女性と軍隊−女性兵士は有益か− #卒論公開チャレンジ

目次

 

 

序論······························································································· p1

 

第一章 女性兵士増加の要因························································· p7

第一節 現状··············································································· p8

第二節 女性が軍隊へ入るメリット········································· p10

第三節 女性が入隊することへの反対意見······························· p12

第四節 自衛隊の女性達··························································· p16

第一章のまとめ········································································ p18

 

第二章 女性兵士増加の効果····················································· p19

第一節 女性は軍隊を変えるのか············································· p19

第二節 安全保障の観点から見た女性兵士······························· p22

第三節 年長の男性の敵は若い男性········································· p25

第二章のまとめ········································································ p26

 

第三章 結論·············································································· p27



序論

 

軍隊に性別があるとしたら、あなたはどの性別思い浮かべるだろうか。大抵の人は、軍隊の性別は男性だと答えるのではないだろうか。それはきっと、あなたの知っている「軍人」のほとんどは男性だからだ。しかし、我々が共通の認識として持っていた兵士=男性という等式が今、崩れようとしている。

2015年のアメリカでは、カーター国防長官がアメリカ軍内部での全戦闘職を女性に解放することを発表した。女性は、戦闘職につくことをこれまで制限されてきたのだ。しかしこの年、男性と同じ範囲での女性の軍隊への参加が、ついにアメリカでも認められた。この出来事は、なぜ起こり、どのような効果をもたらすのだろうか。

これまで、女性は男性よりも少ない範囲でしか軍隊と関わり持てなかったが、軍隊への参加を希望する女性の数は増加傾向にある。

 

第1次世界大戦中、およそ2万2000人の女性が陸海軍の看護部隊に看護師や助手として従軍しました。海軍ではさらに1万1000人が、速記者、事務員、通信士、伝言士、トラック運転手、兵器庫スタッフ、機械工、暗号解読士として働いていました。

 

第2次世界大戦になると、35万人の女性が婦人陸軍部隊や海軍婦人部隊に志願しました。現在、陸海軍に所属している女性兵士の数は1970年代に比べて5倍増加しました。[1]


 

軍隊に占める女性の割合が増えているのは日本でも同じだ。平成30年の防衛白書には自衛隊での女性職員活躍推進に関して以下のことが書かれている。

 

防衛省・自衛隊は、女性職員の採用・登用のさらなる拡大を一体的に推進するため、従来、「防衛省における女性職員の活躍推進とワークライフバランス推進のための取組計画」において女性職員の採用・登用について具体的な目標を定めるなど、意欲と能力のある女性職員の活躍を推進するための様々な取組を行ってきている。さらに、17(平成29)年4月、「女性自衛官活躍推進イニシアティブ─時代と環境に適応した魅力ある自衛隊を目指して─」(「イニシアティブ」)を策定し、女性自衛官の活躍を推進するための理念的な方針を明らかにした。[2]

 

日本軍と自衛隊を比較するのは難しいが、単純に組織内の男女比だけを見れば、日本でも女性の割合は増えつつある。このように、各国では軍隊内部での女性割合を増やす動きが見られる。

男性と同じ様に女性が軍隊に参加することはどの様な意味があるのか、という疑問の始発には、そもそもなぜ軍隊が男性優位な組織なのか、という疑問がある。これについて岩木秀樹氏は論文「ジェンダー的視座からみた国際関係論の権力と知-女性兵士と従軍慰安婦問題を中心として-」のなかで主権国家体制の整備は戦争と表裏一体であり、暴力に対して比較的優位にある男性が、主権国家体制成立の過程で国家の中心となり女性は公的政治から排除されたと述べている[HM1] [3]。そのため、女性はこれまで戦争の中心に関わることはなく、戦争に最も国民が関わることのできる組織である軍隊は男性がほとんどを占めてきた。この様な流れで、今の軍事組織には男性が多く女性が少ないという構図がみられる。

昨今、世界は男女平等を求める流れがある。例えば今の日本では、「「防衛庁男女共同参画推進本部」が設置され、「婦人自衛官」ら女子職員の採用、登用の促進、育児休業制度の拡充、セクハラ防止など男女平等の職場環境づくりに努めていくとされたが防衛庁のこうした一連の対応も、国際的な潮流と無縁ではない。」[4][HM2] 

このように、今までの歴史の中で戦争や軍隊というのは男性が担う役割だとして、女性は戦闘員として軍隊に所属することはなかった。このような歴史があるにも関わらず、近年女性兵士の数が増加しているのは、①軍隊側が女性に門戸を解放したこと②入隊を希望する女性が存在するという2つの理由がある。実際に、①の要因として日本では防衛省が

 

少子化・高学歴化の進行などによる厳しい募集環境のもと、育児や介護などで時間や場所に制約のある隊員が大幅に増加することが想定される。

こうした環境の変化を踏まえれば、自衛隊としても、従来の均質性を重視した人的組成から多様な人材を柔軟に包摂できる組織へと進化することが求められている。自衛隊において、現時点で必ずしも十分に活用できていない最大の人材源は、採用対象人口の半分を占める女性である。[5]

 

と、女性の採用を積極的にしていくとの記載がある。

アメリカでも同様に、米軍における女性への職業解放が起こった。このことについて佐藤氏、2015年12月4日のニューヨーク・タイムズの記事に基づいて、以下のように述べている。

 

米軍は、湾岸戦争後の 1994 年に従来の 「危険性基準」ではなく、「直接地上戦闘」の定義に基づいて女性に配置制限を課すようになっていたが、2013 年にこの配置制限を撤廃、原則として全戦闘職を女性に開放すると発表した。この時点では 22 万の職のうち10%程度が女性に閉じられていたが、アシュトン・カーター国防長官は2016 年より女性は全職種に就くことができると発表した。 こうした変更は、女性の戦闘職排除が実質的に機能しなくなったことを背景にしたものでもあった。すなわちイラクやアフガニスタンにおける戦争で多数の死傷者がでているにもかかわらず、 女性が「戦闘員」でないとみなされることで被ってきたさまざまな不利益に対処するための措置でもあったのだ。また、志願兵集めに苦労している米軍にとって「能力と技量を持った人材の半分を 占める女性を国の防衛の任務から除外する余裕はない」というカーター長官の言葉も注目に値する。[6][HM3] 

 

と説明している。このように、米軍内でも女性の雇用について人材の不足に触れている。

また、②の「入隊を希望する女性の存在」については、平成12年度から平成26年度年度までの『防衛白書」に記載のあった各年度の「自衛官などの応募および採用状況」[7]より自衛官候補生に応募した女性の応募者数・女性の合格者数・女性の倍率の推移グラフを作成した。

