収まらない作品でした。
 『明日香』は、ヒロインが好きな男性を守るという、男女の役割逆転が見られます。『紅い牙』は、それぞれ二種類の超能力を持ったダブルヒロインが、互いに戦う点で、口承文芸から、大きく外れています。『エコエコアザラク』に至っては、ヒロインが悪事を平気で行ない、それでいて罰を受けない邪悪な存在です。

 これらの作品の斬新さと比べると、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、古典的だと、わかりますね。
 ヒロインの美奈子には、超常的な力はなく、どちらかといえば、守られる役です。相手役のデイモスは、敵ですが、しばしば、美奈子を守る側に回ります。悪ぶった男の子が、たまに見せる優しさ―少女漫画によくありますね―、みたいな魅力があります(^^)
 ただし、デイモスは、美奈子に近づく男には、容赦しません。ことごとく破滅させます。もちろん、嫉妬するためです。
 美奈子は美少女なので、モテるんですよね。このために、『悪魔【デイモス】の花嫁』では、破滅する男に事欠きません。いや、女でも、破滅する人が多いのですが。

 『悪魔【デイモス】の花嫁』のように、古典的なのがいけないと言うのではありません。これはこれで、面白いです(^^)
 現に、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、一九七〇年代の代表的な少女漫画として、必ず名の上がる作品です。一九七〇年代にはアニメ化されなかったものの、立派なヒット作です。

 これまで、『魔法少女の系譜』シリーズで書いていますとおりに、フィクションの作品群は、一直線に進化するものではありません。斬新な作品が出たからといって、その後の作品が、すべてそれに従った、新しいものにはなりません。必ず、古典的作品と、新しい作品とが混淆しつつ、時代が進んでゆきます。
 昭和五十年(一九七五年)の段階では、『超少女明日香』、『紅い牙』、『エコエコアザラク』が新しい動きを示していて、『悪魔【デイモス】の花嫁』が、古典を踏襲していた、ということでしょう。

 ちなみに、『悪魔【デイモス】の花嫁』は、原作付き漫画です。原作が池田悦子さんで、絵は、あしべゆうほさんが担当しています。
 口承文芸を下敷きにした、古典的な話が多いのは、原作者の池田悦子さんの持ち味では、と想像しています。

 あと、これは、余談ですが。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』には、タロットカードが登場する話があります。これは、日本の少女漫画において、タロットカードが登場したはしりです。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』より先に、タロットカードが登場した少女漫画があるかどうかは、微妙なところです。もし、そういう作品を御存知でしたら、教えて下さい。
 少年漫画では、同時期に、『エコエコアザラク』に、タロットカードが登場しています。『エコエコアザラク』では、ヒロインのミサが、頻繁にタロットカードを使っていました。
 『悪魔【デイモス】の花嫁』では、タロットカードは、一回か二回、登場するだけです。ほんの小道具扱いで、さほど重要ではありません。

 昭和五十年(一九七五年)は、タロットカードというものが、日本にやっと知られ始めた頃だと思います。その時代に、『悪魔【デイモス】の花嫁』と、『エコエコアザラク』という、二つの人気漫画に、タロットカードが取り上げられた影響は、大きいのではないかと感じています。
 昭和の末期の頃には、タロットカードは、子供たちの間で、「神秘的でよく当たるけれども、怖いもの」としてイメージされていました。それは、これら二つの「怖い」漫画で印象づけられたからではないでしょうか。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『悪魔【デイモス】の花嫁』を取り上げる予定です。



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