見出し画像

「黒影紳士」season2-5幕〜花鳥風月〜鳥の段〜 🎩第一章 自叙伝

この鞄のクマさんなぁ〜んだ。

――第一章 自叙伝――

「白雪、サダノブ、駅前のカフェに行かないか」
 ある日、急に黒影が言った。
 あるネット記事専門の文屋で知り合った、高頭 弘(たかとう ひろむ)という女性記者に会う為だ。
 利害関係の一致から其の会社とは以前、事件に関する情報と政治家の大物議員の事件解決をし、一番に報告する交換条件で動いた事がある。
 高頭 弘は其の会社の記者で、情報の受け渡しとして遣わされただけだ。  何故彼女なのか聞いたが、ずっと黒影のファンだった事以外何も答えなかった。
 其の事件が無事解決した四ヶ月後、急に依頼したい事があると連絡してきたのだ。
 ただでさえ予知夢能力者故に、滅多に姿を見られたがらない黒影にとっては隙あらば盗撮、盗聴を仕掛けて記事にしようとする、厄介な一癖も二癖もありそうな女だった。
「今日、熱いですよぉー?」
 サダノブが庭で団扇を仰ぎハーブに水を遣り乍ら言った。
「依頼なんだ、仕方無いだろう?」
 黒影は溜め息を吐いて答える。
「何でカフェなの?」
 アイスを食べ乍ら白雪も聞いた。
「依頼人が如何してもって言うから……」
 と、黒影は何処かやる気が無い様に窺える。
「あっ!分かった、女ねーっ!だからカフェ!そー言う事は早く言ってよ」
 白雪は黒影の煮え切ら無い態度にやっと気付き、風柳邸に戻るとバタバタ支度を整えている様だ。
「……何だ、女の人と二人でいるのが後ろめたいなら、白雪さんに先輩が、素直に来て欲しいって言えば良いのにぃー」
 と、サダノブは黒影を揶揄った。
「其れだけじゃ無いんだ。気が抜けない相手なんだよ。サダノブ、盗撮、盗聴器を範囲二メートルぐらい無効化してくれないか。気を遣い乍らじゃ話にもならん」
 黒影は、再び溜め息を吐いてそう言う。
 サダノブは笑い乍ら、
「先輩って、危ない女に好かれるところありますよねー」
 と、言う。
「言ったな……!」
 サダノブの水遣りのホースをぶん取り、黒影はサダノブの背中目掛けて水をぶっ掛ける。
「ほら、仕事だ仕事!びしょ濡れになったんだ。早く支度してこいっ!」
 そして黒影はシッシッとサダノブに着替えて来る様に仕向けた。
「先輩ぃー、酷いっすよぉー」
 と、言い乍らびしょ濡れの犬みたいになったサダノブは、トボトボ支度をしに行った。
「楽しそうで何よりだなっ!」
 窓を開けて涼んでいた風柳は笑ってそう言った。
 風鈴が僅かな風で鳴った。

 暫くして風柳の車に乗って駅前へ向かった。こんな暑い日は本当に助かる。
「未だエアコン効かないのー?」
 車内の温度はドアを開けた時にはムッと熱風を感じた程だ。
「ガレージに仕舞い忘れていたからなぁ。窓を開けると風が循環して効きが良くなる」
 風柳は白雪にそう教えた。
「もう、昨日の夕立ちで洗車だーなんて喜んで、其の儘にしておくからよ」
 と、白雪は暑さに機嫌が少し悪い。
「あはっ、まあ今度からは気を付けるよ」
 と、風柳は相変わらず白雪には敵わない様だった。
「やっとエアコン効いてきたのに、もう着いちゃいましたね」
 サダノブが残念そうに言った。
「安心しろ、カフェはきっと涼しいぞー」
 と、黒影は笑った。
「何、食べようかなぁー。楽しみー!」
 と、白雪は依頼で来ている事を忘れているみたいだ。
「依頼を聞くならそんなに時間は掛からないだろう。此の儘エアコンを付けて昼寝でもして待っているよ。戻って来たら涼しいだろうし、丁度良いだろう?」
 と、風柳が言うので、
「それは助かります。何時もすみません」
 と、黒影は車を毎度出して貰っている事に恐縮する。
「何を今更。家族どころか、もう運命共同体みたいなもんだろっ!そんな事気にするな」
 そう言って風柳は黒影をくるっとカフェに向けると、其の背中をポンっと押した。
「依頼人が待ってる……しっかりなっ!」
 と、気合いを入れてくれた。

