私と六番目の小夜子と星新一の話

読書が好きです。


いつから本を読み始めたのかはよく覚えていない。
だけど小学3~4年生の頃には対象年齢の児童文学だとすぐに読み終わってしまうことに気付いて、お小遣いは古本屋で文庫本を買うのに当てていたような子供だった。

学校の朝読書の時間でも文庫本を読んでいたものだから、当時の担任が私の母に「どうしたら娘さんの様な読書家になるんでしょうか、うちの子は全く読書をしなくて…」と相談してきたことがある、と聞いたことがある。

自分でもどうして読書が好きになったのかという明確な理由は分からないんだけれど、母がその担任の先生に「私が読書してるのを見ているからかしら」と答えたと言っていた時になるほど、と思った。


私の母も読書が好きだった。

幼い頃の記憶に、母と妹と私の3人で大きな公立図書館に行った時のものがある。
時代は今よりも物騒な世の中ではなかったからか、母は図書館に着くなり幼い私と妹を絵本が沢山並んだ小上がりのキッズスペースに置いて、さっさと1人で本を選びに行っていた。

母としては、離婚後女手1人で育児と仕事と家事をしながら、やっと持てる1人の時間だったんだと思う。


当の私と妹はというと置いていかれて悲しいとかそういう気持ちは微塵もなく、広く静かなキッズスペースで絵本を読んだり寝転んだり時折2人ではしゃぎ回っては騒がしい声を聞き付けた母が注意しにくる、みたいな過ごし方をしていた。


果たしてその頃が読書をし始めた起源だったかというとそうでもない。
じゃあこの図書館のくだりは何だったんだ。



私が初めて本屋で自分の意志を持って選んだ本を、今でもはっきり覚えている。

1998年初版、恩田陸さんの六番目の小夜子。
当時NHKでは「ドラマ愛の詩」という枠で六番目の小夜子の実写ドラマが放送されていた。
主演を鈴木杏と栗山千明、脇を山田孝之や松本まりかや山崎育三郎と今も一線で活躍する俳優達の青臭くも素晴らしい演技。

保育園や小学校から帰るなりNHKをつけて、忍たま乱太郎を観て天才てれびくんを観て…その流れで六番目の小夜子も放送されていたんだったか。
まだまだ幼い自分にとって初めて触れるホラー作品が、六番目の小夜子だった。


考えてみれば私がホラー映画やらホラー小説のコンテンツが好きになったルーツもこの辺にある気がする。
NHKでは他にも子供向けの海外ホラードラマがやってたんだよね、グースバンプスってやつ。


話が脱線しているのでホラーコンテンツ愛についてはまた別に書きたいと思うけど、とにかく本屋で六番目の小夜子を見つけた時に「え!ドラマのやつじゃん!」と飛び付いて母に買ってもらった。

私はこの時に買ってもらった六番目の小夜子の初版本を未だに持っていて、どうやらこの本から読書を始めたんじゃないかなと常々思っている。

1998年に出版された六番目の小夜子だが、1991年産まれの私が読むにはやはり少し難しいものであった。
そりゃ、8歳そこいらではまだ恩田陸ワールドには浸れまい。

それを見かねてか、母がある文庫本を貸してくれた。
星新一のボッコちゃんである。


読書初心者から読書上級者まで、まあ読書が少しでも好きなら誰もが触れたことがあるであろう星新一。

まさに読書を始めたての私にはぴったりの本だった。
ショートショートで読みやすくストーリーは面白いし、その上登場人物もエヌ博士だのアール氏だの難しい漢字はあまり出てこない。
これを書いていたらまた久々にボッコちゃんをまた読みたくなってきた。


六番目の小夜子と星新一から始まって、私は更に色々な本を読むようになった。
なにせ母親も読書好きだったもんだから、母親の本棚にある本を手当り次第読んでいたように思う。


小学校中学年の頃には、お小遣いとは別に「毎月好きな本1冊の購入代金を出してあげる」というお慈悲を母に頂いた。
娘が読書に精を出していることは悪いことではないと思ったんだろう。

