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はじまりは、吐きそうで泣きそう。

明後日から、今季のパクチーの出荷が始まる。
どきどき、わくわく、そわそわ、ぴりぴり。

これまでの経験が、言葉になって考えるよりも前に、入り混じった感情が一気に湧き出てきて、吐きそうで泣きそう。始まってしまえば流れの中に、そんな気持ちは来年まで忘れてしまうのだけれど、今年は忘れないうちに書いてみようかなって思って書く。

農業って、いろいろあるから、作り方も売り方も。とれた日にとれた分だけ出荷するやり方もあるけれど、私の農業は、お客さんから事前に注文をいただいて、その分をその日に出荷するやり方。全量。

レストランやお惣菜屋さんやスーパー、お客さんはさまざま。「出せます」という前提で受注しているから、出せない日がないようにする。注文をいただいている期間中、毎日途切れないようにする。意識して、それを目指して、日々やっているけれども、それでも、どうしても敵わないときが毎年1回は来てしまって、それが苦しくて悔しくて、吐きそうで泣きそうになる。天候の都合だと言ってしまえばしょうがないのだけれど、あのとき、ああしていればよかったとか、あの判断が違っていたかなとか。心当たりはいくつもあるわけで、思い当たってしまうということは、しょうがないでは済まなくて(自分のなかで)ほんとうに、吐きそう。

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出荷がはじまる。

そのとき、初めて目の前に人が見えてくる。それまではずっと、生きている野菜を相手にしている日々だけれど、届け先ができて、そこで初めて、私は野菜たちを生かすことができる。

農業の楽しさは、太陽の光を浴びて、風を受けて、季節を感じて、からだを動かすこと。それが、私は一番いいなって思ってだいすきなところだけれど、もしもそれだけだったら、やりがいは少ないのかもしれない。

届ける先があるからこそ、生き生きしてくる気持ちがある。直接会ったことがなくても、同じお客さんに注文をいただけたら、今年も無事に再会できたなって喜びがあるし、それはまた自信になる。

自然にはたらきかけて、野菜を育てる。農業ってそういう仕事だけれど、人がはたらきかけて、人に応える。そういう仕事でもあるから、私はその両方がすきで、だからこの仕事を続けているのかもしれない。

農業に就いて今年で7年。パクチーをやらせてもらって5年。こんなに続くなんて、私も、誰も想像していなかったけれど、農業をやめたいと思ったことは一度もなかった。

出荷がはじまる。このときが一番「はじまる!」って口元がにやけてしまう瞬間で、実は、一番すきなタイミングかもしれない。

どきどき、わくわく、そわそわ、ぴりぴり。

その緊張感に、頭もだんだん冴えてくる。
生きてるって感じるし、最高に、楽しみ。


出荷はじめに思うこと。
2021年5月28日

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