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怪談マッチポンプ

 事前に断っておきますと、当時は忙しくて疲れていたんです。そういう意味では正常な状態ではありませんでした。ただ、「金縛り」と呼ばれる現象に生まれつき見舞われやすかったのは確かです。横になって寝ようとすると、意識はあるのに身体が動かなくなる。金縛りの最中、たまに変な音が聞こえてくる場合もありました。更にレアな現象となりますと、変なものが見えてしまったりする。

 金縛りには何百回何千回となってきましたけれども、変なものを見れたのはほんの数回です。何か特別な条件があるに違いない。その条件のひとつが、当時の場合は「激しく疲れていたこと」のだと思います。

 別にこのnoteは誰かを怖がらせる目的で書いているわけではないので、当時の私が見聞きしたものを簡潔に書きますと、ひとり暮らしだというのに、金縛り中に人の顔が見えたんです。しかも、その顔が私にいろいろ語りかけてくる。

 金縛りが解けた私は「疲れすぎて変なものを見てしまったのでは」と不安になりました。と申しますのも、私は霊感というものがゼロで、その手の存在を見たことがないんです。どんな邪悪な心霊スポットに行っても何も見えない感じない。だから、変なものが見えた時は、「新たな力に目覚めた」ではなく、「身体がおかしくなった」という推測がまず浮かんだんです。

 当時は暗闇に浮かぶ顔が見えたことを誰にも言いませんでした。体調が悪いと自ら披露するようなものだと思ったからです。しかし、それから数年後、ネットで何の役にも立たない文章を垂れ流していた私のところに、友人がとある提案をしてきました。「お前、何か書くの好きだったよな。なら、これに応募してみないか?」。

 友人が見せてきたのは「あなたの怖い話募集」という記事でした。どうも怖い話を募集して1冊の本にするプロジェクトのようです。採用されると景品がもらえるという。ちょうど暇を持て余していた私は友人の提案に乗りました。しかし、怖い話とな。人の役に立たない話ならいくらでも書けるんですが、人を怖がらせる話は書いたことはありません。

 思い悩んだ挙句、夜中に顔を見た話を書こうと思い立ちました。とは言え、あまり読者を怖がらせようとした書き方だと読んでる人も冷めるでしょうし、何より書いてる本人が恥ずかしくて耐えられない。なので、なるべく事実を淡々と書くことにしました。そして、書いたものを郵送したんですが、結果は何か月も先の話です。応募した事実なんかすぐに忘れて、いつも通り暇を持て余す日々を過ごしておりました。

 そんなある日、いきなり封筒が送られてきました。送り主を見てもピンとこない。中を見てようやく分かりました。私の書いた「怖い話」が採用された旨が書かれた紙が入っていたんです。封筒には他に、書いた話を本に載せるための契約書、それから確認したいことがあるため連絡してほしいとの文書がありました。当時は誰にも言わなかった話が、初めて何かの役に立った瞬間でした。

 早速、電話をしてみますと相手の男性は挨拶もそこそこにこんな質問をしてきました。「この話は事実ですよね?」。

 当時、疲れていたのは事実ですし、金縛りにあったのも事実、変なものを見た気がしたのも事実ですし、そいつがベラベラ語りかけてきてんなと思ったのも事実です。でも、暗闇に浮かぶ顔を実際に見たかどうかと言われたら自信がありません。ちょっと強めに追及されたら「すいません、たぶん気のせいです」と謝ってしまうでしょう。でも、こちらとしては手の届くところまで来ている景品に目がくらんでいましたから、「本当かどうか自信がないです」とは言えません。間髪入れずに「はい、事実です」と言い切りました。相手の方は幽霊の存在を信じているのかどうか知りませんが、もし信じていなかったとしたら、どんな気持ちでこの仕事をしているんだろう。私はいらない心配をしてしまいました。

 更に相手の方は「『怖い話を読んだせいで自分も怖い目に遭った』とおっしゃる方がいるので気をつけてください」などと、気をつけようのない忠告をしてきたりはしましたが、ひとりの人間の文章を本に載せるための打ち合わせはちゃんとしてくださいました。いま考えれば、きっと編集の方だったんだと思います。

 かくして私の怖い話は本に乗りまして、後日、その本と共に景品が送られてきました。景品は某テーマパークのペア入場券でした。どうやら怪談本プロジェクトは、そのテーマパークを経営する会社が協賛していたようです。

 せっかくなので私にこの募集を教えてくれた友人と共にその某テーマパークへ遊びに行きました。そのテーマパークは様々な目玉アトラクションがございましたけれども、中でも人気だったのはお化け屋敷でした。あんまり怖い目に遭いたくない私としては気が進まなかったんですが、友人はおどろおどろしい入口を見た瞬間から行く気を全身にみなぎらせています。ああこりゃダメだ、断る余地はない。私は友人に引きずられるようにお化け屋敷へ入り、大いにビビりました。

 お化け屋敷を出た後、冷静になって思ったんです。怖い目に遭った話を書いて得た景品で怖い目に遭いに行く。なんか味を占めてもう1回怖いネタを掴みに行くような、ちょっと特殊なマッチポンプをしてるみたいでなんか恥ずかしいなと。

 もともと怖いのは嫌なんで心霊スポットとか肝試しとか避けてきましたが、思いもよらぬ方向から、怖いのを避ける理由がもうひとつ飛んできた次第です。

 

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