「あっ、お久しぶりです!」
 黒影の姿を見るなり席を立ち、高頭 弘が頭を深々と下げた。
「其方こそ、お元気そうで何よりです。……事件以来ですね」
 と、黒影も帽子を軽く上げ、久々の挨拶を交わす。
「今日は調べないんですか?」
 思わず高頭 弘が聞いた。
「ええ、機器の妨害対策はして来ています。今日は依頼と言う事でしたので、此方の人間を同行させましたが宜しかったですか?此方が事務員のサダノブと、白雪です。立ち話も何だか……さあ、座って何か頼みましょうか」
 と、黒影は三人で来た経緯を話す。
「あっ、全然大丈夫です。返って、私の詰まらない話に付き合わせてしまうと思うと申し訳ないぐらいです」
 と、高頭 弘が言う。
「私!チョコレートパフェ食べたいっ!」
 白雪がメニューを見てもう決めた様なだった。
「いやはや、すみませんね。随分今日は暑かった物で。先に何か頼みましょう。高頭さんは?」
 黒影が聞いた。
「私は……えっと、アイス珈琲で」
 と、初めて会った時と同じ物を頼んだ。
「じゃあ、僕も其れで。サダノブは決まったか?」
「俺はえっと……やっぱ、夏の定番メロンクリームソーダっすね!」
 と、にこにこで答える。
「サダノブ、話を進めたいから、注文を頼んで来て貰っても良いか?」
 黒影はサダノブからタブレットを受け取り乍ら言った。
「勿論です!」
 と、言った後にサダノブは黒影に、
「あれー?キュンキュン眼鏡最近見ませんねー?」
 と、小声で耳打ちする。
「要らん!そんな物」
 黒影はプイッと顔を逸らして無視した。
「……何だか、楽しそうですね。以前拝見した黒影さんより、皆さんがいると穏やかな印象を受けました」
 と、高頭 弘は少し笑ってから理由を言った。黒影は二度咳払いをすると、
「すみません、如何も巫山戯たがるのが多くて……。……で、依頼内容について聞いても?」
 と、黒影は本題に入って良いか窺う。
「はい。私、以前あの会社に入って黒影さんをずっと追っていたって言いましたよね?……あの時は、ずっと追っていた人が目の前で急に会える事になって、緊張しちゃって、ちゃんとお話出来無くて……あの、ストカーみたいに思われちゃったんじゃないかと反省してました」
 と、話し出すのだ。黒影は少し考えて……
「何か理由が在って探していたという事ですか?」
 と、少し厄介に思っていた事実は伏せて、話を先ず聞いてみようと思った。
「実は社長もある事で私が悩んでいる事を知って、会えるチャンスを私にくれたんです。……それで、其の悩みなのですが、私……大事な記憶が抜けてしまっているんです」
 その言葉を不審に思った黒影は、
「記憶が消えたなら大事か如何かも分からない筈ですよね?」
 と、聞く。丁度其の時、ウェイトレスが注文の品を持って来た。黒影は白雪から口元に差し伸ばされたパフェのチョコクッキーをもぐもぐ食べ乍ら考える。
「……前後に何かあったんですね?」
 クッキーを飲み込んでアイス珈琲を一口飲むと言った。
「流石です!魔法のチョコレートクッキーですね、其れ」
 と、白雪を見て高頭 弘はにっこり笑った。如何やら白雪の可愛さが気に入ったらしかった。
「……で、何が起きたんでしょう?」
 黒影は話の続きを聞くと、高頭 弘はまたアイス珈琲をゆっくり一口飲むと話した。
「私は其の頃、近所の古い図書館の司書をしていました。本が大好きだった私にとって文句の付け様も無い仕事です。図書館が終わる時間の少し前に、其の頃付き合っていた彼の仕事が終わるので、彼が心配して良く迎えに来てくれたんです」
 と、過去の話を始める。
「僕が過去が見えると気付いたのは百首村の事件で知ったのですね?……因みに彼は司書よりも早く仕事が終わるとなると、ご職業は?」
 と、黒影は細やかに聞いて行く。
