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「同じことで悩んでしまうのは、きっとちゃんとやりたいことだからだよ」の話

「好きなことをやるのが一番だとか、努力より夢中が大事とか、そういう話はよく聞くんですけど、自分の好きなことが本当に好きなことなのか、分からなくなってしまうことがあるんです」
「ほう」
 老人はうなずきながら、私のカップに紅茶を注ぎ足し、クッキーを一緒に食べるように促した。フォークと四つ葉の模様のクッキーは、老人の友人が持ってきてくれた手作りのものらしい。
「だって、好きって、とても変わりやすいものじゃないですか? 物語を書くのが好きな人だって、何も思いつかない時期は辛い気持ちにだってなると思うんです。そもそも、好きな人を一瞬たりとも変わらない気持ちでずっと好きでいられるなら、人間は離婚なんてしないはずだし」
「そのとおりだ。君が知りたいのは、自分がやっていることが、好きじゃなくなったらどうしようってことかな」
「はい、そうですね」
「好きじゃなくなったら、一度、やめてみたらいい。好きならまた始めるだろうし、本当に好きじゃないなら、やりたいなんて思わないんじゃないだろうか」
「ああ、そうですね」
「簡単にやめられないのは、背負っていることが大きくなったってことだと思うんだ。生活を支える仕事になっているとか、養うべき家族がいるとか。好き以外の気持ちが好きなことに背負わされるようになると、自分の好きが見えにくくなるかもしれないね」
 老人は紅茶で喉を潤してから、クッキーをつまむ。

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