 

 

このグラフから、女性自衛官の倍率が8.2倍だった1998年でさえ、5409名もの女性志願者が存在し、2020年までに志願者の数にそこまでの変化はないが合格者数は662人から1413人と倍以上に増加し、倍率は4.1倍にまで下がったことがわかる。

以上のように、女性の志願者は昨今の人材不足に陥る以前より多くいたことがわかる。軍隊側が女性に門戸を解放する動きが、自衛隊に志願する女性を入隊させた結果、近年、女性兵士の数が増加しているのだ。

女性兵士問題の先行研究では、シンシア・エンローが『策略:女性を軍事化する国際政治』[8]のなかで女性の軍事化が非常に目につきにくい、ファッションやアメリカでの公教育の軍事化のようなプロセスでなされていくと述べた。このような、目につきにくいプロセスでの軍事化が影響して入隊を希望する女性が増えたと説明している。その上で、フェミニストたちの間で「軍隊への女性の参加が一級市民権へのステップであるか」という問題が長い間議論され続けているとした。

一方、佐藤文香氏は論文「軍事化される「平等」と「多様性」-米軍を手がかりとして-」[9][HM4] のなかで女性の軍への包摂欲求の理由として、「国民国家が市民権と兵役をセットにすることで、軍隊に参与できる者を頂点に「国民」は序列化されたのである。人種、ジェンダー、セクシュアリティを理由に軍隊から周縁化された人々は このヒエラルキーの下位におかれ、それゆえ、軍への完全なる包摂を主張してゆくこととなった。」と述べている。軍隊のジェンダー政策に関して、フェミニズムがどの程度影響したかについてはフェミニストの間でも見解が分かれている。そして、それぞれの研究では、女性が軍隊へ包摂されていく過程を女性(フェミニスト)の目線から解説している。

これまでフェミニストたちは女性が軍隊に男性と同じように関わることで女性の人権の強化につながるという議論がされてきたが、本論文は、女性が軍隊に大きく関わる様になることは他にどの様な意味があるのか検討する。「女性の軍隊参加を「フェミニストの勝利」とするような言説」[10] がある一方で、女性兵士の増加はフェミニストではない、一般の人々にはどのような影響を与える可能性があるかを考察する。「武力紛争化における女性の問題は、これまでもっぱら「被害者」として構成されてきたが…この問題構成は、女性=平和主義者pacifistというジェンダー本質主義を根底からつきくずす。」[11]という上野千鶴子の言葉にも見られるように、女性兵士問題については、フェミニズムの流れから離れ、社会に生きるさまざまな人との関わりのなかで議論されるべきだ。

そのため、この論文では、女性兵士増加の①要因と②効果について社会学の観点から考察する。第一章では、女性が軍隊に入る要因をフェミニストの考えと、実際に入隊したものの意見をもとにまとめ、女性が軍隊へ入隊することで得られるメリット、入隊への反対意見とそれに対する反論をまとめた。第二章では、3つの観点から女性が軍隊内で増加することでの効果を推測する。1つ目は、軍隊は女性により変化するのかということだ。2つ目は、女性が軍隊に入ることで安全保障はどのように変化するかということについて、3つ目は、家父長制を打ち砕く女性兵士増加は、他にどのようなメリットをもたらすかということについてだ。以上の構成で、軍隊内で女性兵士が増加することの効果を論じる。

 


 

第一章 女性兵士増加の要因[HM5] 


 

女性兵士増加の要因を探る前に、これまで女性兵士問題が議論されてきた「フェミニズム」とは何なのか、その歴史をここで紹介しておく。

フェミニズムは、これまで大きく分けて3つの大きな波があった。一つ目は1840年代に起こった、女性参政権獲得に向けての第一派フェミニズム、二つ目は1950年代に起こった、女性の権利拡張を求めた第二波フェミニズム、三つ目は1980年代以降になって、女らしさを押しつけられるのを拒否し出した第3波フェミニズムが登場したというのが、フェミニズムの歴史だ。

第1波フェミニズムは世界中でまだ女性への参政権が付与されていないことに対しての動きであった。ヨーロッパやアメリカだけでなく世界中で、日本でも同時多発的に起きた。始まりは1848年、アメリカ東部のセネカ・フォールズで開かれた集会で女性参政権を求める宣言が出されたことと言われている。

第2波フェミニズムは、女性参政権を獲得した後の文化や社会のなかで起こった。女性が「女性らしく」と言われる社会に深く根を張る意識や習慣のなかで発生した性差別に問題意識を持ち、性別役割分業の廃絶、性と生殖における自己決定権などを主張した運動である。日本でも、田中美津による「便所からの解放[HM6] 」(1970)がビラとして配布されるなどした。

第3波フェミニズムは第2波フェミニズムの効果が見られ始めたなかで起こった。男女の賃金差が改善され、女性の大学進学率も増えたなかで、「女」として一くくりにされるのではなく、「私らしさ」や「多様性」を尊重してほしいという潮流だ。

これらの「女性たちによる」女性のためのムーブメントを踏まえ、世界では女性のための権利を保護する動きがあった。1979年12月18日「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(Convention on the Elimination of all Forms of Discrimination against Women)が第34回国連総会で採択され、日本も1980年7月17日に署名をした。また、女子差別撤廃条約の実施に関する進捗状況を検討するため同条約第17条に基づき設置され、1982年4月、同委員会委員の第1回選出が行われた[12]

1995年9月には第4回世界女性会議にて北京宣言が宣言されるなどした。国連の機関としては女子差別撤廃委員会、国連女性の地位委員会(CSW)、世界女性会議等、UN Women(国連女性機関)、女性のエンパワーメント原則(WEPs)、国連総会第3委員会、女性と平和構築、国際女性の日、その他国連会議が設立されている。

これまで、フェミニズムは以上の流れで時代に即した男女平等を訴え続けてきた。その中の一つが今回取り上げる女性兵士増加問題だったのだ。男性と「平等」な兵士になる機会を女性にも与えるべきか、それとも女性はその「性別役割」から世界を平和に導くべく戦争そのものに反対するべきかというのがこれまでの争点だ。

 

第一節-女性兵士問題の現状

 

軍隊の女性は序論で紹介した通り、軍隊内に女性が占める割合は依然として低いまま(イスラエルは例外として32%だが、ニュージーランド・南アフリカ・アメリカ・オーストラリア・カナダ・ブルネイの国で10%台前半、その他の国では10%以下[13])だが、その割合は増加傾向にある。現在、各国の軍隊内で女性兵士の割合が増加している共通の理由について、若桑氏は「少子化による若年人口の減少、男性の軍隊忌避、軍事技術の革新がある。」[14]と述べている。これらの共通の背景は、実際に、軍隊に入る世代の間でどのような議論を巻き起こしているだろうか。佐藤氏は軍事任務に対する男女の参加のあり方をめぐっての最近の3つの議論について述べている。

