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「夜の案内者」鐘の音の町5

「あのさ、もしもだけど、もしも日が落ちても列車が出発しなくて、次の日が昇ってから出発になったとしたら、赤い乗車券でもう一回列車に乗れるようになる?」
 町中で何も変化を起こさず、出発時間を引き延ばして日が昇るまで待てば、ネズミはまた列車に乗れるんじゃないか。アサは自分の考えをネズミに伝える。
「それは、たぶん、難しいと思います。それにアサがもたないですよ」
 日が昇るまでこの町で待つためには、それだけの食糧が必要だが、列車から調達することはできそうにない。ネズミは死なないが、アサはたぶん、途中で飢え死にしてしまうだろう。
「ありがとう。私のことを考えてくれたのですね」
「だって、出口はわたしが見つけないといけなかったんでしょう。わたし、見つけられてないから」
「無理やりこの世界に呼んだのは私なんですけどね」
 ネズミは笑顔をつくった。それはずいぶんと不格好な、ぎこちない形をしていた。それでも、これまでに表情がほとんどなかったネズミにとって、確かな笑い顔だった。アサはその表情を見て、治療することを決めた。
「やれるだけ、やってみようか」
「はい」
 アサはルゥに町の人たちを治療するのに協力して欲しいと頼んだ。
「私にできることがあるのなら、なんでも!」
「ありがとう。じゃあまず、町の状況をなるべく確認しようか。知ってることを全部教えてくれる?」
 ルゥは町の人たちがどのように暮らしているかを説明した。出産のための場所や幼子を育てる場所は分かれていないようだ。
「トイレはどこなんだろ?」
「特に決まった場所はないのです。みんな、てきとうに外で」
 症状が出始めた者たちの中には、自分が感染源となっていることに無自覚な者もいる。だから、簡単に病気をうつし合ってしまう。
「子供を産む場所、育てる場所、トイレを分けよう。それから、病気の症状がどんな感じで出始めるか、どうやって感染していくのかを調べていこう。もともと町にお医者さんっていました?」
「いたのですが、ほとんどの方が亡くなってしまって」
 生み、育て、死ぬ、を繰り返しているうちに、世代が代わり、知識や技術も失われた。町を変えていくには、知識や技術も一緒に受け継いでいかなければいけない。
「分かった。すごく大変なことだと思う。でも時間がかかっても、やろう」
 アサは両手でルゥとネズミの手を取る。ネズミはその手の上にさらに自分の小さな手を重ねた。

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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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