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都心の雪の思い出。

 都心の雪はもののあわれ。せっかく白銀で埋めてみせても、働く人は煙たがり、道ゆく人を困らせる。
 せっかく積もったのだからと子供の顔を欣喜雀躍、跳ねまわらせても、贋作もどきの都会の雪は、見た目は雪でも内面はぐっしょりぐずぐずの水だから、さわればたちまち重たく濡れる。
 当てた雪玉、手袋ぐっしょり、当てられたほうもたまらない。当たるそばから濡れていき、これで風邪でもひいたなら、うらめしさ百倍、こんなんじゃ遊ぶんじゃなかったとがっくり肩落とし、水筒状態の長靴引きずるは重たい足取りに輪がかかる泣きっ面に蜂状態。トボトボにドボドボが加わるなんて、もうっ、最低! たらありゃしない。

 はたまた雪だるまに挑む子らにも不幸は公平に降り注ぎ、押してもちっとも転がらず、しかも大きくなったそばらか潰れてく雪玉に、焦れてしまいに癇癪爆弾炸裂し、どっかーん、爆発したものだからたまらない。けっこう毛だらけ顔煤だらけ、焦げた頭髪アフロヘア。

 都心の雪は幻でしかなかったと、夢潰された子供心のなんと索漠さくばくたることよ。

 雪も適材適所を選ばなきゃ。
 遠路はるばる都心にまで足を伸ばしてやってこようとも、ここにはゲレンデありはせぬ。スキーで滑るは娯楽のうちだが、滑って転ぶは悲劇の結末。滑って動かぬものもあり、ゆりかもめも舎人ライナーも、働こうにも動かせぬ都会の足は、どんなに動かしたって前に進まぬ立ち往生、その場でタイヤを空転させるばかりでその場にとどまり客にペコペコ平身低頭、頭下げ。いいことのひとつもありゃしない。

 通勤靴は洪水で、ベランダ菜園縮こまる。
 濡れて台無しブランドコート、『駅まで自転車』役立たず。

「四駆だぞ」
 千尋のお父さんじゃじゃあるまいに、道が凍れば滑って肝を冷やすことになる。車の性能に頼った過信で道ゆくも、着くのは目的地じゃない、墓穴でしかないんだってばよ。

 ああ、都心の雪よ。おまえはもののあわれなり。せっかく遠くまで足を運んでくれたのに、都心じゃ犬も喜んじゃいなかった。
 もう降るな。もう充分だ。今年でしまいにしておくれ。これにて未来永劫、一件落着にしてちょうだい。

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