①アメリカでは、議会が女子徴兵登録を退け、男子のみの徴兵登録を決定すると、全米最大のフェミニスト組織N O Wがこの決定を性差別に基づいた意見判決だとして裁判に持ち込んだ。そして、湾岸戦争の最中に、女性兵士の戦闘参加を認めさせようと、「戦闘における女性に関する決議」を提出した。

②韓国では、兵役を終えた男性が公務員採用試験を受ける際3~5%の加算点が与えられていることに裁判所が「除隊軍人支援法」におけるこの「優遇措置は女性や障害者の平等権を侵害している」との判決を出すと、男性側からの猛反発が起こり、「兵役義務は男子だけ」との規定を持つ兵役法こそ、憲法で保障された平等権を侵害し、「兵役は男の幸福追求権と尊厳を無視している」として、兵役法の改正を求める動きも起こっている。

③ドイツでは、それまで戦闘分野以外の音楽隊などしか女性兵士の参加を認めていなかったが、武器の取り扱いを認め、男性同様戦闘行為への参加を認める方針を固めた。ドイツでは、18歳に達した男子には兵役を課しているが、女子に兵役の義務はなく志願制の形を取っている。そして、憲法は女性保護の観点から「いかなる場合にも武器を扱う任務に従事してはならない」と定め、女性の武器使用を禁じてきた。これに対し連邦軍に採用拒否されたドイツ人女性が訴えを起こし、ルクセンブルクの欧州司法官が「独基本法は男女平等を定めた欧州連合の原則に違反する」との判決を下した。[15]

 

以上のように現在の女性兵士問題については、女性兵士の割合は低いままではあるが増加傾向にあり、その理由は人材不足・男性が以前より入隊を拒む・武器の進化であったということがわかる。また、現在起こっている注目すべき議論の争点は①男子のみの徴兵は性差別であるということ②除隊軍人の特権は、女性に対する平等権の侵害であるということ③男性のみの兵役は男性の幸福追求権を侵害しているということ④軍隊での女性の採用拒否は男女平等に反しているということの4つだ。これらの現状を踏まえて、まずはなぜ女性が入隊を望んでいるのかについて、入隊することのメリットについて述べる。

 

第二節-女性が軍隊に入ることでどのようなメリットがあるか

 

第一章の第一節で説明した最近の韓国の議論にもあったが、兵役というのは、男の幸福追求権と尊厳を無視しているという意見に見られるように、入隊することは肉体的にも精神的にも負荷がかかる。ではなぜ、女性たちは軍隊への包摂を望み、声をあげているのだろうか。入隊することのメリットとして、上野氏は次のように述べている。「兵役経験者はどの国でも、手厚い福祉の受益者となってきた。傷痍軍人年金はもとより、恩給や年金の受給、公務員への優先採用、上級学校への優先進学や奨学金の給付など、さまざまな特典が退役者には伴っている。」[16]これらのことから、軍隊への包摂欲求のある女性たちは退役後の市民的特権を求めていたことがわかる。第一節でも取り上げたように、「除隊軍人の特権は、女性に対する平等権の侵害である」という意見は多くの女性の間で注目すべき議論なのだ。手厚い福祉という市民的特権が与えられる職業である兵士が、男性のみ入隊可能であればもちろん、男性のみに偏って市民的特権が与えられることになるのだ。例えば、経済的に恵まれない男性が、経済的安定や進学を求めて入隊するのなら、経済的に恵まれない女性も入隊したいと考えるのは自然なことだ。軍隊の市民的特権が男性に偏って与えられることは、確かに女性の経済を無視していると言える。 

「除隊軍人の特権は、女性に対する平等権の侵害である」と主張するフェミニストの組織としては、全米女性機構(NOW)や女性平等アクションリーグ(WEAL)などが挙げられる。また、入隊における市民的特権を求めた女性たちは、入隊が市民権と結びついていると考えていた。「9.11後に市民権取得が困難になるなか、ブッシュ政権は2002年の移民法で、入隊と引き換えに市民権取得を可能にするとして「グリーンカード兵士」を大量に発生させた。」[17]このことからも、兵役と市民権がセットになって考えられていたことがわかる。

男性に比べると、人権が守られていなかった過去がある女性にとって、入隊することで男性と同じ市民権が得られる。男性並みに生活できるというのはとても大きなメリットであった。それから、若桑氏は「1990年から1991年の湾岸戦争では、かつてないほどの女性兵士が戦争に参加した。その数は当時の現役軍人の12パーセントを占めるほどでその中でも女性下士官の47パーセントがアフリカ系アメリカ人だった。」[18]と述べている。黒人女性はアメリカでの参政権が最後に付与されたグループだ。人権を侵害されているグループが、市民権を得るために入隊することを望んでいたということがわかる。兵役につくということは、市民権を得て、「男性と同じような」生活ができるチャンスだったのだ。

折井美耶子氏は、『20世紀の戦争とは何であったか 戦争と女性』[19]のなかで、「国民皆兵」という当時の国家の姿勢の中で兵士になったのが男性だけであったことから女性は半国民の状態に置かれていたことを説明している。また、佐藤文香氏は論文「軍事化される「平等」と「多様性」-米軍を手がかりとして-」のなかで「国民国家が市民権と兵役をセットにすることで、軍隊に参与できる者を頂点に「国民」は序列化されたのである。人種、ジェンダー、セクシュアリティを理由に軍隊から周縁化された人々は このヒエラルキーの下位におかれ、それゆえ、軍への完全なる包摂を主張してゆくこととなった。」と述べている。

フェミニストたちは通常生活の中で男性に比べ権利の弱い立場にいた女性は、軍隊に入ることで男性と同じ権利を持つことができるようになるから、女性も入隊すべきだと考えたのだ。

 

第三節-女性が入隊することへの反対意見

 

女性の人権拡大のために、女性の入隊を望むという声があった一方で、女性の入隊に反対する意見もあった。これらの意見は大きく分けて2つに分けることができる。

まず一つ目は、女性と男性では、生まれつき身体的な特徴に差があり、男性の方が戦闘に向いているため、女性は入隊すべきではないという意見だ。「女性の身体的特徴が戦闘に限界を持っていると言われる。身体的強度の性差として上半身の筋力の弱さが指摘され、妊娠・生理・子育てなどの生物学的特質にねざした役割が、女性が戦闘にふさわしくない理由」[20]としてあげられている。

