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【質問箱】化学療法をしないと決断したが不安

私が代表を務める卵巣がん体験者の会スマイリーでは匿名で質問をしたい方のために「質問箱」を設置しています。
回答はスマイリーのTwitternoteなどで回答していきます。
今日の質問と回答は以下のとおりです。

お答えします

抗がん治療をしないと決断したのは正しかったか

ご質問いただきありがとうございました。
9月中盤から多忙になりお返事が遅くなってしまったことお詫び申し上げます。

抗がん剤を受ける・受けないの判断って本当に難しいですよね。
抗がん剤をしても必ずしも根治するとは限らない。
抗がん剤の副作用で寝込む時間・治療に費やされる時間・通院の負担・お金の負担が発生します。
抗がん剤をしないと決めても再発したら・・・・。
時間を巻き戻してやり直すことはできないわけですから。
患者さんが意思決定するのはとても難しいと思います。

まずご質問をいただいた「核」となる部分である再発の確率についてです。
卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン2020のなかで紹介されているのは1970年ごろ(50年以上前)という驚くほど古い調査結果しかなく、さらに胚細胞腫瘍に関してしか示されていませんでした(未熟奇形腫に絞ったもの見当たらずでした)

CQ38「悪性卵巣胚細胞腫瘍に対して、術後化学療法は奨められるか」という項目に以下のことが示されています。

  • 1期かつgrade1の未熟奇形腫は化学療法を省略し再発した場合に化学療法(BEP療法)を行うことで良好な予後が期待できる

  • 15歳未満の未熟奇形腫で完全切除できた場合は化学療法を行わずに経過観察を行う(小児科のコンサルを受けること)

相談者さんはgrade3とのことですのでガイドラインの上段に示したgradeとは違います。
もし15歳未満でしたら後段には合致しており、医師はそれを根拠に化学療法のスキップを提案したかもしれません。

そこで、私からの提案ではありますが、主治医との定期的な経過観察時に現在不安なお気持ちであることをお伝えしたうえで、以下のことを確認してみてはどうでしょうか。

  • 抗がん剤治療を省略をした化学的な根拠があれば教えてほしい。

  • 再発をする可能性を考慮されているのか。

  • もし再発をした場合はどうなるのか。

上皮性卵巣がんは臨床試験中

上皮性卵巣がんでは現在JGOG3020「 ステージング手術が行われた上皮性卵巣癌Ⅰ期における補助化学療法の必要性に関するランダム化第Ⅲ相比較試験」が行われています。

FIGO 進行期l 期(2014年FIGO)症例のうち、IA 期(明細胞腺癌、または明細胞腺癌以外の組織型でGrade2/3)、IB 期(明細胞腺癌、または明細胞腺癌以外の組織型でGrade2/3)、IC1期(すべての組織型および分化度)の患者さん620例を対象に、手術後にパクリタキセル+カルボプラチンの併用療法を行う群(310症例)、経過観察を行う群(310症例)との比較を行う試験です。

2012年にJGOG3020試験はスタートし、日本の90以上の医療機関と上海や韓国の医療機関にも協力をいただき10年かけて症例達成が見えてきたところと研究代表者である田部先生(国立がん研究センター東病院婦人科)の講演で伺っています。
1期と診断された卵巣がん患者に化学療法を行うことが必要かを検証しているこの試験の結果が出れば、多くの患者さんが化学療法を受けるか・受けないか決断することの目安になるのではないかと期待しています。

いっぽうで相談者さまの参考になるであろう未熟奇形腫に対するそうした臨床試験は見つかりませんでした。
胚細胞腫瘍は症例数も少なく、BEP療法というスタンダードな治療でさえも精巣腫瘍のBEP療法を参考に治療モデルが決められている部分がガイドラインを見ていると多いなと感じる状況です。
治療に関してもなかなか最近の知見が見当たらず本当に申し訳ないです。

意思決定をしたあとの変更はちょっと難しい・・・

”抗がん剤をしないと決めたけど再発の不安が強くなり抗がん剤を受けたくなった”
”リンパ浮腫が怖いからリンパ節は切除しないでといったけど再発が怖くて眠れない。リンパ節を切除するための再手術を受けたい”
そういった相談がときどきあります。

いちどはよく考えて意思決定をしたものの、インターネットで調べたり、周囲の人と話している間に考えが変わってくることはよくあることです。
しかしいちど意思決定をしたあとに決定を変更するのは難しいことがあります。

