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『夜行抄』おまけ 成仏の押印 -後日譚-

ー 登場人物 ー
俺(おれ)
 主人公
婆ちゃん(ばあちゃん)
 田舎から役小角えんのおづぬの御守り送ってくれる俺の祖母
泥捏拗 寧舟(どろつくね ねいしゅう)
 只々怪しい怪人黒尽くめ男
雌拳(めふぃすと)
 寧舟に付き添うもふもふの猫。
膨れまんじゅう(ふくれまんじゅう)
 首塚の祟りが顕現した怪異らしい


 この日、大学の午後の講義が思いのほか長引いてしまい、終わり次第駆けつけると約束していたバイト先へ、遅刻の連絡をせねばならなくなった。
 早急に携帯電話にてその旨を伝えた俺は愛(自転)車に跨りペダルを踏み出した。

 金木犀の甘い香が漂う大気を鼻腔から胸一杯に吸い込み、染み染みと秋の余韻を楽しむ  、ながら “ マウンテンバイク  “ 運転は、それはそれは清々しいものだった。

 行く手からは髪を揺らす涼やかな風が吹き、紅葉の気配を織りなす風景が広がる。
 そしてなにより、ぱんぱんに膨らんだ半透明の風船がひとつ……ん?
 もとい、ぱんぱんに膨らんだ半透明の風船のようにしか見えないヒトの顔らしきモノがひとつ……んん?
 そこにポツンと浮かんでいる。

 何ぞこれっ!

 思わず感嘆の声が漏れる。
 俺の目には、一見ファンタジー風な仕上がりなのに、絶対にファンタジーではない濃厚な仕上がりのモノが映っていた。
 ぱんぱんに膨らんだ半透明の風船を輪郭とした、大層にしかめっ面の顔がひとつ、ふわふわと浮揚し飛んでいる。

 地上から怪訝な顔で、宙に浮かぶ顰めっ面を見やっておれば、いつしか互いの視線が交わるのは必定だったのだろう。

「ひと目会ったその日から〜」
「恋の花咲くこともある〜」

 なぜか幼少の頃、田舎の婆ちゃん家で観た「パンチDE なんたら」なる番組(たぶん再放送)のオープニングが頭を過ぎる。
 見つめ合うことで、見知らぬ男女が、互いの存在を認識し合う…そのような歯の浮くような状況では無い。
 これは完全な事故である。
 見知らぬモノ同士とはいえ、片やヒト、片や異形の風船頭(仮称)である。

 あっ…目が合った…。

 そう思ったが瞬間、風船頭は、此処で会ったが百年目っ!的な形相で、俺に向かわんと身というか具というか顔というか…その全てを捻り(怖っ)加速した。

 恐らくは何らかの怪異なのであろうが、既に俺は遅刻の身、今はそんな事にかまけている暇はないっっ、とばかりに、全力の立ち漕ぎ姿勢へシフトしようと腰を浮かした…その刹那…。

「ぬぁっはははははははっっっ」

 と、脳天気な嘲り笑いと共に、見た事のあるあのママチャリと、二度と見えたくは無かったあの風体の男が、何故に秋のこの日の黄昏時に、しかもまた俺の右サイドに現れ、並走を始めた!

「其処に居るのは誰そっ彼っっ…、おぉっっ!君ぃ、君ぃぃ、君ぃぃぃはっ何時ぞやの匿名希望の…そう確か名前は……中身が空の虚栗みなしぐり君!」

 誰が中身がカラぢゃ!
 巫山戯るなっ とばかりに、ハンドルから離した右手を裏拳のかたちで大きく斜め横上へと振り叩き込むが、あっさりとかわされた。

「君ぃは再びぃ〜、大きな間違いぃをしているよぉ〜」
 高らかなイミフな宣言が終わると、

「アレに見えるは、山河などの地にありて、木石に宿る幽かなる精『もう』が、ヒトの結びし因果、つまぁ〜りぃ負の力場に引き寄せ捉われ蟠り凝ったもの…。恐れ多くも畏くも、この辺りの首塚の祟りが顕現したモノにありましょう…。ならば名を為さねば浮かばれますまいぃ…では命名ぃをばぁ〜」   