しかしその言葉をそのまま受け取り、私が本屋で新書の分厚くて高い本を買ってきた次の月から「来月からは本代で500円あげる」というルールに変更された。


当時はハリーポッターやダレン・シャンといった類のファンタジー小説が大流行していて、それも私の読書熱を加速させる要因となった。
お小遣いとは別に貰える500円では手に入らない本なので、同じく読書好きの同級生に貸してもらったりしていた。
あの時のかなちゃん、ありがとう。


小学校高学年から中学生の頃、世間は電撃文庫全盛期だった。

若くしてオタクに片足を突っ込んでいた私は、同じく片足がオタクに浸かった友達と共に、キノの旅やしにがみのバラッド。やバッカーノ!といった小説を読み漁っていた。
終いには更にオタクに全身を浸けた友人がフォレストページだかYahooジオティーズかなんかで開設した同人HP内の二次小説(裏リンクのエロい小説も含む)を読むようになったが、友達なのに律儀にキリ番報告するような、まだまだ素直で純粋な娘であった。


色々な読書遍歴はあったものの、専ら紙の本が好きだった私が昨年Kindleを購入した。

社会人になってからも読書は好きだったし、本屋にもよく立ち寄っていたけど、ここ数年は明らかに読書量が減っていた。
子供の頃とは違って、今は映画とかゲームとか読書以外の趣味が増えたという理由もあるけど、昔に比べて読書に対する熱が少し冷めていた。

ふらっと本屋に行き気になる文庫本は買うのに全く読まない所謂積ん読が恐ろしい山になっていたし、読書から離れれば離れるほど活字への苦手意識みたいなものが増して、脳で考えなくてもいいような映画とか気軽に刺激を楽しめるゲームに逃げていた節もあるのかもしれない。


Kindleを買ったきっかけは「Amazonのプライムセールでめちゃくちゃ安かったから」だ。
私は本棚から溢れる恐ろしい量の積ん読を見なかったことにして、Amazonのセールという策略にまんまとハマりKindleを買ってしまった。


結果としては、Kindleはとても読みやすかった。
よく「本と変わらない読み心地」なんて聞いていたけど、なるほど確かにそこまで違和感がない。
そして以前より読書量が増えた、やはり気軽であることが大切だったのか。
私のような怠惰を極めた人間に、バックライトが付いているKindleは布団の中で寝落ちするまで読めてとても有難いよね。

何よりどこでも何冊でも読める。
読む速度が割と早い方なので、出先の為に何冊も持ち歩くとなるとやはり読書が億劫になってしまう。
荷物をなるべく少ない私としては軽いタブレット1つで何百冊もの本を持ち歩けるのは魅力的だ。


デメリットとしては本屋にあまり行かなくなってしまったこと。

本屋は未だに大好きなのだが、気軽にKindleから購入出来てしまう上に、なるべく紙の本を増やしたくないあまり本屋にお金を使いたいと思いつつ下見をしたらKindleで購入するという流れになってしまう。
何ならさっきボッコちゃんをKindleで軽率にポチってしまったばかりだな。

雑誌や画集などのカラー本は白黒表示のKindleに不向きなので、そういう書籍を買う時はしっかり本屋でお金を落とそうと思います。


もうひとつのデメリットは、読書をしている姿である。



私の母は読書が好きだった。
私もきっとそういう母の姿を見て読書を身近なものに感じてきたはすだ。


もうすぐ2歳になる息子がいるが、息子にとっての読書をする私は「何やら板のような機械をいじっている」だけであって、私が幼い頃に見た母の読書風景とは似ても似つかないだろう。

息子にも出来れば本の面白さや世界観に浸って欲しいと親心ながらにほんのり思うのだが、タブレットで読書をする母の姿は息子の読書欲を刺激するのかどうかは分からない。


まあ本なんてものは読んだって読まなくたって人生に支障ないものなんだけど、それでも時間を忘れて読む没頭感とか読了後の達成感とか、それこそ読んだ小説の感想をいつか息子と語り合ってみたいものである。



たまにはKindleではなく、幼い私と母のように息子と図書館に行ってみようかな。



この一文で、図書館のくだりが無駄じゃなくなった。
我ながら上出来な締めじゃないか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?