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「誰かを傷つけた自分を思い出して傷つきたくないの」の話

「外国人と付き合うってほんと難しい」

 そう言ってたのは、バルセロナで会った日本人女性だった。彼女はバルセロナ在住のスペイン人と付き合ったことがきっかけでバルセロナに住み始め、彼と別れてからもバルセロナに住んでいる。
「スペイン語は話せたんだけど、バルセロナってカタルーニャ語じゃない? 最初は言葉を覚えるのも大変で、助けてもらってるうちに好きになっちゃったのよね」
「スペイン語とカタルーニャ語ってそんなに違うんですか?」
「うん、全然違う」
 バルセロナは住みやすい町だ。スリは多いけど凶悪犯罪はないし、食べ物も美味しい。ただ、冬はひどく乾燥して、顔が痛くなるくらいだったから、スキンケアをしっかりしないと湿度に慣れた日本人にはきつい気がする。「言葉のニュアンスとか、意味合いとかが日本人の感性とはちょっと違うのよね。最初はそんな違いを楽しめたけど、彼にはそんなに遠回しに言われても分からないってたくさん言われたし、だんだん自分ばっかりが合わせてるような気になって疲れちゃったの」
 生まれ育った文化や言葉が違うと、理解しあうのはけっこう難しい気がする。日本人同士だってそうなんだから、国が違うともっとそうなのかもしれない。
「理解するってどうしたらいいんでしょうね。もっと話し合えば分かり合えるって思いますか?」
 私は彼女に聞く。生まれた国が違ってもうまくいってるカップルだっているはずだ。生まれた国が同じでも別れてしまう人たちもいる。いったい何が違うのだろう。
「話すだけじゃダメなんじゃないかって思うなぁ。理屈じゃないのよね、こういうのって。だから、理性でなんとかしようとしてもダメなんだと思う」
「理性で。…なるほど」
 どんなに気持ちが盛り上がっても、三年で冷めるなんて話を聞いたことがある。誰かをずっと大事にしつづけるなんて、王子様と幸せに暮らしましたで終われるおとぎ話の中だけの話なのかもしれない。
「一つの言葉にはたくさんの意味があって、その時々で意味が変わってしまうし、人によって受け取り方も変わるでしょう? ちょっとした言葉のスレ違いが、どんどん大きくなって、修復の仕方がぜんぜん分からなくなっちゃうの。
 でもね、別れたばかりの時はすっごく辛かった。いっぱい泣いたわ」
 一緒にいられた日々は確かに大事だったのだと彼女は言った。もっと感謝すればよかったと。
「それでももう、一緒にはいられないって分かってたんだけど、いつもあったものがなくなるのって本当に辛いのよね」
 今あるものがそこにあるのは当たり前じゃないって気づけたんだって彼女は言った。
「どうすればよかったかなんて、分からないの。次に同じ状況になった時に、うまく対処できるかどうかも分からない。次に誰かに出会ったとしても、その人は彼と同じじゃないからね」
「長く一緒にいるにはどうしたらいいんですかね。そもそも無理なのかな」
 長く一緒にいることがいいことなわけじゃないし、楽なわけでもないはずだ。ある程度一緒にいて、気持ちが冷めたら次の人を探すほうが、楽しく生きられるかもしれない。それは人にも状況にもよるだろう。
「ずっと一人でも生きていけるって思ってたの。でも、最近は誰か一緒にいてくれる人を探したいなって気持ちになってる」
「へえ、どうしてですか?」
「日本にはもう帰れないって思っちゃったからかなー。今は緩く働いているし、それを許してくれるようなところがこの町にはあるから。でも外国で一人で生きていくのってたまにしんどいのよ」
「それは分からないけど、想像はつく気がします」
「誰かに分かってほしいのよね。本当は分かってなくても、大変だね、分かるよって言ってもらいたい。そういう人が近くにいてくれるだけで頑張れる気がしない?」
「そうですね」
「でもねぇ、誰かに分かってもらいたいって思う前に、自分も相手のことをちゃんと分かってあげないといけないのよね。して欲しいは愛情じゃなくて要求。自分の努力の大きさは自分で分かるけど、相手がどれだけ頑張ってくれてるかは、意外と見逃しがち。後から振り返ると、いっぱい頑張ってくれてたんだなって気づけたこともたくさんあったわ」
「それでも、もう前の人とは戻れないんですか?」
 私の質問に、彼女は少し笑いながらうなずく。

「元に戻るには、傷つけすぎちゃった。また一緒になったら、人を傷つけた自分を思い出すから嫌なの。だからもう会いたくない」

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