この、「生物学的特質に根ざした役割」について説明すると、1970年代にフェミニズムは、生物学的な性差と文化的な性差を区別しようと「セックス」と「ジェンダー」という言葉で性差に区別をつけた。この結果、生物学的な性差には誰もが目を瞑り、文化的に作られた性差を是正しようという動きが活発になっていった。この、1つ目の理由としてあげられる女性の肉体的な特徴を理由とする軍隊からの排除は、まさに1970年代の生物学的性差に基づく意見だ。しかし、この後1980年代には、生物学的性差と文化的性差について批判的な意見が多数挙げられた。それは、「ジェンダーを「社会的・文化的性差」としてセックスと区別すること自体が、セックスを無傷なままに「自然」の領域へと放逐してしまった」ということだ。具体的には、文化よりも先行していると考えられていた生物学的性差(セックス)が、実は文化やジェンダーの言説によって構築されているのではないかという批判があるのだ。そして、一般的にも「男性と女性では、男性の方が筋力があるので兵士に向いている」という意見は理解され疑問を持たれないことが多いだろう。

女性を排除する意見の2つ目は、女性は元来、戦争とは真逆の平和を担う役割だから入隊すべきではないという意見だ。女性は戦争を嫌い、平和を守るのだという立場の意見は以下だ。「伝統的に女性と平和を結びつける平和団体は、女性の真のたたかいは兵隊になることではなく戦争に反対することだと当然考える。…(中略)女性は「戦争がこわいから」戦争に反対するのは当然だということになるか、あるいは母親が平和を望むのは母性愛からして当然だというわけだ。つまり、戦争に反対し、平和を望むのは女のジェンダー役割となり、戦争を望むのは男のジェンダー役割となる。」[21]アメリカでは、第一次世界大戦期にフェミニストたちが反戦運動をしていた。アメリカのフェミニズム運動史を研究する栗原氏はニューヨーク市女性平和党が個人の犯すことのできない人権の尊重、軍国主義批判、国際主義をアメリカの目標とするとして反戦を主張し続けたと述べている[22]

このように、女性は①「生物学的性差」により男性よりも兵士に向いていないという理由、②女性は生別役割が「平和」であるため、兵士になるというのは女性として生まれてきたからにはあり得ないという意見で入隊を反対されていた。

しかし、女性を軍隊から排除するためのこれらの意見は既に“生物学的に”反論されている。

先に述べた身体的特徴を理由とする女性入隊反対意見に対して、佐藤氏は以下のように述べている。

 

身体的強度の平均値の差は、全ての男性が全ての女性よりも優れていることを意味しない。もし、身体的強度が必要であるとするならば、選別の基準を特定の基準値に設定すればよい。また、テクノロジーの発展や兵器の小型化によって身体的強度の弱さを補うことも可能である。妊娠可能性を理由に全ての女性を特定の職から排除することは、男性がインフルエンザや性病にかかりうる可能性を理由に排除されるのと同様に妥当とは言えない。生理によって女性の行動が不安定になるという主張については、大半の女性の行動は生理によって変わらないことが確認されていることに加え、女性の生理は過度なストレスや激しい訓練で止まること、男性にも生理的・心理的サイクルが存在することが明らかにされつつあることから反論が可能である。[23]

 

以上のように、生物学的性差を理由に女性の入隊を拒む意見に対しては、身体的強度を求める場合に男性と女性で線引きをすることが妥当でないことが証明された。優れた身体的強度を持つ女性と、身体的強度の弱い男性では、もちろん、優れた身体的強度を持つ女性を入隊させるべきだ。

また、女性が平和を望むジェンダー役割を担っているという意見に対しては、以下のような形で反論されている。

 

女性は暴力的であり得る。のみならず戦争好きでもあり得る。歴史は女性集団の恐るべき暴力性を証言している。ナタリー・ゼーモン・デイヴィスは中世における一揆や暴動で女性たちが凄まじい暴力を解き放ったと書いている[24]。男性の歴史家はこの挿話を好まないが、フランス革命の時にバスチーユに向かった民衆の暴動には女性が大勢いた。歴史家たちがこれを評価もせず、価値付けもしないのは、女性の暴力は規律を守り、理性的に行動することを教えられていなかった結果の常軌を逸した非政治的行為だとみなされたためだ。また男性たちは、女性を無力で男性に保護してもらうアンドロメダだと思いたがっているので、それを例外的で突発的な事故だと思いたがる…女性にも戦争ができるが、家父長制社会ではそれはジェンダーの秩序を破壊するものとして禁じられ、たまさかそれが出現した場合には、無秩序または権力への叛乱と解釈されたということである。その過小評価の原因は、男性が軍隊や戦争を「男と男だけの、男らしさの究極の聖域」と見ていたからだ[25]

 

このように、女性が平和を望んでいるとは限らないということが言える。以上の二つの反論を見ると、今まであたかも正当な理由であるような形で浸透していた女性を軍隊から排除するための理由というのは、時が流れて正当性を失った。これで、女性が軍隊に入ることへの物理的な壁は無くなった。

 

第四節-自衛隊の女性達

 

ここまで、女性が軍隊へ入ることについてフェミニストたちの議論や女性を軍隊から排除するための理由、それに対する反対意見を見てきたが、実際に入隊した女性兵士は、これまでに出てきたフェミニストたちと同じような考えで入隊しているのだろうか。入隊する女性は皆フェミニストの思想を持っているのだろうか。航空自衛隊による雑誌『空女』には、婦人自衛官の志望動機が書かれていた。「災害時に活躍する自衛官の姿を見たり、自衛官である兄の話を聞いたりしているうちに、自分も人の役に立つ自衛官になりたいと思うようになり、入隊を決意しました。」[26]、「国際貢献など、人とつながり、人の役に立てるという点に興味を持ち、防衛大学校を受験しました。」[27]、「大学3年の時、東日本大震災での災害派遣で活躍する自衛官を見て入隊を決めました。」[28]、「自衛隊がPKO活動で注目されるようになり、自分も国際貢献に携わる仕事をしたいと思い入隊しました。」[29]

などとこのように、入隊理由に女性の権利拡張や男性と同じ市民的特権を得たいという内容を述べるものは見当たらなかった。しかし労働者階級の志願者が優勢であるアメリカでは、女性たちの入隊理由はもっぱら経済的な理由にあると言われている[30]。この、経済的理由については、男性と女性を比べていたかまではわからないがフェミニストたちの議論にもある、「市民的特権」の分配を望んでいたとも取れる。

