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魔法少女の系譜、その65~『はるかなるレムリアより』~


 今回も、前回に続き、『はるかなるレムリアより』を取り上げます。

 この作品は、転生型魔法少女の典型を作った作品です。とはいえ、のちの転生型魔法少女の作品―例えば、『美少女戦士セーラームーン』や『ぼくの地球を守って』など―と比べると、大きく違う部分もあります。
 今回は、そういった相違点のうち、主に二つを取り上げます。

 その一つは、ヒロインの人物造形です。
 のちの『セーラームーン』などでは、ヒロインは、欠点はあるにせよ、「回りに好かれる、普通の女の子」ですね。
 ところが、『はるかなるレムリアより』のヒロイン、涙【るい】は、周囲から疎外されています。家庭でも、学校でも、孤立しています。誰も味方がいません。

 そうなった原因は、彼女自身にあります。幼馴染の紀彦―じつは、レムリア帝国のナーガラージャの転生―が行方不明になった事件で、嘘をついていると思われたからです。
 紀彦が生きている、最後の姿を見たのが、涙【るい】でした。このため、彼女は、周囲の大人に、何回も事情を訊かれます。何度訊かれても、彼女は、「ノン(紀彦)は、竜宮城へ行ったのよ」としか、答えませんでした。

 涙【るい】の主観では、そうとしか、答えようがありませんでした。涙と紀彦とは、いつも竜宮城の話をしていて、紀彦は、竜宮城に呼ばれるようにして、いなくなったからです。
 おそらく、七歳か八歳くらいだった少女にとっては、友達の少年が「竜宮城へ行った」としか、解釈できませんでした。

 けれども、周囲の大人は、「涙【るい】が嘘をついている。真実を知っているのに、隠している」と思ってしまいました。家族内でも、近所でも、学校でも、涙は、嘘つき呼ばわりされました。
 このために、涙は、周囲に対して、心を閉ざしてしまいます。無口で、暗い少女になってしまいます。
 それは、彼女が高校生になっても、変わりませんでした。高校でも、彼女は、「暗くて、無口なくせに、時々、竜宮城とか、突拍子もないことを言いだす、おかしい女」と思われています(^^;

 大人になった今、『はるかなるレムリアより』を読み返すと、涙【るい】も、周囲の大人も、どっちもどっち、という気がします。
 八年も前のことを、いつまでも根に持つ涙【るい】を、「嫌な女」と感じる人もいるでしょう。しかし、多感な時期に、周囲の大人たちにひどい言葉を投げられてばかりいれば、こうなってしまうのも、仕方ないかな、と思います。

 周囲の大人は、みんな、大人げないですね。たった七歳か八歳くらいの少女が、事件に対して正確な証言をできないのは、むしろ、当たり前でしょう。それを誰も受け入れられないのが、ひどいです。
 行方不明になった紀彦の両親が、涙【るい】を責めるのは、仕方ありません。我が子のために必死になるのは、まともな親なら、そうでしょうから。
 不思議なのは、涙【るい】の実の両親ですら、涙【るい】を信じないことです。このことが、涙【るい】を暗い少女にした、主な原因ですね。

 ここで、一つ、訂正があります。
 以前、『魔法少女の系譜』シリーズで、涙【るい】は四人家族だと書きました。父、母、兄、涙【るい】の四人だと。
 これは、間違いです。涙【るい】は、五人家族でした。父、母、兄に加えて、妹がいます。

 涙【るい】の父は、高名な考古学者です。涙【るい】の兄は、父親に憧れて、同じ考古学者を目指しています。物語の中では、大学生です。父親は、自分と同じ道を歩む息子を頼もしく思い、息子をかわいがります。
 涙【るい】の母は、専業主婦のようです。一九七〇年代では、専業主婦が普通でした。
 涙【るい】の妹は、中学生か、高校生のようです。母親とは、「おしゃれ好き」という趣味が一致していて、仲が良いです。母親は、もっぱら、この妹をかわいがります。
 涙【るい】は、両親にも、兄妹にも、あまり相手にされません。こういう環境では、そりゃ、ひねくれますよね(^^;

