ニュースを解説する意義 坂村健氏の分析に学ぶ

▼一紙しか報道していないニュースが、とても大事な場合がある。その場合、そのニュースの意味を丁寧に解説することに、とても重要な価値がある。

坂村健氏が2018年11月15日付毎日新聞に書いた記事は、ニュースの背景を解説するお手本のような記事だった。

▼もとになった記事の見出しは〈「MMRワクチン接種で自閉症増」 日本公開中止 「監督の主張成り立たず」〉(毎日新聞2018年11月9日 東京朝刊)というもの。以下は、記事の冒頭。

はしか、おたふく風邪、風疹を予防する新3種混合(MMR)ワクチンの接種と自閉症の因果関係を問う米国の映画「MMRワクチン告発」(原題Vaxxed)について、映画配給会社「ユナイテッドピープル」(福岡市)は7日、今月予定していた国内の公開を中止すると発表した。「監督の主張は成り立たず、公開は適切ではないと判断した」と説明している。

このユナイテッドピープル社の判断が素晴らしいし、それを報道した毎日新聞の見識も高い。坂村氏いわく、

〈日本で風疹患者が急増している今、意義あるニュースなのに毎日新聞以外はNHKが首都圏枠で報じたぐらい。わかりにくいからスルーしたのかもしれないが、わかりにくいのは背景にある「反ワクチン運動」の弊害についての報道が日本で少ないからでもある。〉

▼問題の映画の監督はアンドリュー・ウェイクフィールドというイギリスの元医師。坂村氏の解説を読むと、問題の根はとても深いことがわかる。

ウェイクフィールド氏は〈「新3種混合ワクチン接種で自閉症になる」という論文を1998年に発表した。この論文事態は間違いと証明され撤回されたが、それを信じて子供にワクチンを打たせない親が増加し、世界で数万人とも言われる感染増加につながった。多くの命が失われ、命が助かっても先天性疾患や後遺症が残った。しかも論文誌発表前に「こっちは安全」とうたう別のワクチンの特許申請をするなど自分のもうけもたくらんでいた上、データ捏造・改ざんまで発見され、医師免許剥奪の懲戒処分を受けた。

 そういう人物にもかかわらず、「反科学」の信者は科学に否定されたことを「ワクチンでもうけている連中の陰謀」とか「学会が権威を守るため」といった「受難」ストーリーにして彼を神格化する。

だから映画をつくるお金も集まるわけだ。

▼ここからの坂村氏の分析は、鋭いメディア論にもなっている。

多くの人は「何かをして起きた悪いこと」を「しないで起きる悪いこと」より重く考える傾向がある。マスコミも、前者は目新しいので大きく報道するが、後者はニュースと考えない。

 しかし、子供にワクチンを打たせたことを後悔する一人の親の背後には、じつはその何百、何千倍もの打たせなかったゆえの悲劇がある。「不自然な科学」より「自然(神の手)に任せる方が良いはずだ」というのは、単なる思い込みだ。

 しかも集団免疫の観点に立てば、ワクチンを打たないことは他の人々を危険にさらすことでもある。〉

▼現今の日本で考えると、男が風疹にかかり、妊婦に感染させて胎児が障害を負った時、その男は加害者になってしまう、ということだ。

しかし、「何かをしないで起きる悪いこと」は、確かにニュースになりにくい。ましてやテレビの視聴率にはつながりにくい。

〈反ワクチン運動は、何年も何世代も、社会に「呪い」をかけ続ける。先の映画には日本の例も挙げられているというから、いわば日本への「布教」のためのプロパガンダ映画でもあった。それを止めた意義は大きい。公開中止を決めた配給会社の英断をたたえたい。〉

ユナイテッドピープル社の関根健次社長は、勇気ある経営者だと思う。

(2018年12月21日)

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