【エッセイ】読書のスルメ『堕落論』坂口安吾

坂口安吾の『堕落論』は難解である。しかもこの難解さは一筋縄では読み解くことのできない難解さなのである。読む度に結論の感想が異なるのだ。そんな馬鹿なことがあるかと言いたいのはごもっともである。
しかし「読む度に」というのは何度も読まないと細かい差異まで読み込めないと思うが、初読でも解釈はふたつに割れるだろう。

安吾の文章自体は読み易いのだが多義的な解釈が可能な文章なので読み手の解釈次第で結論が変わってしまうのだ。
『堕落論』は「堕落」のすゝめなのか、「堕落」からの浮上を説いているのか微妙過ぎて安吾の意図が直截私には届かないのだ。
最後の数行の印象が強すぎると思う。

『堕落論』に於ける「堕ちる」ことの意味も単なる反語ではない。底辺にこそ「真実」があると言いたいわけではない。
書いたことが次の段落では引っ繰り返されていることがしばしば起こる。
堕落することでしか「真実」に直面できないと逆説的な主張をしているように読めるが、堕ちきることに人間は耐えられないとも言っている。安吾の両義性を両義的なままに理解できるか、矛盾として退けることを要求するかで安吾への評価は別れる。