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越えられない壁と、この不確かな街。

 進撃する巨人の侵入を防ぐための壁じゃない。脱走兵が見上げる未踏のハードルでもない。社会には、秩序を守る壁がある。そしてその壁は社会を牛耳る誰か▼▼にとって都合のいい壁である。
 無知は幸せだけれども愚かで、呑気に壁を防御の要とハナクソを丸めながら惚けるだけだが、知恵足らずの穏健派をよそに危機感を募らせる火種がひとつ人知れぬ闇に灯った。

 社会に流されるまま生きる被操作者は、支配者の存在に気づくことはない。マリオネットのごとく、縦糸の上げ下げに健気にしたがい、踊る阿呆の滑稽譚。好奇も威力も躾と称した洗脳に支配され、奥の手は封じられ、焼印よろしく量産されてきた思考回路では壁と称した檻を破る知恵は生まれない。滔々と流れる川の上流で搾取と暴利を貪る輩が跋扈している真実になど、到底たどり着くことはできない。

 世に数多の成功談が流布されるども、それらはみな労働力のギアをシフトアップさせるためのまやかしだ。夢は甘くとろける未来に酔うも、掴める者ははなからの出来レースで、走者位置に着く前に決せられている。見せ金同様、われわれは騙しの手口にまんまとしてやられている。

 本田宗一郎も松下幸之助も運がよかった。抜け穴だらけの社会の抜け穴から顔を出し、表舞台に身を乗り上げて暴れまわることができた。時代はまだ、噴出したてでほやほやと湯気をあげる、どろどろのねちねちの、こねくり回せる不確かな柔らかさでできていたから。どんぶり勘定が横行したのも、捉えきれない時代に大まかに線を引きうる、ただひとつの拠り所であったから。
 当時も支配者層はいて、躍起に出る杭を打とうとしたけど返り討ち。知恵者の岩崎弥太郎は特権階級の頭上を超えた策をめぐらせ、みごと軍配を勝ち取ったし、田中角栄の地均しは夜襲の騎馬隊で、強引たるやトランプの如しで地元と東京を新幹線と高速道路で結んだ(穴は埋め切れず、関越道と首都高を繋げることはできなかった。今でも首都高と直結できていないのは、既得権益との軋轢が尾を引いているからであろう)。
 特権たる呪縛の糸は途中で断ち切られ、難を逃れて伸びた少数派の糸もあるがそれとて行く先々で絡まり空回り、あまり役に立つことはなかった。そんなカオスの中、噴き出す水飛沫に板を乗せ時代の潮流の波に乗り、抜け穴から抜け出た者が後世に名を残すことができた。時のサーファーは、混沌の海を駆けた神が萌えたアイドルだった。

 ところが密かに復権を目論んでいた既得権益者が空いた穴を塞ぎ、時代を音を立てて、というか声を大にして変えていった。どんぶり勘定の社会は順次抹殺されていき、今や神とともに抜け穴は息絶えている。抜け穴どころかそれよりずっと密やかな裏道然とした抜け道という抜け道も封鎖され、街は完全にイクジットを失い孤立させられている。息も詰まるようになった。空気も澱み、年中花粉症と似た症状に苦しめられてもいる。

 それでも街は人に優しく機能していると言えるか?

 真実を覗き込んでみるといい。支配者の都合のいいように組み替えられ、いいようにあしらわれている社会のどこに納得の正義があるというのだ。

 気づき始めた人から順に、街の不確かさに落胆し始めている。逃げ道を断たれた吊り橋の床板が切られたロープの側から順次崩れていくみたいにして膝を折り、肩を落とししなだれていっているではないか。

 海の向こうでは本物の戦争が始まっている。壁は破壊され、新たなボーダーが揺らめきながら管理棟のマップ上で蠢いている。戦争とは一線を画したように見えるこの国の壁は、はたしていかほどの防衛力があるというのだろう。
 支配者の都合で作られた壁の真相は、映写機によるご都合主義の無責任な投影でしかない。海の向こうの業火は虚の壁などものともせず、ある日突然にこの曖昧な壁の内側にまわり込んでくるのではないか。
 
 間に合わなくなってからでは遅い。見境のつかない巨人に捕らわれ喰われちまう前に、手を打っておかなければならない。テレビドラマの脅威は明日の我が身。ノンフィクションへの助走路だったことにそろそろ気づかなければならない。
 
 超えられないと信じ込まされている壁を超えていかなければならない。この不確かな街の価値観に自分を染めてしまってはならない。

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