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「ベストは待つものじゃなくて作るものなのよ」の話

 仲のいい老夫婦を見るのは好きだ。髪の毛が真っ白になっても、手をつないで歩いている夫婦の表情からは、二人だけの深い信頼関係がにじみ出てる気がする。
「彼女は学生時代からすごくモテてね。その時もとてもかっこいいボーイフレンドがいて、彼女はそのまま彼と結婚しちゃったんだ。そこから十年くらいして、彼女たちが別れた後にようやく僕は彼女をキャッチできた。
 すごく時間がかかったんだよ」

 その夫婦はゴールドコーストの海岸で出会った。違う場所にいたのに三日連続で会ってしまい、私たちは偶然を笑いながら浜辺のベンチに腰掛けて話をする。髪の長い細身の彼女は整った顔立ちで、顔に皺は増えているがかなりの美人さんだ。若い頃はかなりモテただろう。男性のほうはだいぶぽっちゃりした体型で、人の良さそうな笑顔がチャームポイントではあるが、かっこいいとはなかなか言い難い。いや、結婚するなら顔よりも性格のほうが大事なんだ、きっと。
「かっこいいボーイフレンドはもうコリゴリよ」
「何かあったんですか?」
「浮気。付き合ってた時から、他の女性とも関係があったみたいなの。結婚してから、別の女との間に子どもができたから別れて欲しいって。その相手がね、大学時代の共通の友人だったのよ。彼女のほうも結婚してたのに、大学の時からお互い忘れられなかったとか言い出して、もう地獄よ、地獄」
「それは…、本当に大変でしたね」
 私はチラリと彼に視線を向ける。
「でも、今は素敵な人と出会えてますしね」
 辛かった過去を、部外者の立場から良かったですねとは言えない。私はなんとなく彼女の苦しい気持ちを逸らすように彼へと話を振った。
「僕はぜんぜん素敵なんかじゃなかったんだよ。彼女のことは大好きだったし、今も大好きだけど、付き合い始めたばかりの時は、怒られてばかりだったんだ」
「怒られて?」
「泳ぎに行くときに水着を忘れたり、持っていくはずだったチケットを忘れたり」
「彼は仕事はすごくできる人なの。でも、プライベートの時は気が抜けちゃうのよね」
 彼が手のひらをこすり合わせながらすまなそうな顔をするのを見て、彼女はさりげなくフォローを入れた。
「彼女は本当にモテてね、僕と付き合ってる間も、すっごくたくさんの人に告白されてたんだよ。なのによく僕と結婚までしてくれたって思う」
 彼は彼女の手をとって両手で優しく包んだ。
「正直言って悩んだわよ、当時は。もっと素敵な人がいるんじゃないかって。もっと顔もよくて背も高くて収入もあって優しくて話も楽しい人がいるんじゃないかって。本当にこの人に決めちゃっていいのかなって」
「それでも彼に決めた理由はなんですか?」

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