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背景を読み取れるか

年に何回か、見晴地区全ての山小屋と温泉小屋のオーナーが集結し登山道の草刈りや木道のサンギ打ちなどを行います。写真は桧枝岐小屋のオーナーひげくまこと、萩原英雄さんと撮影したものだ。

見晴地区の登山道整備区間は広範囲に及ぶ。
見晴から三条の滝&東電尾瀬橋手前までと段吉新道。
見晴から白砂峠のてっぺんまで。
今年は燧ヶ岳見晴新道の8号目までが予定されている。

燧ヶ岳までの作業を含めると1日では終わらない為、
数日間に分けて行われる。小屋を営業しながら行う訳だから時間も労力も必要となる。

燧ヶ岳見晴新道の泥濘

私は小屋にいて思う事がある。

見晴新道から下山して来たお客様の第一声は『なんなのあのドロドロ道』『最悪』『泥濘が酷過ぎ』『二度と歩かない』『本当に登山道なのか』『こんな登山道歩いた事がない』など沢山の声を耳にします。

確かに、見晴新道のコンディションは年間通して良くはないです。歩き辛いのは確かです。

でも、逆を言うとそれだけの豊富な水分を含んだ地質だからこそ、美味しい飲料水が豊富に流れ出て、美味しいご飯とお風呂が提供できる山小屋が成立しているのだと私は考えています。そして、登山者がピーク(山頂)を踏めるよう、見知らぬ誰かが登山道を切り開いている訳だから、本来文句を言うべきではないと思っているのが本音です。しかし実際は、そんな事はお客様には言いません。『大変でしたね』『お疲れ様でした』『洗い場でキレイにして下さい』『ぜひ乾燥室ご利用下さい』これが現場だ。

前述した通り、登山道整備には大変な労力を要します。転んで尻もちついて、ゲーターや登山靴、ウェアが泥で汚れた。そんなのは洗えばキレイになるし、買い換えれば何度でも手に入る。

逆を言えば、山の水が干上がり伏流水が山小屋に辿り着かなくなる事態にでもなれば、その瞬間に山小屋の食事もお風呂もなくなる。そのように考えられないだろうか。それだけ尾瀬は水に恵まれた山域であるし、水は山小屋の生命線だと痛切に感じている。

礼を込めて山に入る

私は山に対してこうも考えている。
『登らせてくれてありがとう』と。
これは尾瀬だけでなく、全ての山に対して共通して持っている意識だ。だから、私は登山口で一礼して山に入る事にしている。

山が人間に来て下さいと言っている訳ではない。
自分が山に魅了されて自分の意志で登っている。
一礼したから何だという話だが、そうした敬意は常に持ち歩くようにしている。

山を登る道中には、階段や木道、標識やトイレがある。それは自分ではない誰かが設置してくれて、安全な登山となるよう手を加えている事を忘れてはいけない。山を本当に好きなのだとしたら、そうした背景をも読み取れるくらいの余裕が欲しいものだ。

私は山が大好きだし、
山小屋に携わる身ではあるけども、山を切り開いた事もなければ登山道を作った事もない。いつも登らせてもらい、楽しませてもらっていた側だからこそ、その顔も知らない『誰か』に常に感謝している。

チップ制の公衆トイレ

尾瀬国立公園はチップ制度の公衆トイレを採用しているが、利用者からのチップの回収に苦慮している。トイレ使用時に100円を払ってもらう仕組みだが、回収率は3割に満たない。何故100円が必要なのか理解していない人達が7割いるのが現実だ。各山小屋は自費で数千万円の浄化槽を設備投資した経緯がある。シーズン最終には汚泥を汲み取りヘリコプターで排泄物を空輸する。要するにトイレの処理をするのに莫大な費用が掛かっている。単純に100円下さいとねだっている訳ではない。こうした理解を深める為にも、しっかりとルールや背景は伝え続けなければならないし、利用者も背景を読み取る力が求められる。その事を知らない友人や同行者がいたら是非伝えてほしい。

尾瀬の木道は全体で65kmにわたる

今や尾瀬の木道を全てキレイな状態で歩く事は不可能だと言える。群馬側の登山口から山ノ鼻地区や尾瀬ヶ原湿原内や林道に敷かれた木道は東京パワーテクノロジー様のご尽力により、傷んだ木道はほとんどなく安全な歩行が可能。

反面、環境省や群馬県・福島県が管轄している登山道や木道は朽ち果て、穴が空き転んだりしたら大怪我に繋がる危険性がある状態の箇所も多数ある。

木道が直らない一番の要因は修繕予算の確保が出来ていない事だろう。それに加え、整備すべき対象区間や優先順位の選定が出来ていない事も挙げられる。

お客様から『何で鳩待から竜宮までと、竜宮から見晴の木道はこんなに状態が違うの?』この質問はシーズン中受ける質問の中で5本の指に数えられる。丁寧に説明はするが、いつ直るのか分からない事に対しては我々も明確な答えは出せず歯がゆい思いだ。

木道が直らない事に文句を言っていても仕方がないし、いつ直るか分からない事に期待していても、シーズンは5ヶ月しかないし、何かの打開策を誰かが先頭切って立ち上がる必要がある。そう思えば、その役割は自分だっていいはずだと考えているし、自分にしかない視野視点から維持管理が行き届いた木道の未来に向け動かなければならない。

現在、川崎重工業様とその未来を模索しながら、
叶うかどうか分からない夢に向かって走り出している。もちろん沢山の方々と協議を重ね、尾瀬関係者の方々に理解を求めたり、アドバイスを頂く事もあるだろう。何年も先の事になるかもしれないし、失敗に終わるかもしれない。

それでも、何もやらないよりかは、
挑戦してお客様の想いに答えたいと考えるのは無駄な事じゃない。

誰かの為なんてカッコいい事は言わない。
自分が歩く木道なのだから、自分で出来ることを考え取り組もう。未来の尾瀬に向かって。

尾瀬小屋
工藤友弘


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