また、婦人自衛官の志望動機を婦人自衛官教育隊が調査した結果によると、「「自分の意思」で自衛隊を選んだものが77.9%で、入隊動機については「自衛官にあこがれた」が7割、「心身を鍛錬する」が6割、「安定した職業として」5割、「国や社会に尽くせる」、「技術を身につけたい」4割、「他の人に勧められた」1.5割、「待遇が良い」0.8割、「他に適当な職業がなかった」0.3割の順番に[31]」なっている。また、佐藤氏の行ったヒアリング調査でも、自衛隊の女性の志望動機として「経済的要因について語る多くの女性自衛官が登場」[32]していた。

このような調査では、回答項目をどのようにカテゴリー化するのかによって得られる結果が変わるようにも思えるため、実際に婦人自衛官たちの多くが理想の自衛官像を目指し、国のために自らを捧げるといった勇敢な動機で入隊したかは定かではないが、少なくともこの調査を行った陸上自衛隊の婦人自衛官教育隊は、フェミニズム的な動機があることは想定していないと推測できる。フェミニストたちが、女性兵士の増加について、フェミニズムの影響がどれほどあったか、また、それが女性の権利拡張にどれほど影響するかを議論したところで、女性兵士を目指す女性たちはメディアの影響や経済的要因を受け、軍隊に魅力を感じ、入隊することがほとんどである。今回の調査結果も、自衛隊に入隊した女性たちは災害派遣やPKO活動で活躍する自衛隊を見て憧れたことが入隊理由としてわかった。以上のことからも、女性兵士問題はフェミニズムの視点を離れて議論されても良いのではないかと考える。 

 

第一章まとめ

 

女性兵士増加問題は、フェミニズムの大きな枠の中で議論されてきた一つの問題である。そんなフェミニズムの枠の中で男性と「平等」に兵士になる機会を女性にも与えるべきか、それとも女性はその「性別役割」から世界を平和に導くべく戦争そのものに反対するべきか、ということを議論されてきた。

そして、女性兵士の増加に積極的な立場を取るフェミニストたちは通常生活の中で男性に比べ権利の弱い立場にいた女性は、軍隊に入ることで男性と同じ権利を持つことができるようになるから、女性も入隊すべきだと考えた。

これに対し、女性と男性では生物学的性差があるため、女性は兵士に向いていないという意見と、女性の本来の性別役割は「平和」の推進であるために女性は入隊すべきでないという女性を軍隊から排除する目的の意見があった。これに対して、身体的強度で入隊するものを選ぶのならば男性と女性という性別二分法で分けるのではなく、身体的強度を測るテストを行えば良い上に、生理や出産が妥当な女性拒否の理由にはならないこと、女性が平和を望む性別というのは根拠がないことから、女性を軍隊から排除するための理由は正当性を失った。これにより、女性が軍隊に入ることへの物理的な壁は無くなった。

そして、実際に自衛隊で働く女性たち多くは、入隊理由を理想の自衛官像を目指し、国のために自らを捧げるといった動機や、経済的な要因だと答えた。このことは、質問のカテゴリーが少なかったことから有力な証拠とは言えないが、少なくともこの調査を行った婦人自衛官教育隊という自衛隊内の組織では、フェミニズム的な動機があることは想定していないと推測できる。経済的な要因については男女間の経済格差の是正を望むという意図も潜んでいる可能性はゼロではないが、今回の調査ではそのような表現をする女性自衛官は見当たらなかった。これらのことから、女性兵士増加問題はフェミニズムの影響がどれほどあったか、また、それが女性の権利拡張にどれほど影響するかという議論だけではなく、フェミニスト以外にはどのような効果があるかという部分についてフェミニズムの視点を離れて議論されても良いのではないかと考える。

 


 

第二章 女性兵士増加の効果

 

ここまでで、現在女性兵士は増加傾向にあるということ、女性兵士増加の要因について説明してきた。ここからは、女性兵士が増えたことによる効果はどのようなものが考えられるかについて考えてみる。

 

第一節-女性は軍隊を変えるのか

 

軍隊内部に女性が増えることで、軍隊は女性によってその性質が変わるのか、それとも軍隊が女性を変えるのかという疑問がある。

ここではまず女性と戦争の関係を検討するため、女性議員と戦争の関係について、現在武力紛争が起こっている国と現在国内で武力紛争の起こっていない国の女性議員の割合を比べてみた。国際統計サイトのGLOBAL NOTE[33]では、2020年1月1日時点で国会に占める女性議員の割合をパーセンテージで示してあり、二院制の場合は両院(上院・下院)を合計した女性議員比率を算出していた。以下がそのデータを参考に作成した表だ。

 

 以上のデータから、私は、現在武力紛争のある地域の方が女性議員の割合が高いため、女性議員と武力紛争に関係があるのではないかと考察した。第二次世界大戦参加国(現在は内戦無し)の国11か国の女性議員割合の平均は約29%で、内戦国の女性議員の割合平均は14.78%であった。ちなみに日本では戦後1945年に女性を含む普通参政権が認められたので、それまで女性の議員は存在しなかった。また、アメリカでは1920年に連邦憲法修正第19条により女性参政権が認められている。アメリカでは最初の女性国会議員としてジャネット・ランキンが有名だが、彼女は唯一アメリカ合衆国が第一次・第二次大戦に参戦することに反対したことも女性政治家と戦争の関わりにおいては重要な出来事である。以上のことから、男性議員が国会の多くを占める場合、その国家は暴力という手段に頼りがちとみることもできる。

また、議会における女性議員の占める割合が増えた国家では、第二次世界大戦以降の戦争がないことも政治の意思決定としての“戦争”が男性的な決定であると考えることもできる。政治の意思決定の場に女性が増えたことで、政治の手段としてもっとも暴力的な手段である戦争の回数を減らす効果があるのではないか。女性議員の比率の高い議会では、男性比率の高い議会以上に女性・子供・家族関連法案を可決させる[34]。戦争という手段を取ることは他の外交手段よりもコストがかかるため、国家予算を軍事費ではなく福祉へ回せば、女性が家父長制の産物であるケア労働(介護・育児)へかける時間も減らすことができる。これらの理由も、女性議員が増えることで軍隊出動の戦争機会を減らす理由につながるのではないかと私は推測した。

しかし、女性は軍隊を変えるのかという問いに対して岩木氏は以下のように述べている。

女性が軍隊を変えることはほとんどなく、むしろ軍隊が女性をも変えてしまう結果となることが多かったのである。軍隊が戦闘を目的とする組織である以上、軍隊に「完全な人道性」を求めることは、そもそも矛盾している。そうであるならば、女性兵士が増大しても、軍隊が完全に「民主化・人道化」されるとは考えにくく、むしろ逆に女性兵士が従来の軍隊文化に染まってしまう可能性の方が高いのである。[35]

