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「本当に苦しくなった時、言葉じゃなく創ることに逃げられる社会であって欲しいんだ」の話

「どうしてアート作品を集め始めたんですか?」
 私は炭酸水のグラスを持ったまま、老人に質問する。彼はデンマークに住むアートコレクターの老人で、室内には小さなアート作品がたくさん飾られている。アートを買い集める理由はたくさんある。暮らしを充実させたい人もいれば、有名作品を持っていることを自慢したい人もいる。単に気に入っただけのこともあれば、投資目的で買う人もいるし、アーティストを支援したいという人もいる。理由だって一つじゃないはずだ。

「いろんな理由があるけど、そうだな。一つはインターネットのせいかもしれないね」
「インターネットですか? なぜ?」
「世界中の人と話せるようになったし、自分の発言を世界中の人が見られるようになった。それまでは自分の周りに聞こえる程度だった小さなつぶやきが、大勢の人の前で晒されることになっただろう? まるで、交差点の真ん中で叫んでいるような」
「そうですね。なんかあんまり意識はしてないですけど、ネット上に何かを発信するっていうのはそういうことなんですよね、本当は」
 ツイッターでのつぶやきも、慣れてしまうと思い付きの垂れ流しになってしまう。あるいは誰にも届かない叫びみたいに。
「感情は伝染するものだと思ってるんだ。幸せな感情も、ネガティブな思いも。だからね、何か辛いことがあった時に、それを言葉のままで吐き出すんじゃなくて、創作物にすることを考えて欲しいって思ったんだよ。
 ほら、ムンクの叫びは不安を描いたものだろう? 危うい感じに共感するところがあるよね。でも、もしも不安を直接的な言葉にしている人が周りにいたら、周りもとても辛いと思うんだ」
 すごく不安なの、どうしたらいいか分からない、辛い、苦しい。そういう言葉をもしも身近な人がずっと発していたとしたら、そばにいる人も影響を受けるかもしれない。でもムンクだったら。毎日見ていても、不思議とネガティブな気持ちに巻き込まれないような気がする。
「創ることは人を救う。それは本人だけじゃなく、周りの人も。言葉は人の発明品だけど、そのままでは強すぎる。本人にとってもね。だけど創られた物は、言葉よりも優しく人に響くはずだ。
 何かに本当に苦しくなった時、言葉じゃなく創ることに逃げられる社会であって欲しいんだ。だから私はアート作品を買うし、創り始めた人はみんなアーティストだと思っているんだよ」
 老人は黙って、室内に飾られた作品一つ一つに目をやる。そこに創作者一人一人のストーリーが詰まっているのを思い出すみたいに。
 室内にある時間のあっていない時計が時を刻む音がする。

「私がいなくなってずっと先の未来は、創ることが当たり前であって欲しいんだ。それだけだよ」

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「人生を豊かにしたいなら稼ぐのはお金じゃないよ」の話
アートを辞めてパン屋になったアーティストの「罪悪感の手放し方」の話
応援の声につぶれた写真家と「応援の正体」の話
「行動することで夢から遠ざかってないか考えるといいよ」の話
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「人は言葉で理解するわけじゃないよ」の話
「すぐに成長したいなら、尊敬する人の助けになることを意識するといい」の話
「今の生活に終わりがあることに気づくと日々の大切さが実感できる」の話

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