「郵便局の仕分けをしていました。長くバイトをして、其の儘いて欲しいと準社員に成ったと聞いています。彼が夕方の五時には終わり、私も五時には終わりますが、本の整理や片付けが未だある時は帰りが六時ぐらいになってしまう事が良くありました。時期によっては六時過ぎにはもう真っ暗になる田舎でしたから、其れで彼が迎えに来る事が多かったのです」
 と、高頭 弘は頷くと話を続けた。黒影はタブレットに内容を纏めて打っている。
「成る程……彼は高頭さんの身を案じてくれる優しい人だったのですね」
 と、黒影は彼の事を聞こうとした。
「はい、彼は当時23歳で博迪 伸晃(ひろみち のぶてる)と言います。伸晃さんも本が好きで良く通ってくれました。一年半通って、私が好きな本にラブレターを挟んでくれたのがきっかけで付き合う事になったんです」
 その高頭 弘と博迪 伸晃の話を聞いて、
「素敵ねーっ!」
 と、白雪はそんな告白を想像してか、うっとりして言うと黒影を睨むので、黒影は外方を向いて話を続ける。
「私が記憶を失う前、夕方の四時頃……そう、何時もより今日は早く終わったからと伸晃さんは早めに図書館に来ていました。確か伸晃さんは読んでいた本の続きを読もうと探していた筈です。私は貸し出し兼返却の場所で椅子に座っていました。確か……伸晃さん以外、誰も来館している人はいなかったと思います。私は柱時計を呆然と見ていたと思います。
 其処で記憶が薄れてしまったんです。何分記憶を失っていたかは自分でも分かりません。ただ、閉館時間じゃなくてホッとしたのだけは覚えています。あの時、時計を見た筈なのに、何で詳しく思い出せないのか今も悔やんでいます。
 気が付いて……私は伸晃さんを探しました。すると長梯子の下で手を伸ばし乍ら、頭から血を流して死んでいました。救急車を直ぐに呼びましたが、頭を強く打っている事から転落死だろうと言われました」
 黒影は淡々と記録し乍ら聞いた。
「転落死は単なる事故です。残念ながら僕は殺ししか見透せません。其れは高頭さんも調べた筈だから知っている筈です。なのに何故僕を探したんですか?其の場にいたのに助けられなかった。……其の心中はお察ししますが、其れでは我々はお力に成れそうにもありません」
 と、黒影は言ってタブレットから手を離し、此の依頼を受けない意思を伝えた。……が、其処で其の話は終わらなかった。
「あの!……そう言われるのもご尤もだと分かっていました。けれど、黒影さんだけが私に真実を見せてくれる唯一の人だと確信して、此処に来ました。私、私が……彼を殺してしまったのではないかと、私は自分を疑っています」
 高頭 弘の言葉にタブレットを閉じ様とした黒影の手が止まった。
「今……何て?……高頭さん、貴方は彼を愛していたんですよね?」
 流石に高頭 弘から突拍子も無く出た言葉に黒影は困惑した。
「……ええ、そう思います。けれど、私が結婚を考えた頃、彼は未だ安月給の準社員とは名ばかりの将来的に不安なアルバイトと変わらない仕事を続けていました。私は其れを少し不安に思い、何度か彼に他の仕事も探してみたら如何かと話しましたが、今でも十分幸せだからの一点張りでした。こう言うと、たかが其れだけって思われるかも知れませんが、私にとっては伸晃さんと幸せに成るか、他の誰かを探したら良いのか、毎日椅子に座って本を読んでいても内容が入ってこない程、気掛かりな事でした。そして時々思ったんです。椅子の前の柱時計を見上げて……何方も選べ無いのなら、一層時が止まってしまえば良いのに。……伸晃さんとの未来が不安なら、此の儘伸晃さんも私も幸せの中、止まってくれたら良いのにって……」
 と、遠い目をして高頭 弘は言った。其れを聞いていたサダノブは小さく震え上がった。
「……そんな。……然し、其れは貴方が偶然望んでしまった事で、実際に行動したという根拠にはならない!」
 黒影は高頭 弘が勘違いをしているのだと、そう言った。