 

さらに、以上のことに加え「女も男並みに軍隊に入って戦うのではなく、非人道的な軍隊や国家を解体する側に立つ必要がある。」[36]とも述べている。平和な社会を創造する事を目的とした時、女性が軍隊内部に兵士として入ることで平和を実現できる可能性は低く、外部から解体する立場を選ぶことで平和が実現されるというのだ。女性兵士が増えたことによる効果は、平和の実現という観点から見ると効果はないようだ。

以上のことから、女性兵士増加が軍隊の戦略を変えるということは考えにくい。では、女性兵士の増加はどのような影響を及ぼすのだろうか。

 

第二節-安全保障の観点からみた女性兵士

 

次は、女性兵士の増加は安全保障という観点からどのような効果をもたらすかを考察する。

女性はこれまで、自らの安全保障に直接的に関与することはなかった。これまでの安全保障の問題としては、国家安全保障を求めるあまり武力行使が行われ、その結果「一般市民、とりわけ女性と子どもが、難民および国内避難民を含む、武力紛争により不利な影響を受ける者の圧倒的多数を占めており、またますます戦闘員や武力装置により標的とされて」[37]きたという経緯がある。そして、家父長制の定義でも触れたが、保護されるものとして扱われてきた女性は、自分たちを自衛するという手段を選ばない。そして、保護するものの立場に女性がいないため、女性は被害を受けやすい。このことについて、J・アン・ティックナーは「国家の安全保障問題を考える時、私たちは過去から現在に至るまで、もっぱら男性的であり続けている領域に足を踏み入れることになる。一方で多くの女性が、国際的な安全保障に関心を示し、合法的と考えられている国家の行動を支持するけれども、国家の安全保障の利害を提示したり防衛したり推進する事は、男性の任務である。」[38]とし、男性は、外交官や兵士になることで自らの安全保障(国家)に直接的に関わってきた一方で「安全保障における女性の役割は不明瞭なままである。女性たちは男性に守られる存在として定義されているため、自ら防衛に関与することは、いっさいないのである。」[39]と述べている。そして、「こうした性的階層性や、階級や人種に基づく階層性が崩壊し、女性たちが自らの安全保障に関与するようになるまでは、真の意味での包括的安全保障システムを作り出すことはできない」[40]という意見を述べている。

今まで女性は戦争で敵国に暴力を振るったり受けたりすることはなかったが、暴力を受けることはあったことから暴力に階層性や支配・服従の関係性を見出し、女性が兵士として活躍することは女性が自分達自身の安全保障の問題を引き受けることができる状態になるということだ。人間の安全保障を達成するためには、現段階で「保護されるもの」をジェンダー役割としてさせられている女性を、「保護するもの」の立場にもおかなければいけないということは安全保障理事会でも決定されている。「紛争の予防および解決並びに平和構築における女性の重要な役割を再確認し、また平和と安全の維持および促進のあらゆる取組における女性の平等な参加と完全な関与の重要性および紛争予防と解決に関わる意思決定における女性の役割を増大する必要」[41]がある。

女性が自らの手で安全保障に関与できない社会の危険性について、ティックナーは以下のようにも述べている。「軍事化された社会で、女性は強姦の危険に晒されやすく、ドメスティック・バイオレンスが軍属の家族や重要な兵役についている男性のいる家庭のいる家庭で起こる頻度が高いという証言もある。公的暴力の大半は、男性が男性に対して行うものであるが、公的場所での暴力をより強く感じているのは女性の方である。ジル・ラドフォードは、女性が外で一人歩きすることを危険だと感じる場合、女性の平等な就職の機会もまた制限されると指摘する。ある調査によると、女性に対する暴力は、経済不況の時に増加する。国家が軍事支出を優先させたり、負債や資源の枯渇を意識している時には女性に対する暴力が頻発する」[42]これは、保護するもの・保護されるものを、男/女で分けたために、女性が保護されるものというポジションから脱却できずに、いざ保護するものが女性を保護しなくなった時に女性が自衛できないという危険性について説明している。このような前提を踏まえると、女性兵士が増えることは女性が自らの安全保障に関わる機会を新たに得ることができるというメリットがある。

また、防衛省が平成29年に作成した『女性自衛官活躍推進イニシアティブ』の中には、以下のような記載がある。

 

自衛隊は、女性自衛官をこれまで以上に必要としている。

グローバルなパワーバランスの変化や技術革新の急速な進展をはじめとした諸要因により、我が国の安全保障環境はいっそう厳しさを増している。これに対応して自衛隊の任務が多様化・複雑化する中、自衛官に期待される資質としても、従来の強靱な体力や高い即応態勢に加え、任務の多様化による作戦形態の変化や軍事技術と防衛装備品の高度化などに対応できる、高い知識・判断力・技術を備えた多面的な能力が求められるようになっている。[43]

 

このように、実際に防衛省の立場からも女性の雇用に関して安全保障の環境を要因とするコメントも出ている。

 以上のことから、女性兵士が増加することで、 “人間の”安全保障の達成に近づくのではないかということが言える。具体的には、戦争時や災害時の女性への犯罪の減少や、被害者へのケアの拡大が期待できると考えている。

 

第三節-年長の男性の敵は若い男性

 

「戦争はやがて権力闘争の相手となるべき成長期の青年を抹殺したいという成人男性の欲望から派生する」[44]という説がある。これは一体どのようなことなのだろうか。若桑氏は、成人男性の敵としての青年について以下のように述べている。

 

成人男性は、友であるというよりむしろ従属と支配の関係にある男同士で結束するが、敵である男性は抹殺することを望む。特に年長の男性が、若い男性を従属させ支配したいという欲望は家父長制の柱である。若いオス、やがて自分の財産、地位、女を奪う可能性を持つ若い男は一般的に成人男性の「敵」である可能性が高い。肥満した60代の政治的権威が戦争の司令を出し、夥しい数の若い男性が死体で帰還する状況を見れば、この心理分析の妥当性が信じられる。老醜のラムズフェルド長官[45]注は、イラク戦争開始以後の米兵の使者が千人を超えたことを記者に聞かれて、「戦争にはどんなことでも起こるさ、何も特別なことじゃない」と両手を広げた。そういう心理から見れば、戦争で若い女性が兵士として大量に死ぬことは成人男性の望むところではないだろう[46]

 

