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どこまでいってもカウンター

誰しも他者の言動からなにかしら影響を受けて、それが自分のものの考え方の肥やしとなっているのではないでしょうか。

私は日ごろから割とテキストを読むほうなので、書籍やブログに綴られている文章を通して、一度も対面したことがない人からも影響を受けることがよくあります。

今回は、会ったことない人から受ける影響について書いてみます。

スウェーデンの企業が中国の楽曲をレコメンド

Spotifyという音楽配信サービスが好きでよく利用しています。

Discover Weeklyという自動更新されるプレイリストがあり、私の視聴履歴と傾向が似ているユーザーのデータを元に、毎週月曜日に30曲をお薦めしてしてくれます。

自分で選曲すると、どうしても似たようなジャンルばかりを聴いてしまうのに対して、レコメンドに選曲を委ねるという視聴体験は、新しいアーティストや楽曲に出会うきっかけとして有効に機能しています。

あるとき、Re-TROSという中国の3ピースバンドの楽曲がレコメンドされて、詳細が気になり調べた際に、『Offshore』というWebメディアに掲載されたインタビューに辿り着きました。

Re-TROSについては、本題と関係ないので詳細は省きますが、かっこいいので興味のある方は視聴してみてください。

『Offshore』は、アジア諸国のインディペンデントな音楽・映画・アートに関する記事を発信するWebメディアです。私がこれまで興味を持つきっかけがなかった、中国のアンダーグラウンド・ミュージックシーンの現状について詳しく教えてくれる貴重なソースです。

そのWeb版『Offshore』が、2022年に紙の文芸雑誌『オフショア』へとリニューアルされました。3月に発行された第二号を取り寄せ、ようやく読み終えたところです。

あえてWebから紙へと移行するというのは珍しい展開ですが、編集後記を読むと、音楽の自主レーベル的な思想で制作されているようです。

私が ISBN コードを取得し出版を始めたことに対して「すごい」と褒め称えてくれる人もいるが、私にとってこの行為は、非産業音楽の担い手たちが軽やかに行ってきている「自主レーベル」と変わりがない。自主レーベルを持つ音楽家たちは、世話をしてくれるレーベルが見つからないから仕方なく自主レーベルを立ち上げていらっしゃるのではない。全ての責任をとることを楽しみたいから自主レーベルを選んでいるのだ。自分で制作した音楽をCDやレコードへプレスし(ドキドキしながら)、自分のイメージにぴったりなパッケージになるようディレクションし(ワクワクしながら)、自分が届けたい相手に届く手段で販売・頒布する(情熱をこめて)。ゼロ年代以降、非産業音楽においては「自主」や「同人」的な活動が当たり前である。先鋭的な文化はこの界隈から生まれてくる。

◆編集後記◆(文芸雑誌『オフショア』第二号

Webメディアによる情報発信は、情報の質がもちろん重要ではありますが、それ以外にも投稿数や更新頻度といった、本質とは直接関係がないKPIが重視される側面があります。そういった数字の呪縛から解放されるために、紙というメディアへシフトされたのかもしれません。

大衆化から分散化へ

この編集後記で引用されている、『WIRED』日本版の元編集長である若林恵のインタビューも興味深いです。

世の中で起きる変化というものは、特にデジタル以降のテクノロジーの分野においては、音楽が最初に直撃するんです。なので、そこを見ておくと、だいたい何が起こるかわかる。炭鉱のカナリヤのようなものですよね。
(中略)
音楽を出版や映画が後追いして、その後にものすごく遅れて重工業や他の業界で同じことが起こっていく。だから、時代の試金石として音楽を見るべきなんです。

「音楽がわからないやつは世の中のことがわからない」と僕は思う(現代ビジネス)

パッケージビジネスとしての歴史は、出版のほうがはるかに長くはありますが、音楽業界はテクノロジーの進化の影響をダイレクトに受けて、この30年間だけを見ても目まぐるしく変化してきました。

1980年代に記録メディアがレコードからCDに変わり、音楽業界は大きく成長しました。1990年代にカラオケブームも相まってミリオンセラーを連発、CD時代の最盛期を迎えるも、2000年代になると音楽配信サービスの普及によりパッケージの販売数は減少。2010年代後年からはストリーミングが主たる売上になっているようです。

Global recorded music revenue from 1999 to 2021(IFPI)