 涙【るい】の環境は、極端ですが、彼女の「誰も、自分のことをわかってくれない」という思いは、思春期の人間なら、多かれ少なかれ、抱くものでしょう。
 『はるかなるレムリアより』が連載されたのは、『なかよし』です。当時の『なかよし』読者―小学校中学年から、中学生くらいの女子が中心でしょう―には、涙【るい】の疎外された思いが、近しいものだったのだと思います。ある程度、読者が共感できるヒロインでなければ、読んでもらえませんからね。

 一九七〇年代の少女漫画のヒロインには、こういう「暗い」タイプが、けっこういました。そういうヒロインが、共感を持って迎えられる時代だったのですね。
 これが、一九八〇年代になると、減ってきます。ドジだったり、お人好し過ぎたりするのは良くても、「暗くて、周囲に嫌われている」ヒロインは、読者にも、受け入れがたかったのでしょう。
 とりわけ、「周囲に嫌われている」設定は、読者にしてみれば、痛々しくて、見ていられなかったのかも知れません。
 思い返してみるに、一九八〇年代は、とにかく、「暗い」人が嫌われた時代でした。少女漫画のヒロインに、「明るい」人が増えたのも、時代ですね。

 二〇一〇年代の今では、娯楽が多様化したため、ヒロインの類型は、「何でもあり」になっています。涙【るい】のような「暗い」ヒロインも、受け入れられる余地がありそうです。

 のちの転生型魔法少女の作品と比べて、『はるかなるレムリアより』が大きく違う点は、もう一つあります。
 ヒロインと同じように転生してきた仲間が、全員、男性であることです。

 例えば、『セーラームーン』では、転生してきたセーラー戦士は、全員、女性ですよね。『セーラームーン』以後は、「転生仲間は、原則的に、全員女性」が、お約束になります。
 『セーラームーン』では、唯一、男性で転生してきたのが、地場衛【ちば まもる】ですね。ヒロインのうさぎちゃんの恋人になる男性です。前世での彼も、ヒロインの恋人、プリンス・エンディミオンでした。
 前記のお約束を、より正確に書けば、「転生仲間は、女性の戦士たちと、恋人役の男性」となります。

 『はるかなるレムリアより』では、スカラベ、サンダーバード、ナーガラージャの男性三名が、仲間として転生してきます。ヒロインの伴侶だったラ・ムーは、転生してきません。

 「相手役だった男性が、転生してこない」のは、転生型魔法少女の作品で、他に類を見ないのではないでしょうか。二〇一〇年代の現在でも、そうです。
 そのかわり、ヒロインの涙【るい】ことアムリタデヴィは、スカラベ、サンダーバード、ナーガラージャの三名の男性に、求められる存在です。逆ハーレム構造ですね。
 二〇一〇年代の今なら、膨大な作品数がありますから、「逆ハーレム構造の転生型魔法少女作品」も、探せば、あるでしょう。しかし、それは、メジャーな流れではありませんよね。

 スカラベもサンダーバードもナーガラージャも、ヒト型でいる時には、美男子です。まあ、これは、少女漫画のお約束ですね(笑)
 本体を現わすと、スカラベは昆虫人型、サンダーバードは鳥人型、ナーガラージャは竜型です。彼らは、ヒト型から本体型へと、自由に変身することができます。
 彼ら三名は、前世では、ヒロインの配下の戦士でした。ヒロインから見れば、格下の存在です。そういう男性が相手役になるのは、少女漫画では、極めて珍しいでしょう。

 前世の記憶を取り戻したアムリタデヴィは、はじめ、三人の要求を拒みます。「自分の心は、今でも、ラ・ムーのものだ」と言いきります。
 けれども、最終的には、涙【るい】としての記憶を取り戻し、その記憶にしたがって、ナーガラージャ(の転生である紀彦)を伴侶に選びます。

 前世の記憶に左右されず、現世の記憶にしたがって、伴侶を選ぶことも、転生型魔法少女の作品では、珍しいです。前世より現世を優先させる点で、『はるかなるレムリアより』は、のちの『セーラームーン』などより、先を行っています。

 今回は、ここまでとします。
 次回も、『はるかなるレムリアより』を取り上げる予定です。



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