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オススメの本100冊(感想文付き)〈文学Ⅴ〉

※専門書は除外しています。
※ややネタバレありです。


【51】森鴎外『山椒大夫・高瀬舟』

個人的な意見だが、鴎外は漱石のような知識人としての気負いを表に出すことなく、人情噺を近代小説へ橋渡しすることに務めている気がする。高瀬舟も山椒大夫も、こんな短編をいくつも、いつまでも読んでいたいなと思わせる。面白かった。


【52】森鴎外『雁』

知識人の心情を表す近代小説の部類なんだろうが、人情噺のような艶っぽさや粋が、潔い文体、リズムに乗って語られていて、とても引き込まれた。雁というメタファの使い方も、当時としては斬新だったかもしれない。あまりにも唐突な終わり方で、新聞連載ってこんなものなのかなとも思った。面白かった。

【53】夏目漱石『こころ』

親族との金銭問題で人間不信に陥り、友人の自殺で良心の呵責に苦しんだ「先生」は、やはり弱い人間だった。人に裏切られて傷つき、人を裏切って傷つく。友情や良心という高尚な精神において苦しむが、金という即物的なものについても憤りを抑えきれない自分がいる。乃木大将の殉死は、自殺への最後のひと押しだったのだろうか。前編・中編の謎が後編で一気に解ける一種のミステリーとしての展開力も素晴らしい。

【54】夏目漱石『三四郎』

女性に対しても、近代の価値観についても未体験な三四郎。だからといって23歳にもなってがっつりモラトリアムに入っているところがもどかしい。女性に対しても思想に対してももっと主体的な感情があってもいいような気がするが、気の利いた事ひとつもいわない。そんなインテリ青年の内面を露わにしているとしたら、漱石の筆力は見事。まあでも退屈な青年だから、おのずと小説もだれ気味になるような気もした。

【55】マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒けん』

単純に冒険譚としてもとても面白かった。古きアメリカ南部の話だが、過度なノスタルジーに陥らず、かといって悲壮感にも陥らず、ファンタジーにも逃げ込まない、とても「地に足の着いた」(旅のほとんどはいかだの上だが)物語だった。ハックの生活に根差した知恵や宗教観、黒人と奴隷制度に対するまなざしと価値観などもとてもリアリスティックだった。トムはかなりやりすぎだけれども、オチもなかなか良かった。深く読んでも軽く読んでも楽しめる物語。

【56】チェーホフ『ワーニャ伯父さん』

ワーニャ伯父さんについて。些事に身をやつし、無駄に人生を犠牲にしたと気づいたときはもう中年。恋が成就する年齢でもなく、これからの夢を描くこともできず、偉人にもなれたのにできなかったのは周囲のせいだと妄想する。まさにアラフィフの危機であり、あまりの現代性に驚いた。ソーニャの慰めも、一見希望があるようにみえて、現世での幸せは諦めましょうという絶望感をにじませている。ちなみは私もワーニャと同じく47歳。「ショーペンハウエルにもドストエフスキーにもなれたのに」という悲痛な叫びは、恥ずかしながら私にも通じる。


【57】プーシキン『スペードのクイーン』

軽快なリズム、あっと驚くどんでん返し、どんでん返しにいたる伏線の見事さ。ロシア文学だと神とか平和とか深遠なテーマを連想してしまうが、この短編集には深遠さが仮に薄いとしても、潔い。古さを感じない見事なストーリーテリングである。

【58】ダシール・ハメット『血の収穫』

『ダイ・ハード』という映画は単なるアクション映画ではなく、テロリストとの頭脳戦だ。それと同じく、このハードボイルドの古典も頭脳と身一つで諸悪に立ち向かっていく。推理とアクションを繰り広げながら街の勢力図を利用して諸悪を一掃するところがなんとも爽快。終盤に自分すら嫌疑の的になる仕掛けも秀逸。さすがの名作だった。


【59】ダシール・ハメット『マルタの鷹』

『血の収穫』よりもスケール感や大掛かりな仕掛けもないかもしれないが、十二分にサスペンスを楽しめた。しかし、それよりもなによりも、ハードボイルドな男の生き方とは何かを突き詰めているのがいい。女を愛したとき、無情でいることははたして「男らしさ」といえるのかどうか。主人公の行動が興味深い。


【60】レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』


マーロウという人物はクールに、冷徹に行動する探偵なのかと思ってたら、何かにしろ人を苛々させる口を聞いたり、なによりテリーレノックスに固い友情の念を感じたりと、冷徹どころか、センチメンタルなところもある。それにしても村上春樹の思い入れは尋常じゃない。処女作風の歌を聴けの主人公を連想させるセリフが随所にあり、大きな影響を受けたことがわかる。名ゼリフも多い一方、クラシックならではの展開の遅さ、既視感なども感じざるを得なかった。

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