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ねことチャイ

わたしはトルコの都市イスタンブルで暮らしていましたが、すごくいい町で、わたしの第二の故郷であります。

イスタンブルはいいところだ、と申しましたが、一体全体なにがいいのでしょうか。ごはんがおいしい、町が美しい、ひとが気さく、とかすべてが当てはまりますね。でも、わたしのなかでイスタンブルは、もっと素敵なところかもしれません。

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イスタンブルは、ねこが多い町です。一部には、ねこの母国がトルコ(アナトリア/小アジア)であるとする俗説も流布しているほどです。街区に住むひとびとが、毎日ねこたちに餌をあたえており、まさに町そのものがねこを養っているといっても言い過ぎではないです。道を歩いていると、向こう側からトコトコとあゆんで来る、ねことすれちがうのが日常です。ふとん屋ではふとんの上で、じゅうたん屋ではじゅうたんの上で、せっけん屋ではせっけんの束の上で、ねこたちは堂々と寝ています。外で食事をしていると、ねこがどこからともなくぴょいとやって来て、「なんかほしいなあ」という顔をしてきます。あげちゃいます。ねこの親子もよくみかけます。仲睦まじく暮らしている姿をみていると、なんともたまらない気持ちになります。

トルコの人たちも、ねこ好きが多いようです。老若男女みな、道端でねこを見かけると、ちょこっといじり、そしてちいさい笑顔を作ってその場を去ります。わたしはこういう場面に強い幸せを感じます。

あるトルコのひとに「日本てぇのはねこかふぇってぇのかあんだろ?」問われましたので、わたしは「そうだ。日本にはネコカフェがある。でも、この町にはそんな商売は成り立たないね。ここは町自体がネコカフェみたいなものだもんね」と返したことがあります。ねこに癒されにこちらが出向かなくても、人馴れしたねこがその辺を歩いているので、ちょっかいをかけなくても、見ているだけで幸せになります。なんというか、都市でねこたちも堂々と生きている姿になんだかほっとするのです。

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こうしたほっとする気分は、チャイハネからも感じます。チャイçayとはお茶のことで、ハーネとは家のこと、つまり、喫茶店のことです。トルコ人は茶葉の消費量が世界一なほどのお茶好きで、屋内外問わずにどこかしこでもチャイを飲みます。そもそもトルコの喫茶文化はコーヒー(カフヴェ)にはじまり、世界史上初めてのコーヒーハウスはオスマン帝国下のイスタンブルで誕生したとされます。20世紀初めにトルコ共和国ができて、喫茶文化の主流がコーヒーからチャイへ移ると、チャイハネ(お茶屋)が町の至る所でできています。茶淹れ人という職業がいまも成立しています。どんな店でもチャイは用意されていて、食後のチャイは必要不可欠です。チャイハネは、カフェのような形式のものもあれば、チャイしか売らない簡易的なものもあります。チャイハネは町のいろんなところにあり、わたしは気が向いたらふらっと入ってチャイを頼みます。かならず外で座って、ちっちゃなチャイグラスで年がら熱いのを我慢しながら、チャイをすすりますのが好きです。チャイを飲みながら、友人や家族と語らう時間、一人でゆっくり過ごす時間は、ほっとする癒しのひとときです。落ち着きます。そして、チャイハネでは楽しそうにワイワイ談義をしているおじさんやおばさん、若者を見かけます。何がそんなにも面白いのか知りませんが、すごく楽しそうです。見ているのもわたしも楽しくなってきます。こういう場面が町の至る所であるのです。

ねこも、チャイハネも、ぼくをすごく安心させてくれます。一瞬、こころにある荷物を置くことができるのです。こういう場および場面があることは、実は人間が健全に生きていくうえで必要ではないかな、と思います。

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