未完の書ーその人は海の近くに住むー

電車を乗り継ぎ未完の書を買い取りたいお客様のご自宅へ向かいました。お客様のご自宅は海の近くにあり、潮風が仄かに香りました。今年は暖冬で冬の気配が全くない奇妙な昼下がりでした。

「ここですか。本を買いたいお客さんのおうちは」

優弥さんが何度も住所を確認し辺りをキョロキョロしました。

「そのようですね」

その家は古い洋館でした。おそらく大正か昭和にかけての建物です。ベルを鳴らすと50代くらいの女性が扉を開けました。

「お世話になっております。月歩堂と申します」

女性は少し怪訝な顔をしましたがすぐに「あぁ旦那様の…どうぞお入りください」と中へ通していただきました。

入ってすぐに大広間があり、そこに車椅子に座ったご老人がこちらを見据えて待ち構えていました。私は軽く会釈をしました。

大広間の奥にある窓が急にガタガタと音を立て始めました。たぶん海風だと思います。

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