「馬鹿ね、男って。全く分かって無いんだから。黒影だって何時も偶然なんか無いって言っているじゃない。ちょっと女の本性見ただけで持論を変えるなんて情け無いわよ。……幸せ過ぎて不安になり過ぎると、女は毒を持つわ……。私は信じるわよ、弘ちゃんの事。だから本当の事が知りたいのよねー?」
 と、白雪は黒影に膨れっ面をして注意した後、高頭 弘に向かってにっこり優しく微笑んだ。高頭 弘は、ホッとして微笑み、
「有難う、分かってくれて。白雪さんって見た目はとても可愛いのに、中身は大人っぽいんですね」
 と、言った。
「ギャップって大事でしょう?」
 白雪が背伸びして自慢気に言うものだから、
「ふふっ、その通りです!」
 と、高頭 弘はすっかり元気になった様だ。
「……偶然なんか存在し無い。確かに必然であるべきだ……」
 黒影は白雪に言われた言葉に引っ掛かている様だった。
「黒影先輩?落ち込んでるんですか?」
 サダノブは先程、散々白雪に言われてとうとう落ち込んでしまったのではないかと黒影を心配そうに見る。
「違うわよ!黒影はあんな事じゃ落ち込まないもの。気になってるの、何かが!」
 と、サダノブに白雪は言った。
 やはり長く一緒にいるだけあって、白雪の言った言葉が正解だった。
「何で突然記憶を失った?其れ迄に似た様な経験はありましたか?」
 黒影は聞いた。高頭 弘は、
「いいえ、一度も」
 と、答える。
「その後も?」
 黒影は念には念をと再び再確認して聞く。
「全く……」
 と、高頭 弘は不思議そうに答えた。
「何か衝撃があったり、ショッキングな事が事前にありましたか?」
 更に聞かれたので高頭 弘は、思い出す様に少し考えてから、
「いいえ、多分無かったと思います」
 と、答える。
「記憶が無くなる直前、柱時計を見上げていたと言いましたね。……と言う事は秒針の進みは見ていましたか?」
 と、聞かれると、
「ああ、そうです!秒針の進みを見て思ったんです。其の時も、此の儘時が止まれば良いのにと」
 と、はっきり其処は思い出したのか、スッキリした顔で高頭 弘は答えた。
「……高頭さん、貴方はゆっくり記憶を失っている。秒針の進みが分かる程、ゆっくり……変だと思いませんか?何かの病いで倒れ行く状態では無かったのに。……貴方……眠ったのではありませんか?否、眠らされたのかも知れない」
「えっ……」
 黒影の言葉に、高頭 弘は驚いた。ずっとそんな事にも気付けなかった自分に、拍子抜けさえした。
「やはり此れは偶然では無かった様だ。誰かが何らかの目的で起こした必然。……此の儘白雪に怒られてばかりもいられないのでねぇ……此方の勝手かも知れないが、一時この事件を預からせて頂く」
 その言葉に、高頭 弘の顔はパッと明るくなった。
「本当ですか?受けて下さるんですね!」
 其れを聞くと黒影は、
「勘違いさせたなら謝ります。一先ずは預かるだけです。此れが事故なら我々に出来る事は無いと先程言いました。未だ事件性が高くなったと言うだけで殺人事件かは分かりません。分かった次点で正式にお受けします。何か見えたら直ぐにお知らせします。宜しいですね?」
 と、黒影はきちんと説明する。
「其れだけでも、十分です!有難う御座います!」
 高頭 弘は嬉しそうに笑って深くお辞儀をし、暫く白雪と楽しそうに話すと、次の取材があるからと席を外し、去っていた。
「白雪は、幸せ過ぎて不安になった事、あるのか?」
 黒影が突然アイス珈琲を置いて聞いた。サダノブは居づらい気になったが、やっぱり気になって聞いてしまう。
「あるわよ」
 と、白雪はツンっとして答える。
「そー言う時は如何するんだ?」
 ……先輩、突っ込んで聞きすぎですよぉー!と、サダノブはハラハラし乍ら聞いていた。
「……そうね、私は言葉が毒付くだけよ」
 と、白雪は答える。
「……ふーん、そんなものか……」
「……そんなものよ……」
