「いろんな人がいろんなことを言う中、自分はなんて言ってるの?」の話

「創作っていろんな人がいろんなことを言うから、それにとても悩んでしまうことがあります。アートの場合、正解は自分の中にしかないって思ってるんですけど、広め方とかはうまいやり方とかコツとかはたぶんあるから」
「なるほどね」
 私がそう言うと、老人はテーブルに置いてあったチーズをつまんで口に入れる。彼はデンマークに住むアートコレクターで、室内には小さなアート作品を壁いっぱいに飾っている。
「私は自分が創るものはどんなものでも好きです。あとで振り返ってぜんぜんだなって思うことはあるけど、それでもその時一生懸命がんばったことだなっていうのは分かるので」
「それはきっと、アーティストはみんなそうだ。それは作品を見ていつも感じることだよ。大切に創られたものは、ちゃんと伝わる」
「大切に、かあ」
 老人の言葉に私はため息をつく。大切につくっているつもりだけど、どこかで手を抜いたり諦めたりしなかっただろうか。そういうのもたくさんあった気がする。
 でも、大切に創っているものが伝わるっていうのは本当だろうか。すごく大事に創ったのに全然伝わらないことだってあったし、そうでもないと思ってたのに反応が良かったものだってあったはずだ。
「伝わらないのは、自分が伝えきれてないからかなぁ。後は何をすればいいんだろう」
 活用術や思考法、効率の良い学習法はこの世にいっぱいある。効率はいいのかもしれないけど、そもそも学ぶ必要があることが膨大になってる。いろんな人がいろんなことを言っていて、いったいどれが自分にとって一番必要な情報なのかが分からなくなる。
「うまくいってることをやれっていう話もありますけど、そもそもうまくいってるってどういう状態なんだろう」
 私はもう一度長いため息をつく。人の家に遊びに来ておいてため息ばかり繰り返すのもどうかと思ったが、なんだか出口が見つからなくなってしまった。
 老人はチーズをもう一切れつまみ、私にも勧める。私は老人にならってチーズをつまみ、いつもより時間をかけてゆっくりと口の中で味わった。
 チーズの香りを舌で感じながら、何が時間の無駄で何が有意義な時間の使い方なんだろうと私は考えていた。

「情報の多い時代になって、選ぶことが難しくなってきたかもしれないね。でも、選択肢は意外とシンプルなものだよ」
「シンプルですか?」
 自分にはとてもそう思えない。何が一番効果的な一手なのか、いつも迷って、そして失敗しているように思う。
「やりたいことがあるというのは、かけがえのない財産だ。少なくとも君は今、それを手に入れているわけだから」
「はい、まあ」
 それのせいで背負う必要のない不安をしょいこんでるとは言えないだろうか。
「どんな状態になっても、やりたいことに一歩だけ踏み出してみるといい。ちょっと頭の中で考えるだけだっていい。少しだけ前へ。身体が前に傾けば、自然に足が動くはずだよ」
 老人は炭酸水のグラスを手に取る。室内には時間のあっていない時計が時を刻む音が響いていた。
「いろんなことがいろんなことを言っている。それは全部真実だ。でもそれは彼らの真実だ。迷った時にはまず、自分がどうしたいのか、自分自身に聞いてみるといいよ。そういう時はだいたい、自分のことを一番おろそかにしているものだからね」

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