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チャンスの神様

 出典がギリシャ神話なのでご存じの方もいらっしゃるでしょうけれども、カイロスという神様がいるわけです。その名はギリシャ語のチャンスを意味する言葉から来ているようで、名前の通りチャンスの神様と見られることが多いです。

 カイロスは美少年なのですが、髪型に大きな特徴があります。前髪がふさふさで後頭部はつるつるなんです。

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カイロス(フランチェスコ・サルヴィアーティ作)

 だから、「チャンスの神様は前髪しかない」、つまり、チャンスはすぐに掴まないと後になってからじゃとらえられない、なんて言われています。なぜ神様の髪の毛を掴むことを前提に話をしているのかは分かりません。誰も「神様に失礼じゃないか」と反論する人はいなかったのでしょうか。いたけど少数派だったから、こうやって現在に至っているのでしょう。それよりも例えのうまさを評価してくれと、そういう話なんだと思います。

 とまあ、今となっては私だってカイロスで小話のひとつも書けるようになりましたけれども、長らくそんな特殊な髪型の神様なんて知らずに過ごしてまいりました。そんなチャンスの神様の話を聞いたのは、社会人になってからでした。友人と一緒に都内の住宅地を歩いていたところ、友人が突然そんな話を始めたんです。そんな冗談みたいな神様いるのかよ、と思ってスマホで調べるとマジでいらっしゃる。つるつるな人をいじりたくなるのは昔から一緒なんだなあと変に感心してしまいました。

 カイロス話が一通り終わった直後のことです。小さな交差点を通過しようとしていた時、角からひとりの男性が現れました。その男性の髪型が、前ふさふさ後ろつるつるという、先ほど聞いたチャンスの神様と全く一緒だったんです。その方が普通の中年男性じゃなくて美少年だったらカイロスそのものです。

 その男性には大変申し訳ないのですが、この流れで笑わないほうが無理な話です。指さして笑うような失礼なことはしなかったので、男性からしてみたらやけに楽しそうに笑うふたり組が現れただけだと思ったでしょう。もちろん、彼の髪を掴むなんて言語道断です。説教で終わればいいほう、下手すりゃ裁判沙汰でチャンスがピンチになってしまいます。

 というか、その男性はチャンスが欲しかったら自分の前髪を掴めばいいわけですか。なんて便利なチャンスの自家生産。まかり間違ってカイロスの神話が激烈に流行したら、みんなカイロスヘアーにするかもしれませんね。そして、ブームが過ぎたのち、全く別の髪型にしてしまったかつてのカイロスたちは遠い目でこう言うはずです。「あの頃はそういう時代だったんだ」と。

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