 黒影は納得してはいるが、きっとそんなもんじゃ済まされないと黒影に言いたくても、言えないサダノブであった。
 ――――
「はぁー、涼しぃーっ!」
 白雪は風柳の車に乗り込むと直ぐに言った。
「思ったより早かったな」
 風柳が黒影とサダノブに聞く。
「まだ正式な依頼にはなりませんでした。一応、念の為の預かり案件ですよ」
 と、黒影は早くなった理由を答えた。
「此れでもゆっくりお茶して来たんですよー」
 と、サダノブも言う。
「……そうか、残念だったな。まっ、然し話を聞くだけでも何れ正式な依頼に繋がる事もあるさ」
 そう、風柳は取り越し苦労では無いと教え、車を出した。
 ――――
 黒影は風柳邸に着くと、白雪に時夢来の本をリビングに持って来る様に言った。
 サダノブにはタブレットの先程の相談の件を表示させる。
「はい、先輩」
 相談内容を見返していた黒影にサダノブがそう言ったので、黒影は反射的に手を伸ばしてしまった。手に渡されたものを見て黒影は思わず言った。
「何のつもりだ、これは?」
 と。黒影の手に在ったのは、あのブルーライトカット専用の伊達眼鏡、通称キャピキャピ眼鏡だった。
「先輩、最近目が近いです。其れに画面見る時、眉間に皺寄ってますよ」
 と、サダノブは黒影の眉間を指差して言った。
「……仕方無い……」
 何か言いたそうではあったが、眉間の皺が嫌なのか言葉を呑み込んで、それだけ言うと珍しく眼鏡を素直に掛けた。
 ……よしっ!キャピキャピ到来!と、サダノブが心でガッツポーズを取っている事なんて、全く知らない黒影なのだった。
「……幸せ過ぎたら不安になら無い物だと勝手に思っていた。……エゴだったのかも知れんな」
 黒影がふいにボソッとタブレットを操作したまま言った。
……其の横顔で哀愁漂わせて言うのはもはや罪!
 と、サダノブは突っ込みたくなったが、白雪に早くキャピキャピ眼鏡を見せて上げたいと、白雪の部屋のドアを見てソワソワせずには居られない。
「……サダノブは如何なんだ?不幸に成るよりマシだと思うんだがなぁ?」
 急に名前を呼ばれて振り向くと、黒影が手を止めて真っ直ぐサダノブを見ていた。
「へっ?……あっ、多分不幸になりたいんじゃなくて、荊棘の道を超えて~みたいな、やっと手にした幸せの方が価値がある気がすると言うか、そー言う事じゃないんですか?」
 余りに黒影が真剣に聞くので、サダノブはタジタジになり乍らも答える。
「……お前って……やっぱり、ロマンチストなんだな」
 そうマジマジ見て黒影は言ったかと思うと、またタブレットを操作し始め少し笑った。
「先輩ぃいーー!俺、先輩に要らないって言われても、ずっと付いて行きますからぁー!」
 格好良いと思ったサダノブはそう言ったのだが、黒影は勿論何も気にしていないので何時も通り、
「あっそ。ご自由にどーぞ」
 と、煙たがるだけだった。
 何処から聞いていたかは分からないが、白雪が本を持ってクスクス笑い乍ら部屋から出てきた。
「サダノブ、あんまり笑わせないでよぉー!」
 白雪は笑い過ぎて涙目になっている。
「そんなに、可笑しかったですかね?」
 キョトンとして真面目に聞くので、白雪は更に大爆笑した。
「だって……サダノブ……熱苦し過ぎっ。……然も黒影は……冷た過ぎ……」
 笑いで言葉も途切れている。
「先輩は温かい人ですよ。俺の方が万年寒がりじゃないですか」
 と、サダノブは白雪の言いたい事が分からずに言った。
「逆もあるのよ、逆も……」
 そう言ってクスクス笑いを抑え乍ら、白雪は黒影に時夢来本を渡しす。
「ほら……何時迄遊んでるんだ、二人共」
 黒影が周りの騒がしさに、サダノブと白雪を注意しようとタブレットから目を離し顔を上げる。
「あーキャピキャピ眼鏡!」
 白雪がキャピキャピ眼鏡に大興奮して喜んで言った。
 黒影は照れて直ぐタブレットに向き直す。

