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止まり木図書館司書。

 ずっと探していたんだよ。図書館司書の空席をね。
 やっと空席があったんだよ。尖塔まで続く階段の踊り場に、ちょこんと置いてあったんだ。
 高窓から午後2時の光が鋭角の並行四辺形を4機編隊みたいにつくってさ、1秒ごとにコンマ何ミリずつ四角い光の飛行機を飛ばしてた。壁は純白の空だったんだ。

 音の出力装置は稼働してはいなかった。
 アシスタントが手を抜いたんだろうね、人物を描き込むことも忘れてた。

 がらん
 
 効果音のつもりで書かれた3文字がふわふわ浮かんでいるだけだった。
 
 僕にはわかっていた。今はこれでいいことを。
 
 座面にA4サイズの紙がセロテープでとめられていてね。そこに『図書館司書求ム 資格をお持ちの方専用 早い者勝ち』と書かれてあったから、用紙を剥がし、そこに腰をおろしてみたんだ。高窓の編隊飛行の四角い光がぐらりとかしいで、僕の目線はぐるり反対方向を向く。視点も腰掛けたぶん低くなって、左手の上り階段と右手の下り階段とがひとつの視野に収まったんだ。
 
 僕はそこで、人生を上る人と下る人に、求められた本を探し出し、手渡す。そうした仕事をこれから手がけていくことになる。
 来館者には伝えなければならないことがあった。
「貸し出し期間は2週間です。期限を過ぎたら、新しく本を貸し出すことはできません」
 わずか数時間で読み切れる本も、500ページを超える大作も、一律に2週間という枠をはめる。社会が滞りなくまわるためには一律のわかりやすい規定が必要なことを教えるみたいに、僕はことさら本を借りにくる人に図書館の規定を繰り返し伝える。
 
 貸し出しはひとり1回につき5冊まで。器用な人は2週間で5つの世界を泳ぎ切る。泳ぎきれない世界もあるだろうに、と僕は訝しむ。訝しんでも、それは僕の独断でしかないことはわかっている。5冊の世界を同時並行で渡り切れる人は、世界にごまんといるのだろう。
 僕はそのごまんといる人とは別のグループに属している。借りる側ではなく貸す側である点でも違う。
 
 ごまんといる優秀な人たち相手に、僕は限られた知識でも精一杯知恵を絞って要望に応えなければならない。

 僕は書籍のキュレーター。彷徨いながら探し求めた末に見つけた、ずっと就きたいと思っていた仕事。
 僕はいま、人生を上ってくる人と下りていく人をエスコートする止まり木図書館の管理人をやってます。

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