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まだ見ぬ得体の知れないもの

「マーケティングZEN」読了しました。

この本は、禅の精神やマインドフルネスを企業経営・組織開発・人材育成に活かす企業研修を展開されている宍戸幹央さんと、熊本を拠点としてコンテンツマーケティングのエージェンシー・クマベイスを経営されている田中森士さんの共著です。

田中さんは、尊敬するビジネスパートナーであり、愉快な飲み仲間であり、コンテンツマーケティングという新しい領域を教えてくださった恩人です。

私は田中さん及びクマベイスのファンなので、普段からメルマガやSNSで語られているメッセージのアーカイブとして手元に置いておけるのが嬉しく、これからも何度も読み返すことになるであろう一冊です。

手放すことで道が開ける

マーケティングZENは、マーケティングや経営における「禅的アプローチ」を提唱する、成長ありきのマーケティング手法とは一線を画す価値観です。

マーケティングZENを定義する

マーケティングZENとは、これまでのビジネスのあり方を見直し、無駄をそぎ落とすことなどを通して、持続可能なビジネスを実現し、同時に全体の幸福を願うマーケティングアプローチである。

マーケティングZEN導入のステップは以下の通りだ。

①己を見つめる
②手放してビジネスモデルをスリムにする
③ビジネスの適切なサイズを探す
④マーケティング施策を絞る
⑤顧客との関係性を整える

マーケティングZEN(宍戸幹央・田中森士)

マーケティングZENのメッセージはとてもシンプルで、一貫して「手放す」ことと「自他一如」の重要性について説かれています。一見すると「選択と集中」について書かれているような印象を受けますが、事業者のパーパス(存在意義)に重きを置き、「やらなければならないこと」に照準を当ててビジネスをすべきとしているところが清々しいです。

田中さんは世界各国を飛び回って、様々なマーケティング業界のフォーラムやカンファレンスに参加されており、グローバルな潮流を踏まえたうえでの真摯なメッセージだと受け止めました。

マーケティング業界のど真ん中にいる人が、このような自己否定とも取られかねない本を出版するのは、勇気がいることだと思います。ですが、これも目先の利益に執着することなく、自社がやるべきことに絞った結果の産物なのでしょう。

新しい価値観を生み出す概念的思考

これまでにない新しい価値観を伝えていくというのは、とてもエネルギーと根気がいる仕事だと思います。曖昧模糊とした塊をこねくり回して、粘土細工のように時間をかけて作り上げ、納得のいくかたちが完成したとしても、他者にとってはまだ見ぬ得体の知れない何かでしかありません。

基本的に、人は知っていることしか理解することができません。そのため、新しい価値観を生み出し定着させるためには、物事の本質を見抜く能力と、他者が知っている言葉で説明できる能力が必要です。

アートにも似たような側面があり、まだ誰も見たことがない作品を作り上げるとともに、そこにどういう意図があるのかというコンセプト(概念)コンテキスト(文脈)を、相手が理解できる言葉で解説することで、理解が深まり評価を得ることができます。

新しい価値観を生み出すのが上手な人は、「概念化能力」が高いと言われています。ハーバード大学の教授であるロバート・カッツが提唱した、組織の運営に求められる3つのスキルのひとつとして挙げられている「コンセプチュアルスキル」の和訳です。

コンセプチュアルスキル
物事の本質をとらえ、概念化して理解する能力

ヒューマンスキル
周囲と円滑な関係を築くためのコミュニケーション能力

テクニカルスキル
職務を遂行するために必要な能力や専門的・技術的な知識

概念的思考力が高い人は、抽象的で共通点がないようにみえる考えを結びつけて、革新的なアイデアを生み出したり、過去から未来を予測したりすることができます。

概念的思考力が生み出すイノベーション

新しいアイデアから、社会的意義のある新たな価値を生み出すことをイノベーションと呼びます。新しいアイデアは、なにもないところから突然生まれるものではなく、基本的には既知のなにかとなにかの組み合わせです。

日本では「技術革新」と訳されることが多いですが、イノベーションの父と言われる経済学者シュンペーターは、「経済発展の理論」という著書の中で「新結合(neue Kombination)」という言葉を使って、イノベーションの概念を提唱しています。

また、「イノベーションのジレンマ」の著者であるクレイトン・クリステンセンは、イノベーションを「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」と定義しています。

概念的思考はイノベーションを生み出す能力であるとも言えそうです。

個人のキャリアアップも両利きで

「世界標準の経営理論」という著書のなかで、スタンフォード大学のジェームズ・マーチが1991年に発表した論文に記載されている「知の探索・深化」という概念が紹介されています。

知の探索は「サーチ」「変化」「リスク・テイキング」「実験」「遊び」「柔軟性」「発見」「イノベーション」といった言葉でとらえるものを内包する。知の深化は「精錬」「選択」「生産」「効率」「選択」「導入」「実行」といった言葉でとらえるものを内包する。

「世界標準の経営理論」(入山章栄)

これらは企業がイノベーションを起こしながら事業を発展、継続していくために必要な「両利きの経営」という経営理論ですが、個人のキャリアにおいても有効な考え方だと思います。

「知の探索」とは、新しい知見を得るために、リスクをとって挑戦していくことです。知らなかったことを知ったり、経験したことがなかったことを経験したりすることによって、これまで思いつかなかったような発想を得ることができるようになります。

「知の深化」とは、現在の強みを深掘りして、磨き上げていくことです。自分の専門領域を把握して、更にスキルアップを目指して精錬していくことによって、自分の市場価値を高めていくことができます。

私たちは知っていることしか理解できませんし、新しいアイデアは知っていること同士の新しい組み合わせにすぎません。知らないことを深掘りすることはできないので、挑戦せずにキャリアアップすることはできません。

役に立つかは分からないけれど、リスクを取って知見を積み重ねるうちに、知見がひとつに繋がって、ようやく為すべきことがおぼろげに見えてくる。キャリアってそういうものじゃないでしょうか。

かくいう私も、最近ようやく自社と自分がやるべきことが見えてきました。それを価値観として共有しつつ、そうでないものは勇気をもって手放していこうと思います。捨てるの苦手ですけどね…

では。


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