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魔法少女の系譜、その63~『はるかなるレムリアより』と口承文芸~


 今回も、前回に続き、『はるかなるレムリアより』を取り上げます。
 この作品と、口承文芸、他の魔法少女作品とを、比較してみます。

 『はるかなるレムリアより』は、伝統的な口承文芸の要素を、いくつも取り入れています。
 例えば、三人の配下、スカラベ、サンダーバード、ナーガラージャは、それぞれ、世界の伝統的な神話に登場する存在です。
 スカラベは、エジプト神話に登場する甲虫の神ですね。サンダーバードは、北米先住民―いわゆるアメリカ・インディアン―の神話に登場する鳥です。ナーガラージャは、インド神話に登場するヘビの王です。仏教に取り入れられて、龍王にもされています。

 地域がばらばらなのは、わざと意識して、そうされたのだと思います。かつてのレムリア帝国の文明が、世界中に広がっていたことを示すためでしょう。

 今でこそ、こういった伝説の生物は、インターネットで簡単に調べられます。
 しかし、『はるかなるレムリアより』が描かれたのは、一九七〇年代の日本です。当時、インターネットは存在しません。伝説の生物を紹介した解説書も、二〇一七年現在とは、比べものにならないくらい、少ないです。新紀元社の『Truth In Fantasy』シリーズなんて、ありませんからね。

 ちなみに、オカルト雑誌の『ムー』でさえ、創刊される前です。『ムー』の創刊は、昭和五十四年(一九七九年)です。『はるかなるレムリアより』が連載されたのは、その四年前、昭和五十年(一九七五年)です。
 この時代に、これだけの伝説の生物を揃えられただけでも、画期的です。

 ヒロインのアムリタデヴィに関しては、作者の高階良子さんのオリジナルだと思います。
 ただし、「アムリタデヴィ」という名は、古代インドの言語、サンスクリット語に由来します。あえて訳せば、「甘露の女神」といった意味でしょう。
 一九七〇年代の少女漫画に、サンスクリット語の用語を入れるなんて、これまた、画期的です。当時の少女漫画と言えば、現代日本(一九七〇年代の日本)が舞台でなければ、「なんちゃってヨーロッパ」が舞台のものが多かったですからね。
 『はるかなるレムリアより』は、日本とヨーロッパだけにとどまらない、スケールの大きな作品です(^^)

 ヒロインの相手役のラ・ムーについては、伝統的な口承文芸には、登場しません。現代のオカルト伝説に登場します。ムー大陸の伝説です。
 ムー大陸の伝説では、古代のムー帝国を治めていた帝王の名が、ラ・ムーとなっています。

 『はるかなるレムリアより』の大きな特徴は、現代のオカルト伝説を、積極的に取り入れている点です。一九七〇年代のオカルトブームを、大いに利用しています。
 日本の少女漫画で、ムー大陸やレムリア大陸の伝説を取り上げたのは、『はるかなるレムリアより』が、最初期のものだろうと思います。もし、この作品以前に、こういったオカルト伝説を取り入れている作品があったら、御教授下さい。

 『はるかなるレムリアより』のあらすじを、改めて、見てみましょう。

1)ヒロインの前世は、超常的な能力を持つ女性(アムリタデヴィ)だった。
2)ヒロインは死んで、現世(現代日本)に、普通の人間として転生してくる。
3)前世で仲間だった超常的な存在も、現世(現代日本)に転生してくる。
4)ヒロインは、前世と同じ超常的な力に目覚める。
5)前世の仲間が、ヒロインを見つけだし、再び仲間になる。
6)前世で敵だった超常的存在も、現世(現代日本)に転生してくる。
7)ヒロインは、仲間と共に、転生してきた敵と戦い、勝つ。