このことを踏まえると、女性兵士が増加することは、政治家が年長の男性だとした場合に、死者を出さない戦術を考えるきっかけにもなるだろう。

このような状況を生み出す家父長制の定義は、若桑氏によると「第一に、年長の男性による女性及び若年、子供の支配と権力の独占と定義される。また第二に、それは政治、経済、社会、文化の各領域における権力の中枢からの女性の排除と「終焉化」でもある。第三に、それは家長による女性の再生産力(子供を産む事)と性的な身体の「私有」と、家庭への「囲い込み」を意味する。第四に、それは男性による公的領域の独占、社会的なことがらの意思決定、例えば戦争などの重大な行動の意思決定などが、男性によってなされるという、社会や国家における「男性の主流化」を自然なこととして継承してきた。第五に、それは教育、文化、道徳によって、力で支配する「男らしさ」、男性に従属する「女らしさ」という強制的な「人格の制度化」」[47]である。従属する立場の女性が兵士になったところで戦争時に死者が増えないとは限らないが、もし若い男性を家父長は敵と見なすのならば、戦争による死者を減らすために兵士は若年男性で構成されるべきではないと言える。

 

第二章まとめ

2章では、女性兵士が増加することでどのような効果があるのか、軍隊が男性で構成されていることの危険性について論じた。その中で、女性議員の増加は、平和の構築につながる可能性があるが、女性兵士は軍隊の戦略を変えるということは考えにくいということがわかった。また、安全保障の観点からは、国連での決議や防衛省のレポートからも間違いなく女性兵士の存在が女性の安全保障につながるということが言える。最後に、戦時に兵士が男性多数で構成されていて、年長の男性が指揮をとっているような場合、家父長制やホモソーシャルが理由で、若年男性が多く戦争の犠牲になることを厭わない戦略を取られる可能性があるということがわかった。

 


 

第三章 結論

 

本論文では、女性兵士増加の問題が現在フェミニズムの視座から議論されていることを疑問とし、女性兵士の増加は国民にとってどのような影響をもたらす可能性があるのかを可視化する試みをしてきた。

女性兵士増加問題は、フェミニズムの大きな枠の中で議論されてきた一つの問題であった。しかしながらこの問題は、女性の権利拡張のために男性と「平等」に兵士になる機会を女性にも与えるべきか、それとも女性はその「性別役割」から世界を平和に導くべく戦争そのものに反対するべきかという議論もあった。女性と男性では生物学的性差があるため、女性は兵士に向いていないという意見や、女性は「平和」の推進をすべきだから入隊を認めないという反対意見もあったが、これは妥当な女性拒否の理由にはならないこと、女性が平和を望む性別というのは根拠がないことから、女性を軍隊から排除することは不可能になった。

そこで、実際に自衛隊で働く女性に焦点が当たった。実際に自衛隊で働く女性たち多くは、入隊理由を理想の自衛官像を目指し、国のために自らを捧げるといった動機があると答えた。このことは、質問のカテゴリーが少なかったことから有力な証拠とは言えないが、少なくともこの調査を行った婦人自衛官教育隊という自衛隊内の組織では、フェミニズム的な動機があることは想定していないと推測できた。女性は、フェミニズムの影響というより、災害時に活躍する自衛隊員の姿や、P K O活動で国際貢献をしている姿を見て影響を受けていた。

これまでのことから、女性兵士増加問題とフェミニズムは切り離しても良いということがわかった。

2章では、女性兵士が増加することで、安全保障の問題を解決する可能性があり、多くの女性や子供を救う可能性があることがわかった。また、軍隊が男性で構成されていることは危険性があるという説もあり、戦争で年長の男性が指揮をとり、若年男性が前線で命をかけて戦闘する場合、家父長制やホモソーシャルが理由で、若年男性が多く戦争の犠牲になることを厭わない戦略を取られる可能性があるということがわかった。

そして、女性兵士が増加することの効果については、場合分けをする必要があることもわかった。もし自国が戦時中であれば、兵士の女性割合を増やすことが、自国の兵士の死者を減らすことに貢献するかもしれないが、それが勝利につながるとは言えない。領土の獲得や国家の勝利を目標とした場合は、女性兵士を増やすかどうかという問いよりも、身体的強度の順に兵士を選ぶべきかという問いに応える必要がある。

一方で、現在の日本のように日本の平和の構築を目標としている場合は、女性兵士を増やすべきだと言える。例えば日本の自衛隊は災害が起きた時派遣されるが、派遣されるのが男性の隊員ばかりでは、被災者に半分いる女性のニーズにはなかなか答えられない。実際に、東日本大震災の時に起こった女性への暴力として以下の事項が報告されている。「①レイプは日頃は顔見知りの犯行が殆どである。しかし災害時は行きずりの犯行が多くて3倍、300%に上った。②地震は暴行が引き起こすの

と同じ絶望的無力感を引き起こし、過去の性的暴行や性的虐待のトラウマに苦しむ女性からの相談が 25%増えた。③過剰責任から児童虐待がとても増えた。④夫・交際相手による暴力(DV)が増え、保護命令の申請が 50%も増えた。」[48]とのことだ。もちろん災害時に起こったこのような女性への暴力の原因全てが、派遣された隊員が男性ばかりであるとは考えにくいが、女性隊員が半数いれば、何らかの対策をとれたに違い無い。女性の安全保障を達成するためには、男性隊員では行き届かないことがある。また、韓国での議論にもあったように、男性のみに兵役を課すことは、男性の権利も侵害することになる。今、女性兵士の問題は、女性学の域を出てより広い分野で議論されるべき事項であるということがわかった。


 

文献目録

 

アメリカ大使館「アメリカ軍に不可欠な女性兵士の役割」(アクセス日:2021/9/2)https://amview.japan.usembassy.gov/women-are-a-crucial-part-of-the-us-military/

 

安全保障理事会決議 1325(2000)国際連合広報センターhttps://www.unic.or.jp/files/s_res_1325.pdf

 

岩木秀樹『ジェンダー的視座から見た国際関係論の権力と知-女性兵士と従軍「慰安婦」問題を中心として-』2009『ソシオロジカ』創価大学社会学会

 

上野千鶴子『英霊になる権利を女にも?-ジェンダー平等の罠-』1999 p47同志社大学アメリカ研究所

 

折井美耶子「戦争と女性」『20世紀の戦争とは何であったか』2004

 

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GLOBAL NOTE「世界の女性議員割合 国別ランキング・推移」 2021.1.20 https://www.globalnote.jp/p-data-g/?dno=3250&post_no=3877

 

佐藤 文香『軍事化される「平等」と「多様性」』ジェンダー史学会 2016

 

佐藤文香 「軍事組織とジェンダー-自衛隊の女性たち」慶應義塾大学出版株式会社 2004

 

J.アン・ティックナー2005「国際関係論とジェンダー 安全保障のフェミニズムの見方」進藤久美子・進藤榮一 岩波書店

 

