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「ROCK飯」PANTAと歩く所沢グルメ街道 第3回 所沢編 うなぎ屋酒坊・画荘 越後屋、そして『マイ・ウェイ』とフランス・ギャル

さまよっっている。所沢をさまよっている。
時間は20時。もはや夕食には遅い時間。
今、我々はどうしても食べたいものがある。
「鰻」だ。
雨降る埼玉・所沢の街道をひたすらPANTA車=日産エルグランドは走っていた。
今日はライブの打ち合わせで長くコメダ珈琲で顔を突き合わせていた。夕刊フジの秋谷さんがつぶやいた。
「そろそろ飯にしましょう。このまま珈琲とお冷をおかわりしていたら腹がタプタプになります(笑)」。
確かに。足掛け3時間は打ち合わせをしている。プランも出きったし、あんバタートーストも食べた。このままいるとスパゲッティナポリタンやら味噌カツパンやらビーフシチューやらでコメダで1日が終わってしまう。せっかくの休日、所沢飯が食べたい。
「今日は鰻にしよう」
とPANTAが言った。

さて、そもそも所沢に鰻屋はあるのか?
埼玉と言えば、浦和が鰻の名所である。本川越や大宮も有名だ。
「街道沿いを走っていれば鰻屋くらいあるよ。行こう」
と今日はPANTAがハンドルを握っている。まずは西武球場方面に走ってみた。
無い。鰻の看板など全く無い。これはまずいと踵を返し入間方面に走ってみた。
無い。ここまで無いとますます鰻が食べたくなる。そう言えば所沢の航空公園近くに鰻屋があった。まだ間に合うからそちらへ行こうという中、所沢で鰻をググってみると一軒の店が引っかかる。うなぎ屋酒坊・画荘 越後屋だ。検索すると評価がめちゃくちゃ高い。
「PANTAさん、見つけました!高評価で所沢。この道をまっすぐ行けばあります!」
「Tマネ、OK!今日は絶対に鰻だ!」
PANTAの語気も上がり車内はもはや鰻モード一色である。
強かった雨も小降りになり街道の路面も街頭の灯りでキラキラ光っている。
「これは鰻に続く道です!PANTAさん!」
3人の平均年齢は63歳であった……。

カーナビが到着を知らせる中、周りを見渡すと民家の中。こんなところに鰻屋がと目を凝らすとそれらしき看板が。見つけた!うなぎ屋酒坊・画荘 越後屋。
厳かな玄関を入り、中居さんに「予約とかしていないんですが大丈夫ですか?」と聞くと「どうぞ」と通してくれた。これはラッキーだ。
と、席に行く間、厨房らしきところの前を通ると壁にグレッチのギターがかけてある。
???、ここは鰻屋では?覗き込むと小さなPAらしきものも。ますます???
と、学生バイトらしき青年がお茶を持ってきた。
「お客さんミュージシャンですか?なんかオーラが凄くて」
と目をキラキラさせている。
まだ10代の青年は頭腦警察は知らないなぁ。
「PANTA、頭脳警察で検索してみてごらん」
「はい!」
お品書きを置いて青年が戻る。さて、どの鰻にするか?
天然鰻は時価。これはちぃっと怖い。で、このお店が面白いのは松・竹・梅ではなくて上から色・空・月となっている。そして高級店らしい値段設定である。いつもなら間を取って竹と言うところだけれども…。
と秋谷さんが名言を吐いた。
「鰻は自分で金を出して一番高いやつを食べるのが一番うまいんです」
なるほど!よし、今日は空だ!
「すいません。注文をお願いします!」
と、先程の青年が目をさらにキラキラさせてやってくる。
「ググりました!俺、ROCK大好きなんです!頭脳警察のPANTAさんってすごい有名じゃないですか!動画もいっぱい上がってるし。凄いじゃないですか」
う〜ん、君の好きそうなキラキラROCKとは、ちょっと違うんだが…。
「僕、W大学の軽音部なんです」
ほう、鰻屋さんに軽音部。興味はあるが今は鰻である。
「注文を。空を三つ!」
なんか妙に気合が入ってしまった。相当なドヤ顔だったに違いない。
ただでさえヤクザ顔なのに学生さんをびびらせちゃったかな。
と、お茶をひとすすりしたPANTAが言った。
「あの『マイ・ウェイ』が出来上がる影にはフランス・ギャルがいたんだよ」