 ……だから嫌なんだ……だから嫌なんだ……

 心の中で黒影は思った。
「……静かにしようか……二人共……」
 黒影のドス黒い声に一気に静まる二人であった。

 ――――
 僕の能力は単に殺人事件に関わる予知夢を影絵で見る事だけだ。だが、過去も見れる様に成ったのは時夢来のお陰だ。
 時夢来は僕の見たい過去、または未来を見せる。
 睡眠をしていなくとも無意識領域のレム睡眠迄反映する便利な物だ。
 そして過去の部分は此れを作り死んだ僕の友の過去透視の能力者が託してくれたものだ。
 この「時夢来」は友の僕への遺品でもある。
 友はもし、僕に危険が及ぶ可能性がある時のみ其れを最優先に反映させる様にしていた。
 ……今、見たいと本気で願うならば、友は其れを映してくれるだろう。

 黒影は信じて本を開いた
 胸ポケットに閉まっていた本を開いた隠し穴に懐中時計を嵌め込む。
 時計が右回りなら未来、左回りなら過去を写す。
 ……左回り……やはり友は答えてくれたみたいだ。
 隣のページに徐々に浮かび上がる挿絵の様な写真。
 日付と場所。

 ……此れだ!間違いない。
「図書館には高頭 弘と博迪 伸晃ともう一人誰かが居た様だ。高頭 弘は遠くに座っているのか写真の中にはいない。博迪 伸晃を階段から引き摺り下ろそうとしている何者かがいるな。余り鮮明では無い。……白雪、サダノブ、如何見える?」
 影絵である為に、判断に困った黒影は二人を呼び聞いた。
「うーん……髪は少し長めのショート……か。女か男かも分から無いわね」
 白雪が意見を言う。
「気付かれない様床にへばり付いているから、身体付きもはっきり分からないですね」
 サダノブも判断が難しい様だ。
「……五年前……か。確かに此の頃なら此の髪型は男でも女はでもするな。何かもっとヒントに成れば良いのだが。先ずは時夢来が写した時点で此れは殺意のある殺人事件だと言う事は決まったな。白雪の発生後に見る経過の夢も時夢来と共に動き始める筈だ。暫く辛いかも知れないが関連の夢を見たら教えて欲しい。僕は時夢来をちょくちょく確認しておこう。取り敢えず、此れで依頼を受ける事にする」
 と、黒影は此の件の依頼を受けると決めた。