シンシア・エンロー『策略 女性を軍事化する国際政治」2006 岩波書店

 

男女共同参画局HP (アクセス日:2021.1.21) https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/iinkai.html

 

堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」岩波書店 2008

 

東日本大震災女性支援ネットワーク調査チーム報告書 Ⅱ

『東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査報告書』2013

 

婦人自衛官教育隊『婦人自衛官の制度及び教育隊のあるべき姿』(1998) 陸上自衛隊婦人自衛官教育隊

 

Fornali,F., The Psychoanalysis of War,New York,1974

(若桑みどり『戦争とジェンダー 戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論』2005 大月書店 p216から再引用)

 

 

平成26年版防衛白書 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2014/html/ns066000.html (2021/11/23)

 

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ナタリー・Z・デイヴィス、成瀬駒男訳『愚者の王国・異端の都市』平凡社、1987、p165~196(若桑みどり「戦争とジェンダー -戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論」大月書店2005 P214から再引用)

 

吉野孝「アメリカ政治学における女性議員の研究」『早稻田政治經濟學 誌』No.365,2006年10月、

 

令和2年版防衛白書(アクセス日:2021/11/21) https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2020/html/n41203000.html

 

若桑みどり「戦争とジェンダー -戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論」2005

 

 

 



[1]アメリカ大使館「アメリカ軍に不可欠な女性兵士の役割」(アクセス日:2021/9/2)https://amview.japan.usembassy.gov/women-are-a-crucial-part-of-the-us-military/

[2]平成30年版防衛白書 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2018/html/n33203000.html 

[3] 岩木秀樹『ジェンダー的視座から見た国際関係論の権力と知-女性兵士と従軍「慰安婦」問題を中心として-』2009『ソシオロジカ』創価大学社会学会p43

[4]佐藤文香 「軍事組織とジェンダー-自衛隊の女性たち」慶應義塾大学出版株式会社 2004 p14

[5] 令和2年版防衛白書(アクセス日:2021/11/21) https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2020/html/n41203000.html

 

[6] 佐藤 文香『軍事化される「平等」と「多様性」』ジェンダー史学会 2016 p42

[7] 例えば、平成25年度のものについて、平成26年版防衛白書

 http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2014/html/ns066000.html 

(アクセス日:2021/11/23)

[8] シンシア・エンロー『策略 女性を軍事化する国際政治」2006 岩波書店 p19-33

[9] 佐藤(2016)、前掲書、p37

[10] 佐藤文香『軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち』慶應義塾大学出版会2004 P23

[11] 上野千鶴子『英霊になる権利を女にも?-ジェンダー平等の罠-』1999 p47同志社大学アメリカ研究所

[12] 男女共同参画局HP (アクセス日:2021.1.21)https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/iinkai.html

[13] 佐藤文香(2004)、前掲書、 P17

[14] 若桑みどり「戦争とジェンダー -戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論」2005 P218

[15]佐藤文香(2004)、前掲書、p15〜16

[16] 上野千鶴子(1999 )、前掲書、p52

[17] 堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」岩波書店 2008 p108

[18] 若桑みどり(2005)、前掲書、 P218

[19] 折井美耶子「戦争と女性」『20世紀の戦争とは何であったか』2004大月書店

[20] 佐藤文香(2004)、前掲書p40

[21] 若桑みどり(2005)、前掲書、 P214

[22] 栗原涼子『ニューヨーク市女性平和党(Woman’s Peace Party oh New York City)の設立-反戦平和運動からフェミニズム形成へ』2019 p6〜10

http://civilization.tkcivil.u-tokai.ac.jp/img/tkc3701_%E6%A0%97%E5%8E%9F%E6%B6%BC%E5%AD%90.pdf

[23]佐藤文香(2004)、前掲書、p40

[24] ナタリー・Z・デイヴィス、成瀬駒男訳『愚者の王国・異端の都市』平凡社、1987、p165~196(若桑みどり「戦争とジェンダー -戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論」大月書店2005 P214から再引用)

[25] 若桑みどり(2005)、前掲書 P214

[26]防衛省 航空幕僚監部 人事計画課『空女』vol.4空士長 島田 知佳 p4

https://www.mod.go.jp/asdf/about/ge_wlb/images/SORAJYO.pdf

[27]防衛省、前掲書、1等空尉 小池 真佑子 p5

[28]防衛省、前掲書、12等空尉 山下 省子p6

[29]防衛省 、前掲書、1等空尉 原 道絵 p7

[30]佐藤文香(2004)、前掲書、p228

[31] 婦人自衛官教育隊『婦人自衛官の制度及び教育隊のあるべき姿』(1998) 陸上自衛隊婦人自衛官教育隊 p71

[32] 佐藤(2004)前掲書、p229

[33] GLOBAL NOTE「世界の女性議員割合 国別ランキング・推移」 2021.1.20

https://www.globalnote.jp/p-data-g/?dno=3250&post_no=3877

 

[34] 吉野孝「アメリカ政治学における女性議員の研究」『早稻田政治經濟學 誌』No.365,2006年10月、p69。

[35] 岩木秀樹(2009)、前掲書、p43

[36] 岩木秀樹(2009)、前掲書、p44

[37] 安全保障理事会決議 1325(2000)国際連合広報センターhttps://www.unic.or.jp/files/s_res_1325.pdf

[38] J.アン・ティックナー2005「国際関係論とジェンダー 安全保障のフェミニズムの見方」進藤久美子・進藤榮一 岩波書店p32

[39] J.アン・ティックナー(2005)、前掲書、p33

[40]J.アン・ティックナー(2005)、前掲書、 p34

[41] 安全保障理事会決議 1325(2000)国際連合広報センターhttps://www.unic.or.jp/files/s_res_1325.pdf

[42] J.アン・ティックナー(2005)、前掲書、 p67

[43] 防衛省『女性自衛官活躍推進イニシアティブ――時代と環境に適応した魅力ある自衛隊を目指して――』平成29年

https://www.mod.go.jp/j/profile/worklife/keikaku/pdf/initiative.pdf

[44] Fornali,F., The Psychoanalysis of War,New York,1974,p99(若桑みどり『戦争とジェンダー 戦争を巻き起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論』2005 大月書店 p216から再引用)

[45]注 (1932年7/9- 2021年6/29) W・ブッシュ政権内でイラク戦争を主導

[46] 若桑みどり(2005)、前掲書、 p216

[47] 若桑みどり(2005)、前掲書、p10

[48] 東日本大震災女性支援ネットワーク調査チーム報告書 Ⅱ

『東日本大震災「災害・復興時における女性と子どもへの暴力」に関する調査報告書』2013 p4


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