「え?フランク・シナトラの『マイ・ウェイ」ですか?どこでフランス・ギャルと?」
「そう。ビートルズの『イエスタディ』に次いでエルビス・プレスリーからシド・ビシャスまで世界で二番目にカヴァーされた曲と言われている『マイ・ウェイ』。作詞はポール・アンカなんだ」
「ポール・アンカってあの『ダイアナ』のですか?」
「そう。ポール・アンカが南フランスで休暇中に原曲を聴いて、その素晴らしさに魅せられた。すぐにパリへ向かい、権利を取得。英語の歌詞をつけて、フランク・シナトラの『マイ・ウエイ』として発売したんだよ。そして、それが世界的に大ヒットしたんだ」
「へぇー、原曲があったんですね」
「それがクロード・フランソアというフランスのシンガーソングライターの『いつものように~Comme D’habitude』という曲なんだ」
と、ここでお新香を持っておかみがやってきた。
「うちのバイトの子はみんなW大の軽音楽部の子なんですよ。PANTAさんが有名なミュージシャンと知ってもう興味津々で」
と見ると奥からスズナリでこちらをのぞいている。
「このお店で時々コンサートもするんですよ」
「それで、カウンターの中にギターとPA機材があるんですね」
「はい。あのギターは店主が好きで飾ってあるんです」
「グレッチが飾ってある鰻店。なかなか趣味が良いなぁ」とPANTAが感心しているとバイトの青年の一人がおずおずと
「よかったら一曲弾いてみてくれませんか?」
と尋ねてきた。」その気持ちは嬉しいのだが、我々の心は今、鰻の蒲焼にある。
「ごめんね。PANTAはレフテイ、左利きなんだ。あのギターは弾けないんだよ」
とやんわり断った。
残念そうな青年の横を鰻重を持っておかみがやってきた。
「どうぞ、お召し上がりください」

この溢れんばかりの鰻

蓋を開けるとこの鰻。びっしりとご飯も見えないてんこ盛り。いやぁお店最高位の鰻だけのことはある。
3人は声もださずに鰻にかぶりつく。プリっと柔らかい食感。お店では関東風、関西風のどちらの焼き方もできるそうだが我々は関東風。一度蒸して柔らかくなった鰻を口いっぱい頬張る。至福の時である。あぁ、美味い。
3人が肝吸いで一息ついた時にPANTAが再び話し出す。

期待通りの鰻重にご満悦のPANTA

「原曲のクロード・フランソアの『いつものように~Comme D’habitude』は人生の残酷な結末を演じる自分を語る歌なんだよ」
「えっ!我々が知っているのは自分の人生を振り返ってポジティブに歌い上げる讃歌のようなイメージですが」
「その『マイ・ウェイ』が出来る影には1964年から67年にかけて、クロード・フランソアと熱愛関係にあったフランス・ギャルとの破局があるんだ。それがこの「いつものように~Comme D’habitude」を書くきっかけとなっているんだ」
「では原曲は失恋の歌なんですか?」
「そんな単純な曲ではないんだよ。”僕は起きて君をつっつく でも君は目覚めない いつものように上掛けを君にかけなおす  君が風邪をひきはしないか心配になる   いつものように” と幸せな二人の日常で始まり、”いつものように、夜だって 僕はそんなふりを演じよう   いつものように君は帰ってくるだろう   いつものように僕は君を待つだろう   いつものように 君は僕に微笑むだろう  いつものように いつものように   夜だって 僕はそんなふりを演じよう”…つまり、人生の最後に向けて、そんなふりをし続けるという残酷な結末を演じる歌なんだ」
「『マイ・ウェイ』と言えば酔っ払ったおじさんがカラオケで朗々と歌い上げる曲というイメージがありますが全然違いますね」
「いやいや、それが俺に取っては大事件だったんだよ」
「何がですか?」
「いやぁ、だって俺は15歳で『夢見るシャンソン人形』と出会い、それからアイドルと言えばフランス・ギャルに始まり、フランス・ギャルに終わると言いまくっているほどの大ファン。それがまさかあの世界的な大ヒット曲『マイ・ウエイ』にフランス・ギャルが関わっていたなんて驚愕の歴史の真実だったんだ。しかも熱愛と破局なんてさ。もう驚天動地の大事件だったんだな」
「なるほど」…そりゃそうだ。自分の愛するアイドルの赤裸々な恋愛事情を歌から知るのはミュージシャンとしては通常の数倍は心に刺さる。
「クロード・フランソアが友人にこう語ったらしいんだ。”その愛は、自分にとってとても際立ったものだし、いつまでも脳裏に焼き付いている。僕の心の中には彼女のための場所があって、永遠に彼女のために残しておいてあるんだ”ってね。この歳になるとわかる。なんかグッとくるよ」
PANTAが語るクロード・フランソアの話は男としてはなんとも物悲しい。勢いのある若い時には次の恋愛もあるだろうが、今となっては歳をとり体も壊れ全力を出すことはなかなか難しいのだ。
「そうですねぇ」と言いながら鰻を口に入れるとふりかけた山椒の塊がピリッと舌を刺した。
ようやくたどり着いた鰻屋に満足しながらも、山椒の辛味に胸が締め付けられた所沢の雨降る夜だった。


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