「サダノブ、高頭 弘さんに依頼を受けると連絡を頼む」
「りょうかーいっす!キャピキャピ先輩ー!」
 と、サダノブは黒影が未だ眼鏡を外していなかったのを良い事に、緊張感を取る為にそんな事を言った。
「お前、態と言わなかっただろう……全く困った事務員だ」
 黒影は怒りはしなかった。サダノブは人の心を表情や僅かな言葉から読み取る体質だったから、そういう息抜きなら未だ良いと許せる。
「黒影ー!キャピキャピ眼鏡格好良く外してみてよー♪」
 と、白雪はリクエストするが黒影は少し考えて……
「分からん。如何するんだ?」
 と、真面目に返すだけだ。結局、何時も通りに外した。
「……やっぱり自然が一番かもーっ!」
 白雪が何だか嬉しそうだ。
「やっぱ、先輩神ー!」
 サダノブも巫山戯てそう言ったが、まだ黒影は分からず眼鏡を見るのであった。
 ……そもそも……キャピキャピって……古くないか?
 ――――――――

 サダノブは、早速黒影から受け取った高頭 弘の名刺の携帯に電話した。
「夢探偵社です。先日はご相談頂き有難う御座いました。……ああ、いえいえ、此方こそ。……其れででしてね、あのお話やはり殺人事件の可能性がありまして……あ、はい。此方で依頼を受けますので、後日改めて正式な依頼書を作成したいんですが……はい、はい大丈夫です。ではまた……はい、失礼致します」
 日程も決まり正式な依頼に持ち込めそうだ。
「サダノブ君も随分慣れて来たんじゃないか」
 こっそり聞いていた風柳が聞く。
「いいえ、未だ未だです。未だ先輩の足の爪にも及びませんよ」
 と、そ其れでも嬉しいのか、頭を掻いて笑う。
「ところで、人の心を読むって言うのは良い事だけじゃないんだろう?」
 ……サダノブは少し考えて答えた。
「そりゃあそうっすね。嫌われてるのとか分かると落ち込みます。でも良い心に出会えるとホッとするし、見付けられたのが嬉しくなります」
 と。
「そうか。じゃあサダノブが嬉しくあるには沢山のクローバーから四つ葉のクローバーを探す様な物だね。……知ってるかい?意外と四つ葉のクローバーって一度見付けると、其の周りにぽこぽこ結構生えているらしいよ。良い人の周りには似た様な人が集まるって事かもな」
 と、風柳が言った。
「四つ葉のクローバー、俺最近沢山見ました。だから幸せっす」
 と、朗らかに笑う。
「そうか、其れは良かったね」
 風柳にはサダノブもその四つ葉のクローバーの輪に入っているな様な気がしてホッと肩をなで下ろした。

