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なぜ私は三食しっかり食べるのか

 生きるために食べる、というのは親から教わる最初の行為であり、一日8回の授乳から定期的な食事は始まる。その次は昼夜のリズムが出てきたことで間隔は伸び始め、離乳食が始まるころには固形の食事が定期的に与えられる。いつしか母乳やミルクからは離れて固形の食事を摂るようになり、朝昼晩と三回の食事に帰結するようになる。おそらくこれが定期的に一定量のエネルギーを摂取するために最適な方法なのだろう。

 実際はどうだろう。時間がなくて朝ごはんを抜くとか、忙しくて昼ごはんを食べるのを忘れてしまうとか、疲れたから夜ごはんは食べずに寝てしまったという経験は誰しもあるのではないだろうか。そんな理由があって食べられないのは、ある程度は仕方ないと思うし、私も経験はある。しかしその時にいつも感じるのは”不安”なのだ。

「もしお腹が空いたまま、何か事故でも起きて食事ができない状態になってしまったら」と考えてしまうのだ。今後蓄えていた食事の分しか生存できないのであれば、直近まで食事をしていた人が生存確率はグンとあがる。そんな思いから、私は少しの暇を見つけて何でもいいから食事を摂取してしまうのだ。

 これは生存本能的には起きて然るべきことだろう。生き残るためには食べることが必要であり、空腹は死へのカウントダウンの開始と捉えられるからである。また栄養不足によって正常な判断ができなくなってしまうことからも生存確率は減るのである。これは、空腹を感じていない場合にも言える。

 結局私は食事に不安になっているのだ。そしてこの思考プロセスが、悪循環を引き起こす。「ちゃんと食べないと生き残れない」→「本当にこの量で足りるのだろうか?」→「もっと食べておかないといけないかもしれない」。そう考えて、私は一食の量が多くなってしまうのである。また、中途半端に食事をした際も、追加摂食をしなければならないという不安から食事をしてしまう。また一食抜かしてしまった場合には、他の二食で帳尻を合わせようとしてしまう。

 そうならないために、私は三食を満足したと思うまで食べる。空腹は罪だ。常に満腹で臨戦態勢でいなければならないのだ。




 私はこの考えを、正しいとは思わない。

 

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