 二〇一七年現在から見れば、「ありがち」なストーリーですよね。でも、一九七〇年代には、斬新でした。
 例えば、『美少女戦士セーラームーン』の第一期、ダーク・キングダム編のあらすじも、これとそっくりです。『セーラームーン』は、一九九〇年代の作品ですから、参考にするなら、『セーラームーン』のほうが、『はるかなるレムリアより』を参考にしているはずです。
 偶然かも知れませんが、『セーラームーン』は、『はるかなるレムリアより』と同じ、『なかよし』の連載作品ですね。

 『はるかなるレムリアより』は、『セーラームーン』のはるかな先行作品と言えます。
 雑誌『ムー』の創刊前に、すでに、これだけの作品が生まれていました。
 『はるかなるレムリアより』は、のちの、「転生型の魔法少女もの」の典型を作った作品です。この点で、もっと評価されるべき作品です。

 皆さま御存知のとおり、『セーラームーン』は、日本の漫画・アニメ史上に残るスーパーヒット作品です。
 けれども、『はるかなるレムリアより』は、二〇一七年現在では、ほぼ、忘れられた作品です。当時としては、そこそこヒットしたのでしょうが―少なくとも、単行本になっています―、後追い作品が次々に出るほどには、なりませんでした。

 こういうのは、時代でしょうね。そっくりな内容の作品でも、出る時代が違うだけで、受け入れられ方が違います。
 私が、『魔法少女の系譜』シリーズを書いていて、つくづく思うことは、「画期的な設定のヒット作品」の前には、必ず、先行する似た作品があるということです。ヒット作は、突然ぽんと生まれるわけではなくて、必ず、下地があります。
 先行作品をうまく使った作品が、ヒット作になります。

 『はるかなるレムリアより』に影響を受けたかも知れない作品としては、『紅い牙』も、そうですね。同じ昭和五十年(一九七五年)連載開始でも、『はるかなるレムリアより』のほうが、先です。
 『紅い牙』でも、古代には超能力を持った超人類がいて、彼らが、高い文明を誇っていたことになっています。『紅い牙』のヒロイン、ランは、転生ではなくて、人工的に交配されて再現された古代超人類ですが。

 『はるかなるレムリアより』に影響を与えた側としては、『バビル2世』が考えられます。古代の超文明と、三つのしもべ(三人の配下)という点が、共通しますよね。
 『バビル2世』は、漫画の連載が始まったのが、昭和四十六年(一九七一年)です。『はるかなるレムリアより』よりも、先です。
 『バビル2世』では、主人公の少年は、転生ではなくて、宇宙人・バビルの遠い子孫です。先祖返り的に、宇宙人と同じ超能力を持ちます。
 『バビル2世』では、敵役のほうも、バビルの子孫ということになっています。いわば、同士討ちです。

 『はるかなるレムリアより』と、『バビル2世』とを比べると、『はるかなるレムリアより』のほうに、戦いの描写が少ないことに気づきます。
 ヒロインのアムリタデヴィは、戦闘少女ではありますが、戦闘シーンは、最後のほんの数コマだけです。そのかわり、恋愛の描写が多いです。ナーガラージャとヒロインとは、惹かれ合っているのに、ヒロインのほうが、その記憶を途中で忘れてしまいます。そのあたりに、やきもきさせられます。
 恋愛要素が多いところが、少女漫画ですね。

 いっぽう、『バビル2世』には、恋愛要素はありません。戦いの描写が多いです。少年漫画だからですね。

 恋愛という点で見れば、「ヒロインが、前世で出会っていた男性と、恋に落ちる」のも、「転生型の魔法少女」の典型です。『セーラームーン』も、『はるかなるレムリアより』も、そうですね。
 ただ、『はるかなるレムリアより』では、前世で相手役だった男性は、転生してきません。前世では「配下」だった男性を、伴侶に選びます。三人のうちからナーガラージャを選んだ理由は、現世での思い出の人だったからです。
 現世での行動が、恋愛の決め手になるのは、『はるかなるレムリアより』と、『セーラームーン』とが違う点です。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『はるかなるレムリアより』を取り上げます。



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