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真逆の絶叫マシン体験

 「真逆」にもいろいろあると思うんです。私が印象深い真逆のひとつに、ジェットコースターを始めとする絶叫マシンに因んだ真逆がございます。

 私の友人、ここでは三原君としておきますけれども、三原君と私は絶叫マシンにおいて真逆の人でありました。みんなで遊園地だのテーマパークだのに行けば三原君は絶叫マシンへ真っすぐに突撃するんです。私はと申しますと、絶叫マシンが嫌いというわけじゃないんですが、毎回誰よりも乗るのを嫌がり、みんなに説得されたり引きずられたりして渋々乗る羽目になっていました。理由はもちろん怖いからです。

 いや、マジで怖いし、乗りたくないんです。本当です。心の底から本気なんです。ジェットコースターの列に並んでいる時なんて、ギロチンを待つ死刑囚みたいな、絶望に満ち満ちた顔をガッチリキープしてるんです。心拍数は倍増していますし、その割に全身は青白い。口を開ければ「やめようよ」「今なら間に合うよ」と弱音ばかり吐き、ワクワクしている三原君に「情けないにも程がある」と言われたことは一度や二度の話ではありません。

 みんなを置いてひとりだけリタイアする勇気もなく、私はうなだれたままジェットコースターの席に座り、安全バーで身体を固定されます。この時、大体私は三原君の隣に座らされます。そのままジェットコースターはゆっくりと動き出し、最初の急勾配をカタカタ上っていく。

 もちろん、上り終えたら後は急上昇・急降下・急回転が続く地獄のデスロードなわけなんですが、その直前で三原君と私に変化が訪れます。列に並んでいる時はビビる私をひたすらいじり続けた三原君から口数が減り、顔からみるみる血の気が引いてゆきます。そして、最初の坂を上りきった辺りで「ダメだ、俺やっぱやめる」などと訳の分からないことを言い出す。一方の私はと申しますと、もう逃げられないところまで追いつめられて完全に腹が据わり、身体は自然と前のめりになる。そして、ジェットコースターが最初の急降下で加速を始めた辺りからハイテンションで歓喜の叫び声を上げるんです。

 先ほども書いた通り、絶叫マシンが嫌いというわけじゃないんです。むしろ、いざ動き始めたらどれだけ高速で吹っ飛ばされようが、どれだけ高いところから落下しようが、どれだけ激しく回転しようが、キャーキャー騒ぎながら楽しめる。隣の三原君なんて忘れて、身体にかかるGとか風とかを感じて喜んでいるんです。

 ジェットコースターから降りた私はテンションが完全に上がりきっていて、ずっとケタケタ笑っているのに対して、隣の三原君は随分と疲労を溜め込んだ感じで目を細めながら「三半規管が……」と呟くのがやっとの様子です。列に並んでいる時とは全く真逆なふたりでございます。

 ジェットコースターから降りて休憩していると、すっかり復活した三原君が立ち上がって「次はあれに乗る」と言い出します。三原君が指す先には、さっきよりも明らかにヤバそうなジェットコースターがビュンビュン走り回っているではありませんか。

 当然ながら、まず三原君に反対したのは私です。先ほどまでのテンションは完全に消え失せ、青白い顔で「もうやめようよ」と懇願を始めます。「いいじゃん、さっき乗ったし」。しかし、三原君は聞く耳を持ちません。ついさっき三半規管を散々揺さぶられたばかりだというのに、喉元過ぎれば何とやらです。結局、私は三原君に引きずられる形で新たなジェットコースターに乗せられます。

 それからは大体同じです。私がビビり散らすのは最初の急降下までなのに対し、三原君の嬉々とした表情も最初の急降下まででございます。ジェットコースターから降りる頃にはスリルを楽しみ過ぎて笑いが止まらない私と、心身の激しい疲労でめっきり老け込んだ三原君の、真逆な様子が確認できるようになります。

 「星野と三原はわざとやってんのか」と言われたこともあります。絶叫マシンの列に並ぶところから乗ってグルングルンして降りてくるところまで、はたからは三原君のテンションが私へ綺麗に移っていくように見えるんだそうです。だから、絶対に示し合わせてそういうことをしてるんだろうと、そういう推測だと思います。

 でも、私は本当にできることなら絶叫マシンに乗らずに生きていたいですし、三原君は三原君で絶極マシンに乗りたくてたまらないんだけど、最初の急降下直前でいつも本当に後悔するみたいなんです。

 多分、ある意味ではものすごく気が合ってるんだと思います。だから、すっかり大人になった今でも三原君との仲は続いています。ただ、一緒にいる時は絶叫マシンのある場所へは近づかないようにしています。

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