 僅かな間も置かずに、
「膨れまんじゅう なりっっ、如何かっ!」
 と、叩き込むように叫んだ。
 勿論、思いっきり指差している。

 膨れは仕方ないないとしても、なぜまんじゅう(笑)なのかと思いながら、俺はそう名付け呼ばれたモノへと視線を向けた。

 ソレは明らかに怒っていた。
 即興であだ名された慇懃無礼いんぎんぶれいさに呼応するかのように、一層に膨れ上がると先ず二つに分かれた。
 二つになった膨れ顔が、更に厳つい表情へと膨れっ面を募らせると、また分裂した。
 膨れっ面分裂は、やかて無数の顔の実がひしめく、ひと房のバケモノへと肥大した。

 外套の裾をはためかせ乍らうやうやしくも語った男…確か、泥捏拗《どろつくね》なんたら…。
 この端倪たんげいすべからざる人物が、いったい何を言っておるのかと、全身全霊を掛けて懸念と遺憾の意を表すと、男は小声で一言…。

「ぶっく…こぶ平っ」

 と言って嗤いを堪えていた。
 への字に歪めた口元を、呆れ口へと変えた途端、

 なぁ と猫が鳴いた。

 ママチャリの前籠で、灰白色の長毛に風を受け流れるる もふもふが、右の褐色のカッパーレッド(赤銅)と左のエメラルドグリーンのオッドアイの眼差しを此方へと向けていた。

 俺に既視感を与えた猫は、籠から毛鞠の様に飛び出すと、跳ね上がるように、膨れまんじゅうに向かい一直線に飛ぶ。
 ピンと弓形に延びた身体から、右前脚の肉球がさながらウルトラマンの出現時のような姿勢で繰り出された。
 膨れまんじゅうへと、猫パンチが炸裂した。

 雌拳めふぃすとの肉球を受けた膨れまんじゅうが、額に『成仏』の文字を頂くと途端に惚け顔となり、風船宜しく ぱんっ と爆ぜた。
 ぱんっぱんっぱんっぱぱんっと、膨れまんじゅうたちが次々に爆ぜ周ると、最後の顔だけが何故か萎れ果て、しゅぅぅぅ〜 と風に巻かれて飛んで消え去った。

 ブレーキを握りしっかりと停車した俺の目の前に、もふもふの毛玉が舞い降りる。
 己に掛かる重力を器用にいなしながら、伸ばした四つ脚で  “ トンッ  “ としなやかに着地した。
 透かさず  “ くわっ  “ と欠伸を一つすると、いつぞやの夜のように緩やかに伸びをしだ。

 停車の音も静かに、伸びをする猫の向こう側へとママチャリを止めた男は、屈むような姿勢で左腕を伸ばすと、器用に猫を掬い上げた。
 前籠に吸い込まれるように消えたもふもふは、縁から周りを窺うかのように猫目を覗かせ ごろなぁ と鳴いた。

 眼前の光景に見惚れながら…俺の口角が緩やかに上がる…。
 少しワクワクしていた。
 言い知れぬ期待感のようなものがそうさせるのだろうか。
 秋用にと買い足した、お気に入りの薄手のジャケット。その内ポケットにある婆ちゃんの御守りが心做しか暖かく感じる。
 何故だろう…、俺は、弾むココロを抑えるように、バイト先に更に遅れる遅刻の言い訳を、頭の片隅で考え始めていた。

 了




 本作は、『夜行抄』第壱譚 成仏の押印 の後日譚になります。
 主人公の 俺 と 泥捏拗 & 雌拳 が織りなす怪異奇譚はまだ縁が出来たばかり。
 来る第弐譚では、更なる登場人物が加わり…ま・す?
 そして物語はあらぬ方向へと…(笑)

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