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地獄のような光景

 お笑い芸人だとテレビでやるネタの他に、いわゆる営業でやるネタというのもあります。どちらも同じネタをする方もいれば、テレビはテレビ、営業は営業と明確に分けている方もいるようです。

 さて、いきなりですが「ドドん」というお笑いコンビがいらっしゃいます。

 浅井企画所属で結成は2009年、ボケの石田さんは本物のお坊さんであり、その立場を利用した漫才で知られています。法要や生前葬の会場でネタを披露したこともあるなど、そっち系のエピソードも豊富です。

 さて、とある会場で私、ドドんの営業を拝見したことがあります。数組の若手お笑いコンビがネタやコーナーをこなすという、よくあるちょっとしたお笑いライブです。その日はコロナ前ということもあり、芝生には立錐の余地もないほど人がギュウギュウに座っていました。

 ドドんのふたりは漫才の前に、営業用の掴みをしていました。ボケの石田さんが本物の僧侶、ツッコミの安田さんが元バンドマン、なんて自己紹介から、石田さんが特技なのか何なのか、よく分からない技能を紹介します。何でも、石田さんの頭に触った人は幸運が訪れるという。

 石田さんは言いました。「今からそちら(客席)に向かいますので、皆さんどうぞ触ってみてください」。

 要はそういう営業ネタなのだと思います。石田さんが客席に行き、観客に頭を触ってもらう。そうやってコミュニケーションを取ることにより、少しでもドドんについて知ってもらい、あとで披露する漫才をやりやすくする。できればドドんとふたりの名前も覚えてもらいたい。そんな目論見もあったのかもしれません。

 早速、石田さんは袈裟を翻して観客へ向かいます。先ほども書いた通り、芝生には立錐の余地もないほど人がギュウギュウに座っている。その中をどうにかかき分けて観客の中を突き進む石田さん。もちろん、近くの観客は次々に石田さんの頭へ手を伸ばします。

 結構、盛り上がってました。大騒ぎだったとも言えます。私がいたのはかなり後ろのほうだったので、遠巻きに観客の中を動き回る石田さんを眺めていました。時刻は夕方から夜に差しかかっており、空は藍色、いくつものライトが石田さんに向かって白い光を注いでいました。

 僧侶の丸い頭を掴もうと、周囲から大小様々な手が伸びる伸びる。時に手は頭を掴み、地の底へ押し込もうとするような動きを見せる。僧侶は無数の手を振り払うようにして、体勢を崩しながらも先へ先へと進もうとする。

 何だか昔の人が考えた地獄の光景でも見ているかのような気分でした。コロナが落ち着けば、きっとドドんのふたりは営業へ行くたびに観客をまた地獄のような光景にして回るのでしょう。そう考えると、早く落ち着けコロナ、と思わずにはいられません。

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