(例)
Aさんは卵巣がんステージ1Aと診断されました。
手術で完全切除できたと医師から説明を受け、抗がん剤をやる・やらないどちらでも構わないといわれました。
抗がん剤は毒だし、髪の毛が抜けるのも嫌だなと思い、Aさんは抗がん剤をしないと意思決定しました。
しかし、Aさんはステージ1Aと診断された後に再発をした患者さんがいることブログでしりました。
また、完全切除ができたと説明はうけていても、目に見えないがん細胞を取り残されていたらどうしようと不安になりました。
そこで6ヶ月後に「やっぱり抗がん剤を受けたい!」と主治医に希望しましたがきっぱり断られたとのことで、本当に抗がん剤ができないのかスマイリーに相談がありました。

スマイリーにいただいた相談を個人が特定されないよう配慮して例示

手術で卵巣がんと診断された患者さんは、手術によるダメージの回復を待ち、2週間から1ヶ月程度で抗がん剤治療を開始します。
卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドラインに初回化学療法として示されるような根拠となる臨床試験でも同様の条件で化学療法がスタートしています。
先にご紹介したJGOG3020試験でも手術後8週間以内に化学療法がスタートできることが条件として示されています。

つまり、逆をいえば、手術後6ヶ月経過をしてから化学療法をスタートして良かったと示す根拠を見つけることは非常に困難です。
ましてやAさんがこの6ヶ月増悪の所見がなく元気に過ごされているのであれば、なぜそこで敢えて副作用のダメージがある抗がん剤を投与しなければならないのか。
その理由が医師にはありません。

医師の倫理原則として

  • 自律尊重(respect for autonomy)自律的な患者の意思決定を尊重せよ

  • 無危害(non-maleficence)患者に危害を及ぼすのを避け

  • 善行(beneficence)患者に利益をもたらせ

  • 正義(justice)利益と負担を公平に配分せよ

というものがあります。
Aさんに対して手術から6ヶ月経過して抗がん剤治療を行うことがAさんの健康を回復するという明確な根拠となる臨床試験などがなく(患者に利益があるという善行の原則を守れない)、抗がん剤の副作用だけを与える可能性がある(患者に危害を与える可能性があり無危害の原則を守れない)ので、医師は断ったのだろうと思います。

倫理原則までは出さないにしても、医師はAさんの不安を受け止めたうえで、術後6ヶ月経過してから化学療法をしてよかったという根拠につながるものがなく、今元気にしているところに抗がん剤を投与することで健康を害する可能性があるということを丁寧に説明して欲しかったなと思います。

手術でリンパ節郭清を行わなかった患者さんに「再発が怖いからリンパ節郭清をしてほしい」とお願いされた場合も同様です。
リンパ節郭清をした方が良いと思われる傾向(例えば画像診断をしたところ気になる部分がある)があれば、患者さんの予後を改善すること(善行)を目標に再手術に踏み切るかもしれません。
しかし現状でなんの所見もなく患者さんが不安だからというだけで手術をすれば、開腹する痛みを与え、麻酔のリスクを与え、入院という時間を奪い、リンパ浮腫のリスクを与え、癒着のリスクを与え、さらに入院・手術費用という経済的ダメージも与える(ここら辺は無危害の原則だけではなく公平の原則の部分に抵触する可能性もある)のです。
また手術することによって患者さんの再発の不安は本当にゼロになるのでしょうか?

(インチキ治療以外の)医師は思いつきで「手術をする・しない」「化学療法をする・しない」を決めているわけではなく、そうした患者のリスクとベネフィット、さらに科学性を踏まえて患者さんにとって最善を提案しています。

さいごに

長々と書きましたが、相談者様が手術後にどれくらい時間が経過しているかなどは質問箱からはわかりませんでした。

まずは主治医に抗がん剤をしなくても良いといった根拠などを尋ねること。
もしそれで不安が強いようでしたら婦人科腫瘍専門医のセカンドオピニオンを受けるなどしてアドバイスを仰いでみてください。

確か前回の質問で未熟奇形腫や胚細胞腫瘍の患者さんが、Instagramで意見交換していたりハッシュタグを使って交流されているというアドバイスもいただいたのでそうした場で「どの先生なら未熟奇形腫の治療経験があり相談に最適か」など他の患者さんの経験を聞かれるのも良いかもしれません。

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