CD時代のアーティストは、大手レーベルに所属してメジャーデビューを果たし、お金をかけてスタジオレコーディングして、CDをプレスして、全国の店に並べて、テレビ番組のタイアップなどで宣伝をして…という方法を取らなければ、大衆に音楽を届けることができませんでした。

2010年代では、Spotify、Amazon Music、YouTube、SoundCloud、BandcampなどのWebサービスを通して、誰でも気軽に楽曲を配信することができます。また、ハードウェアもソフトウェアも安価に手に入るようになり、音楽制作も低コストで済むようになったことも相まって、CDを大量に流通させるという従来の方法を、あえて選択する理由がなくなりました。

制作も流通も低コストで済むのであれば、たくさん売らなくても良くなり、大衆受けを狙う必要もなくなります。そうなると、自分が好きな作品を好きなタイミングで発信するほうが、アーティストにとってもファンにとっても健全だと考えるのが自然ではないでしょうか。

かくして、音楽に限らず出版・映画・ゲーム・アニメ・漫画などのあらゆるコンテンツ産業の発信者の多くは自主レーベル化していき、ファンコミュニティは分散化に向かっています。

カウンターから生まれるメインカルチャー

分散化というキーワードは、近年Web3の文脈でよく登場しますが、似たような考え方は昔から存在しており、このような行き過ぎた現代社会に抗う力カウンターカルチャーと言います。

カウンターカルチャー(英: counterculture)、対抗文化(たいこうぶんか)とはサブカルチャー(下位文化)の一部であり、その価値観や行動規範が主流社会の文化(メインカルチャー/ハイカルチャー)とは大きく異なり、しばしば主流の文化的慣習に反する文化のこと。しかし、カウンターカルチャーの価値はメインカルチャーに取って代わりうるポテンシャルを持つ(オルタナティブ・カルチャー)。カウンターカルチャー運動は、ある時代の市井の人々の精神と願望を表現するが、カウンターカルチャーの力が大きくなると、劇的な文化の変化を引き起こす可能性がある。

カウンターカルチャー(Wikipedia)

メインカルチャーあってこそのカウンターですが、カウンターカルチャーの影響力が大きくなってくると、今度はそこからメインカルチャーが生まれてくるということも起こります。

例えば、1960年代アメリカのカウンターカルチャーを象徴する歴史的なイベント「ウッドストック・フェスティバル」は、音楽イベントとしてのみならず、ヒッピー時代の頂点を示す象徴として評価されています。興業としても一定の成果を上げており、30組以上のミュージシャンが出演し、40万人以上の動員に成功しました。

この歴史的なイベントの成功体験があったからこそ、FUJI ROCK FESTIVAL や WILD BUNCH FEST.といった、野外フェスという企画が日本にも輸入され、毎年開催されるほどに定着したのです。

Part of the crowd on the first day of the Woodstock Festival (Derek Redmond and Paul Campbell)

1968年にスチュアート・ブランドによって創刊された『ホール・アース・カタログ(Whole Earth Catalog)』は、個人のエンパワーメントを理念に掲げて、地球上のあらゆるモノ・サービスを網羅することを目的としたカタログ雑誌で、主にヒッピー・コミューンに向けて制作されました。

誌面には編集者が掲載した情報だけでなく、読者からの投稿も反映されており、インターネットがない時代のAmazonやGoogleともいえる画期的なメディアで、ヒッピーのみならず、世界中の人々に今なお多大な影響を与え続けています。

その精神はシリコンバレーに受け継がれ、今日のパーソナルコンピュータインターネットなどを生み出すデジタル革命へと繋がります。ヒッピー文化をはじめとする60年代のカウンターカルチャーから、私たちの会社が担っているデジタルクリエイティブの仕事が生まれたのです。

ルーツはだいたいカウンターカルチャー

60年代のヒッピー文化という、一件何も接点がないようなカウンターカルチャーが、実は私たちの仕事に地続きで繋がっています。

世界的な影響力を持つカウンターカルチャーに限らず、私たちのまわりには小さなカウンターが無数に存在していて、知らずのうちに影響を受けていることでしょう。

私は「情報はフリーになりたがる(Information wants to be free)」というスチュアート・ブランドの言葉に影響を受けていて、すべての人が自由に情報にアクセスできる世界が望ましいと考えています。

なので、自分のコンテンツは全て無料で公開しますし、デジタルコンテンツそのものを販売するというビジネスは、自社ではやらない方針です。

先鋭的な文化は、いつもカウンターから生まれてくるものなのです。

では。

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