石の本。雨の本。5

男が去って売上金を持ったまま今起きた出来事を整理できず呆然としていると千鶴さんが戻って来た。

「そろそろ終わりですね。店じまいの準備をしましょうか」

「あ、あの、千鶴さん」

「どうかしましたか?」

「あの本、売れました」

千鶴さんの口元が緩んだ。しかし、彼女はなるべく感情を表に出さないように努めていた。

「そうですか。お疲れ様でした」

私は千鶴さんに売上金を渡した。彼女はお金を受け取るとお礼を言ったが、お金自体にはあまり興味が無いようだった。その証拠に金額を確認せずに封筒に入れた。

古本市終了の時刻になり、私たちは会場を後にした。キャリーバッグが嘘のように軽い。色々疑問があるが本が売れてホッとした。

「お腹減りましたね。何か食べて帰りましょうか」

「宇都宮といったら、やっぱり餃子じゃないですか?」

千鶴さんがそれはいいですねと言ったので、私は美味しそうな餃子店を検索していると彼女が急に「あ!」と小さく叫んだ。何事かと思い彼女の視線の先を見ると骨董屋があった。

「ちょっとだけ、覗いてもいいですか?」

彼女の根っからの骨董好きに呆れながらも私は同意した。私も見知らぬ土地の骨董屋には興味があったのだ。

店内に入ると独特の黴の臭いが鼻をかすめた。しかし、私も慣れたものでこの手の臭いは気にならなくなっていた。千鶴さんはずんずんと店の奥まで周りをキョロキョロ眺めながら進んで行く。

店の奥には100年前のガマ蛙みたいなおやじがギョロリと私たちを睨みつけた。おそらくオヤジは私達を冷やかしだと思っているのだろう。

「これは…」

千鶴さんは一冊の和本を手に取った。本は随分古く所々破損していて状態は決して良くなかった。

「おじさん。この本、おいくらですか?」

「20万。」

「え、嘘ぉ」

私が思わず口に出すとオヤジは私をギョロリと睨みつけ「言っとくけど1円もまけないから。嫌なら帰ってくれ」としわがれた声で言った。私はその迫力に恐怖し、自分は石になるのではないかと思った。千鶴さんはというとふんふんと頷き本をじっくり見たり、ページをめくったりしている。

「これ、買います」

「え?本気ですか?」

「本気ですよ。今日は売り上げもあるし」

「それはそうですけど…」

彼女は封筒から1万円札20枚を出しオヤジに渡した。オヤジは目を細めながらお金を数えている。数え終ると「毎度」と言いビニール袋に本を入れ、千鶴さんに渡した。千鶴さんは礼を言い受け取った。

「あんた、見る目あるな」

店を出る間際、オヤジが千鶴さんにそう言った。彼女はペコリと頭を下げニコリと微笑み「お安くしていただき、ありがとうございます」と言った。私には何がなんやらわからなかった。

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