掌編・トウキョウバナナ

 話題のクッキー専門店に並ぶ人の列が、今日は短い。目玉商品が早々に売り切れたらしい。最近は帰省時期に関係なく、東京駅土産がSNSで話題になる。チーズケーキやインスタ映えするクッキー、お土産じゃなくて自分が食べたいスイーツを求めて、平日朝から長蛇の列をなす。その様子をながめながら、私は駅構内で駅弁を売る。

 日々、東京駅で働いているのに、ここから2時間足らずの実家には、もう2年近く帰っていない。故郷では今、私が転職して代官山のIT企業で働いていることになっている。母や近所のおばさんが「えりが働いている会社を見たい」と言い出さないよう、嘘の設定に頭を悩ませた。銀座とかお台場と言ってしまうと、押しかけてきかねない。代官山、ITという言葉でなんとか煙に巻く、という算段。

 実家の花農家を継ぎたくなくて、東京に出てきて10年。親はとっくにあきらめているけれど、引きずっているのは私のほう。仕事や恋愛で挫けるたびに、故郷で農家を継いでいれば、と選ばなかった人生に逃げ込む悪い癖は、今も時々出る。取り返しのつかない失敗などしていないと思う。けれど、全部投げ出してしまいたくなる日がある。  

 仕事帰り、電車を降りて家とは反対方向にある園芸店に向かった。会いたい相手がそこにいる。花農家で育ち、子どものころから花は商売道具。東京で花屋に入ったこともなかった。だから、初めてその店に入ったのは気の迷い。
 ビニールハウスのような外観は、実家の仕事場を思わせる。店内は奥へ進むほど気温が上がる。見なれた冬の花は素通りし、店の一番奥へ。

 こんばんは、トウキョウバナナ。会いに来ちゃった。

 私が唯一、東京で会いに行く相手。大きく仰いで見上げる葉は一枚1メートルほど。太くたくましい茎に、つややかな緑の葉をしたたらせる。包まれ、守られる気持ちで、その下にたたずむ。音は葉に吸い込まれ、静まってゆく。    
ふと、枝分かれした茎に見なれないものがぶら下がっているのが目に入った。紫の分厚い皮。その皮の中に細くて青緑の房が鈴なり。

バナナだ。

店で売っている黄色い房ではない。あれは外国で収穫後、日本に運ばれる間に追熟されてすぐ食べられるようになっている。木になっているバナナは青緑なのだ。
「バナナ、実がなったんですよ」と、気づけばうしろに園芸店のスタッフの女の子がいた。
「寒さに弱いけど、温度管理と湿度を保ってあげれば育つんですよ。でもバナナって、実をつけるとその木はおしまいなんです。だから一度実をつけた木は伐採して、根もとから新しい芽が出てきたものが育って、やがてまた実をつけて。その繰り返しです」

 故郷とは違う場所に適応して根を張り、命をつなぐ。やるなあ、トウキョウバナナ。
 私も東京で、バナナみたいに根っこを張ってきた。根を下ろし、ささやかな日々を自力で生きている。自分の選択になんの引け目を感じることがあろうか。

 今年の正月は実家に帰ろう。母が若い子みたいに喜びそうな東京土産を買って。



 

 


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