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『正欲』を読んだ。

コロ日4 19日目
2023年12月10日(日)

気がつけばもう忘年会シーズン。ファンシーなレストランで会社の人と飲む夜もまた一興。なんだか一気にクリスマスモードになっていた12月。もう年末だなんて、早すぎるね。
もう真冬のはずだけれどまだ暖かいのは気のせいかしら。秋用のコートで過ごせる今日この頃。

先日、朝井リョウの『正欲』という本を読んだ。

とんでもなかった。

とんでもないものを読んでしまった。

読み終えた後、少し放心状態になってしまって、思わず筆を取った。

この人はとことん、現代に生きる人の生きづらさとか気持ち悪さとかを描くのが上手である。うますぎて、まじで憑依して書いているのではないか?と思うくらいには細かい心理描写。凄すぎる。

ネタバレになってしまうのであまり深くは書かないのだけれど、マイノリティの中のマイノリティが感じている生きづらさ、死にたさ、苦しさ、他人には理解されないと分かっていても繋がりを求めてしまうこと。自分の正しさを振りかざして堂々と生きている人の無神経さ。世の中の「多様性」のビジネス化。そういう現代社会の抱える沸々とした地獄を垣間見た。こんなにもありありと人間の醜さと美しさを同時に描けるか?という感じで。

人は結局、孤独なのである。生まれる時も死ぬ時も、最終的には、1人だ。それでも、どんなに孤独でも、人は繋がりを求める。他者を求める。それが、どんなに完全に分かり合えないと分かっていたとしても。どんなに世間から受け入れられなかったとしても。そういう大切な根本に気がつかせてくれる作品だった。

私だって、たとえどんなに理解されなくても女の子が好きなコミュニティをきっとどこかで探していたと思う。昔の人は、こうやって細々と界隈を作り上げてきたのかなと想像するとなんだか凄い。こうして今徐々に世間で認知されて受け入れられるようになってきたのも、そうした先人の方々のおかげだろう。感謝感激。

それでも、この本を読んで、結局私は自分の知っている範囲の「多様性」、そして受け入れられる範囲の「多様性」しか認めていないんだなということを痛烈に実感してしまった。

私は自分を「マイノリティ」だと思って生きてきたし、私なんてまだその中ではマジョリティな方で、さらなるマイノリティに属する方々もいるんだと頭ではわかっていた。いや、分かったつもりになっていた。でもそんなの全然、分かってなかった。つもりになっただけだった。本来はそんな、生ぬるいものではない。

LGBTQ界隈にも最近はよく分からん横文字のラベリングが色々出てきているし、ポリアモリーとか、正直全然理解できない。ただの二股やん、とか。お互いのパートナーを貸し出すとかいうスワッピング?なんかも全然理解できない。特殊すぎる。小児性愛なんかも全然理解できない。普通にキモいし無理だと思う。異常だよと思ってしまう。でももしかしたら私も、見る人によってはそういう風に見られているのか?と思うと複雑だ。

でもきっと、そういう彼らは彼らなりに苦労を抱えているだろうし、出来るだけよそに迷惑をかけないようコミュニティを築いているかもしれないし、彼らは彼らなりに楽しんで、輝ける場があるのであればそれは全然良いよな、とも思う。もちろん、純粋な、他の人が被害を受けない範囲であれば、という話だけれど。

自分の好きなものを好きと言える相手がいれば、それだけで生きる意味を見出せるかもしれないよね。朝井リョウが、「生きることと死ぬことがあった時に、生きることを選べるような機会を少しでも増やしたくて書きました」っていうようやニュアンスのことを言っていたけれど、読み終わってみてなんだか納得した。

それがどんなにアブノーマルなものだったとしても、理解しようとしたり、ズケズケと領域に入って批判しようとするから害が生じてしまうのであって、「へえ、そういう人もいるんだね」くらいのスタンスで我関せずを貫いた方が良いのかもしれない。でも、それでもやっぱり、それでは済まないものもあると思う。明らかに被害者のいる小児性愛とかはそうはいかないし、正直理解もできないし、存在してほしくはないと思ってしまう。

そこの線引きってまじむずいね。答え出ないし、分かれないものというか、分かり合えないものは絶対的にある。結局、どんなに大切に言葉を紡いでもどこかの誰かを傷つけてしまうことにはなってしまうわけで、それはもう、生きている以上どうしようのないことかもしれないと思う。だからもう、理解し合える人と波長を合わせて生きていけば良いのかなと私は思うよ。ラジオのチャンネルを合わせるみたいな感じでね。

とりあえず、「多様性」とか言って分かった気になって広い言葉を使って、商業化して、エンタメとなって消費されて、自分の見えている範囲内で判断しようとするような、そんなペラペラの人間にはならないようにしようと思える。そういう自分の中の「多様性」という言葉に対するモヤモヤを言語化してくれたような気がしてスッキリ。

何が正しくて、正しくないかなんてその人の尺度でしかないからわからないし千差万別。私も、自分の正しさを押し付けることがないように生きていこうと思いました。

なんだか思うことがぐるぐるしてたくさん書いてしまった。長々とここまで読んでくれた方、ありがとう。ふう。

それから今日はなんだかんだで彼女と10ヶ月。長いようであっという間で、これから先も一緒にいたいと思う大好きな存在です。最近は毎日開けるのを楽しみにしている、丁寧に手作りしてくれたアドベントカレンダーに私はとても感激しています、いつもありがとう。こんなの作ってくれる子いる??愛を感じる。幸せだ。ありがとう(2回目)何回でも感謝の気持ちを伝えることを忘れずに生きたいですね。いつ死んでも良いように今を生きてこ。

明日からまた仕事、やだな。
ずっと土日でいいのに。(ずとにち)

まあでもいつも頑張っててえらい。天才。明日からものらりくらりとやりましょう。

ではまた。おやすみ。

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