 ――――――

 私の無くなったページは何処?……
 何か書きたいのに、何故か此処だけ何時も埋まらない……
 私のページを見付けて下さい
――――――

 「あの柱時計の前で読んでいた本は何だったろう……
 何度思い返そうとしても思い出せなかった。あの場所で開いた本は何時も白紙だった。返却に来た人はどんな話しだったか、何処が感動するだとか話し乍ら本を開いて見せるのに、私には何もない白紙にしか見えていなかったのです。だから私は話を読んだかの様に、合わせてお喋りしていました。少しだけ嘘を付いている様で申し訳ない気持ちにはなりました。眼鏡も必要無い程、特に視力が悪かった訳ではありません。其の柱時計の前に座った時だけ、決まって本のページが白紙に見えました。事件とは関係無いとは思いましたが、偶然は無いと言っていたのを聞いて、もしもあの不思議な現象にも何か必然があったら……そう思って。何となく気掛かりだっただけです。変な話しをしてすみません」
 今回の事件で依頼書を作成する為に、探偵社を訪れた高頭 弘はそんな不思議な話をした。
「眠っていた事と何か関係があったかも知れませんね。何か常備薬は服用していましたか?若しくは記憶を失う少し前に飲み始めた薬とか……」
 と、黒影は聞いた。
「いいえ、何も。少し熱っぽい時に市販の風薬を飲む程度です。其れに記憶を失った前は、特に熱っぽい事も無かったので、其れも飲んでいません。だから、眠くなってしまった理由が、あれから幾ら考えても思いつかないのです。何時もの水筒に何時ものお茶を自分で入れていたので、眠らされたと考えましたが、其れも難しいのではないかと思うのです」
 黒影は其れを良く聞いて、
「成る程。何年も僕を探しただけあって、其れだけ気になってしまっているのですね。確かに参考にはなりますが、依頼を引き受けた以上は少しは安心して考えるのを止めてリラックスされた方が良い。考え過ぎは身体に毒です」
 と、黒影は少し席を立ち、アイス珈琲を冷えたグラスに入れて出した。
「あっ、有難う御座います」
 高頭 弘は黒影がしなさそうな事をするので、慌てて席を立って礼を言った。
「……やっぱり似合わなかったですかね。確かアイス珈琲を良く飲まれていたと思って。まぁ、気楽にゆっくりして下さい」
 そう言ってにっこり笑うと、また腰掛ける様に勧めた。
「……何だか落ち着きますね……」
 そう言い乍ら高頭 弘は安心して言ったみたいだったが、時計を見上げる視線に気付き黒影は、
「……この後、ご予定でも?」
 と、聞く。高頭 弘は自然に時計に目が行ってしまっていた事に少し自分でも驚いて、
「いえ、特に予定は無いんです。気が付くと時計を見る癖があって……困ったものです」
 と、苦笑いした。
「今度、一度その図書館へ行ってみますよ」
 黒影はそう言う。
「そうですか。あまり何も無い街のおんぼろ図書館だと思いますが……」
 と、申し訳なさそうに高頭 弘は言った。
「古い方が味があって良いと言う事もありますから」
 黒影はそう答えて微笑んだ。
「黒影さんなら……なんとなく絵になるかも知れませんね」
 と、高頭 弘も微笑み返す。高頭 弘は周りを見渡し黒影に聞いた。
「今日はあの可愛らしい白雪さん、いらっしゃらないんですね?」
 と、聞いてみる。
「ああ、あの子も僕とは少しタイプが違うけれど、夢見の能力があってね。今日は未だ眠っているんだよ」
 と、黒影が答えると、高頭 弘はお喋りをしたかったのか、少し残念そうに、
「そうですか。……今度また白雪さんに会いに来ても良いですか?」
 と、聞いた。
「勿論、取材じゃなければ。白雪もきっと喜びます」
 そう言うと、高頭 弘はアイス珈琲を飲み切り、宜しくお願いしますと言って、次回は白雪に何か可愛い物を探して来ますと張り切り去って行った。
「そのうち、女子会とか言い出しそうですねー」
 と、サダノブが睨みを効かせ乍ら言った。
「別に良いじゃないか、楽しそうで」
 と、黒影は言った。
「良いですかー?そんな事になったら俺等なんか使いっ走りですよ。挙句に出て行ってとか言わちゃうんですよー」
 と、サダノブは身震いさせて言う。黒影は、
「そうなのか?」
 と、聞いた。

 ……女子会……知らないんですね……
 サダノブはまた黒影の知らない一面に気付いてしまった様だ。


 ―――――

🔸次の↓season2-5 第ニ章へ 

この記事が参加している募集

読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。