新聞を読み比べる効用(入管法改正)

▼入管法改正をめぐって国会が荒れている。2018年11月17日付の毎日、朝日、読売各紙の1面トップ記事を読み比べると、「複数紙を読む重要性」「1紙しか読まない危険性」がよくわかる。

筆者が読み比べた箇所を順番にあげていく。まず毎日から。

実習生の失踪 集計ミス/入管法 審議入れず/法務省/野党「制度の根幹」
〈外国人労働者受け入れ拡大に向けた入管法改正案を巡り、法務省は16日の衆院法務委員会理事懇談会で、失踪した技能実習生への聞き取り調査結果に集計ミスがあったと明らかにした。調査人数や「失踪の動機」の内訳が誤っていたほか、実習生への実際の質問とは異なる集計項目があることも判明し、野党が猛反発。立憲民主党は葉梨康弘委員長(自民)の解任決議案を提出し、与党は予定していた改正案の実質審議入りを見送った。〉

調査で失踪動機の選択肢だった「低賃金」「契約賃金以下」「最低賃金以下」の三つを、法務省が独自に「より高い賃金を求めて」として合算していたことも判明。

▼読んでわかるとおり、「集計ミス」がニュースになっている。

▼続いて朝日。
失踪実習生調査に「誤り」/政府 項目名も数値も修正/野党反発 入管法審議見送り
〈今国会最大の焦点である出入国管理法(入管法)改正案をめぐり、政府は16日、関連データである失踪外国人技能実習生への聞き取り調査結果に誤りがあったと明らかにし、修正した。野党側は強く反発し、審議を進めようとした衆院法務委員会の葉梨康弘委員長(自民)への解任決議案を提出。与党が16日に予定した実質審議入りは来週にずれ込むことになった。〉

▼なぜ「より高い賃金を求めて」という言い換え、編集がおこなわれたのかについて、2面で詳しく説明されていた。

〈失踪の動機について、政府はこれまで、「より高い賃金を求めて」が約87%で最多だと説明していた。/だが16日の法務省の説明では、聞き取り調査では「より高い賃金を求めて」という質問項目はなく「低賃金」という項目だったことや、割合も67.2%の誤りだったことが報告された。〉

なぜ「低賃金」という項目を「より高い賃金を求めて」と説明してきたのか。/法務省は、2014年春から失踪した実習生への聞き取り調査を始めた。/当初は失踪者に担当者が理由を尋ね、用紙に記入していたという。最も多い記入内容が「より高い賃金を求めて」との趣旨だった。だが15年11月から項目を選ばせる方式に変わった。/「低賃金」「低賃金」(契約賃金以下)」「低賃金(最低賃金以下)」の3項目について、「現場の感覚からすると、従来の『より高い……』と同じと受け止めた」(法務省幹部)。/法務省が毎年刊行するリポート「出入国管理」は、この調査結果をもとに失踪者の大半は「実習意欲が低く、より高い賃金を求めている」と説明してきた。法務省の担当者は「従来の書き方に引きずられた。ありのままに書けば、こんなことにならなかった」という。

▼2014年からの聞き取り調査は、記入された用紙に担当者の意図が介入する余地がある。この担当者の話を聞いてみたい。

▼もしも質問項目に「より高い賃金を求めて」と書かれており、それを「低賃金」と書き換えることは、「あり」か「なし」かと言われれば、「あり」だと思う。しかし、「低賃金」を「より高い賃金を求めて」に書き換えるのは、「なし」だろう。

▼次に読売の1面トップの記事をみてみよう。
実習生「低賃金で失踪」67%/法務省調査/月10万円以下 半数超
〈実習先から失踪した外国人技能実習生2870人のうち、7割弱が失踪の動機に「低賃金」を挙げたことが法務省の調査でわかった。実習先での月給については、半数以上が「10万円以下」と回答した。失踪した実習生に対する同省の調査結果が明らかになるのは初めて。「国際貢献」を掲げながら「安価な労働力」に利用されていることが、失踪につながっている構図が浮かび上がった。〉

▼筆者はこの記事を二度見してしまった。一目見た時、毎日、朝日と同じ出来事の報道とは思えなかったからだ。この読売1面記事には、不法就労していた実習生について〈低賃金で借金の返済に困ったあげく、より高い賃金を求めて失踪し、不法就労していたとみられる。〉という記事もあった。法務省が使ってきた「より高い賃金を求めて」という表現を、そのまま記事で使っているわけだ。

▼以下の読売の2面記事は、法務省の調査に「ミス」があったという事実がどのように報じられているのか、に気をつけて読んでみると面白い。

入管法 審議入りできず/衆院法務委「調査にミス」野党反発
〈政府・与党が今国会の最重要法案に位置づける入管難民法改正案は、16日の衆院法務委員会での審議入りが取りやめとなり、与党は出はなをくじかれた。/与党はこの日、同法改正案の提案理由説明と与党の質疑を行う予定だった。法務省は質疑に先立つ同委理事懇談会で、外国人技能実習生の失踪に関する聞き取り調査結果を明らかにした。野党が審議入りの条件として、提示を求めたためだ。/しかし、調査の対象人数や失踪した動機などについて、法務省が事前に野党に説明した数字と一部が異なった。野党は「審議に資すると言っていたデータに間違いがあった。今日の審議はあまりにも拙速で無謀だ」(立憲民主党の辻元清美国会対策委員長)などと反発、葉梨康弘衆院法務委員長の解任決議案を提出した。/先の通常国会では、学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざんや、厚生労働省による裁量労働制の不適切なデータ作成が問題となった。与党関係者は、政府調査のずさんさに頭を抱えている。(以下略)〉

▼この記事を読むと読売新聞の記者やデスクの意思がよく伝わってくる。まず、見出しに「ミス」とあるが、あくまでも野党の発言として使われている。つまり、野党が発言したからそれを報道しているにすぎない、という立場だ。「意見」であり、「事実」と認めたわけではない、という体裁をとっている。

記事は5段にわたって流れているが、2段目に調査の数字が「異なった」と書かれている。つまり、ミスだとは明示されていない。

法務省の「間違い」が明示されるのはようやく3段目になってから、しかも野党議員の発言の中で使われている。この箇所が、見出しに採用されたわけだ。「ずさん」という言葉が出てくるのは4段目。

▼こうして読み比べると、読売新聞は政府を擁護する立場、朝日新聞、毎日新聞は政府を批判する立場であることがよくわかる。

たとえばこの場合は法務省の調査結果について自分はどのように考えるか、複数紙を読み比べることが、その手助けになる。これは、テレビだけに頼っていると無理なことだ。

〈私たちは、その出来事がどれほど重要か、それを理解するのにどれだけ時間を費やすつもりなのか、そしてそれに対してどう対応しようとするのか決断しなければならない。換言すれば、情報に出合った時、私たちは、現在目にしていることが真実なのかどうかという単純なことを超えた問いかけをしなくてはならないということだ。また私たちは、そのことがどの程度重大な問題なのかも、あれこれ考えなくてはならない。そして、多くのニュースと接していく上で、私たちは、その問題について知らなければならないことが伝えられているのかどうか、自問していかなければならないのだ。〉(ビル・コヴァッチ/トム・ローゼンスティール『インテリジェンス・ジャーナリズム』222頁、奥村信幸訳、ミネルヴァ書房、2015年。原著は2010年)

「その問題について知らなければならないことが伝えられているのかどうか」。この基準で考えると、今回の読売の記事はアウトだ。

(2018年11月22日)

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