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【読書】 しずかな日々 椰月美智子

人生は劇的ではない。ぼくはこれからも生きていく。

 読書をする。記録をつけて、感想文を書く。だから、読んだ本のあらすじや、感想はいつでも鮮明に思い出すことができるのだけれど、ふっと薄れて消えてしまうような作品に出合うこともある。

 面白くなかった、嫌いだった、という安直な理由ではなく、つかみどころのない、それでいて、いつまでも、香りだけが残っているような作品に出会う。私にとって、その最たる作品が『しずかな日々』だ。

 中学校一年生のときに、夢中で読み返して、折に触れて読んでいるのに、いつもいつも、ふわっと、煙の中に消えてしまう。そんな不思議な作品もあるんだということを、伝えたい。

あらすじ​

 僕(枝野光輝・えだのみつき)は、母親と二人で暮らしている。父の話は聞いたことがない。学校には友達と呼べる人間もいない。極度の人見知りなぼくのは友達が一人もいなかった。
 学校を終えると、家に帰り、掃除に洗濯、風呂に食事を作り、一人の時間を過ごしていた。
 五年生の始業式。人生のターニングポイントとなる出来事が起こる。後ろの席の少年、押野がぼくを草野球に誘った。教室でも幽霊のように過ぎしてきた僕。
 押野は僕の世界を次々に広げていき、周りのこどもとも徐々に話せるようになっていく僕。あだなをつけられる事や、飼育委員になること、友人たちの日々に僕は外の世界に手を伸ばしていく。
 しかし、ある日、急遽引越しが決ってしまう。ようやく広がった世界から再び離れなければ行けなくなった僕は、転校しなくてもいいように、おじいちゃんの家で住まい始める。
 おじいちゃんは、ぶっきらぼうだが、優しい人だった。母は勤めていた会社を止め、何やら怪しい商売を始める。僕は、おじいちゃんと、友人たちに囲まれて、静かにゆっくりと、五年生の夏休みを過ごしていく。
 僕の日常に劇的なことは何も起こらない。それでも、僕は、日々の中で少しづつ大きくなっていく。

帰る場所

おじいさんと一緒に過ごした日々は今のぼくにとっての唯一無二の帰る場所だ。だれもが子どもの頃に、あたりまえに過ごした安心できる時間。そんな時がぼくにもあったんだ、という自信が、きっとこれから先のぼくを勇気づけてくれるはずだ。

 「あたりまえに過ごす」のって難しい。「安心できる時間」もなかなか手に入らない。いつも、私たちは「誰かにとっての何者かにならなければいけない」という、条件を突きつけられているから。それに、私も、誰かを無条件に受け入れられるのかと言われると不安になる。

 大人になった「ぼく」の回想の中で『しずかな日々』は進んでいく。無条件に自分を受け入れられる時期。それが、人にとっては必要なのかもしれない。過度な期待も、無関心でもなく、心から安心できる時間。それに、「勇気づけられる」のだろう。

あなたの村に遊びに行くこと

だって、すごく、ものすごく、たのしかった。汗をかいて、服を汚すなんてことは、ぼくにとって、はじめての経験だったのだから。

 押野は、明るくてお調子者で屈託のない友達。「ぼく」を外の世界へと誘い出してくれる。きっと、知らず知らずのうちに、自分を誘い出してくれる人が人生のある場面で現れるのだと思う。自分も他人の世界を広げていく。

 その感覚が素敵だなと思う。年齢も性別も、時には話す言葉も異なる人間同士が、お互いの世界をぶつけ合って、自分の世界を色づけていく感覚。どうぶつの森で言ったら、友達の村に遊びに行ったり、自分の村に友達が遊びに来てくれるような。

なにもない気持ち

なにもない気持ち

「ぼく」の中で、消費されていったたくさんの「何もない時間」。ぽっかりと空いている気持ちを持ってるからこそ、「ぼく」は何気ない日常を、心の底から楽しめたのだと思う。

あなたとでしか見つけられない世界

なにもしゃべらなくても、ただこうしてるだけでよかった。濃密で、胸が少しだけきゅんとしてしまうような時間だった。それぞれが、自分だけの世界をたのしんで、でもそれは、ここにいる三人でなければ見つけられない世界だった。 

 『しずかな日々』のクライマックスは、ここにあると思った。おじいさんと押野と「ぼく」、三人の目に写っている景色は違うのに間違いなく同じ何かを共有できること。そうやって、誰かと何かを共有するために、私たちは生まれてきたんじゃないかと心から思っている。

大人の世界・子供の世界

大人は、ぼくの関知しないところで勝手に行動をして、物事を都合のいいように決めてしまう。ぼくは、それをずるいと感じていたけど、それは同時に尊敬することでもあった。あの頃は、世の中がどういうふうに成り立っているのかまったくわからなかったし、大人というのは絶対的な存在だった。

 こどもはいつだって、大人の世界に左右されながら生きている。言い知れない不安を抱えて。でも、そんな大人だって、かつての子供だった。大人の世界に少しづつ足を踏み入れながら、子供は大人になっていく。

時間を大切にするということ

時間がたつのがもったいなくて、明日の時間を二時間くらい、今日の時間に足せたらいいのにと思った。今日は二十六時間。明日は二十二時間というふうに。

 時間がたつのがもったい。そう思えたら、日々は輝いて、生きる希望も持てると思った。例えば、今日の出来事を話したいと思える人が出来れば、私は、今日の日に感動を探して過ごすだろう。その感動を伝えたい相手がいるから。

まとめ

『しずかな日々』はタイトルの通り、劇的な展開がない。胸を割くような悲しい出来事もなければ、だれもが笑い転げるような展開にもならない。

 「ぼく」が伸ばした手を、同じように手を伸ばす誰かの手によって取られ。そうやって、ぼくの世界はゆっくりと広がっていく。おじいさんが作る、漬物と塩握り。ホースの水で、湿った庭の土が放つ香り。縁側で、星空を見ながら食べたスイカ。

 こじつけられた意味を持たない、淡い描写の中を、過去を振り返る「ぼく」が旅をする。そして、読み手も、「ぼく」と一緒に、もう過ぎ去った、顔も思い出せない誰かと過ごした日々の、残り香を胸の内に嗅ぐのだろう。

 ふと、淡い過去を思い出したくなったら、そんな「香り」を頼りに、思い出の中を旅してみようと思う。『しずかな日々』は、そんな旅人の道標になってくれるに違いない。きっと、また、何度も読み返す作品です。

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