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【英文記事和訳】ウクライナ戦況「情勢報告:2024.05.01-02」(Frontelligence Insight)

このnote記事は、ウクライナ軍元将校のTatarigami氏(ハンドル名)が設立した戦争分析チーム「フロンテリジェンス・インサイト」のウクライナ戦況分析に関する最新記事を日本語に翻訳したものです。昨日、noteに翻訳を投稿したTatarigami氏のSNS投稿の内容と重複する箇所も多いのですが、SNS投稿では触れていない内容も書かれていることから、このフロンテリジェンス・インサイトの記事も翻訳することにしました。

なお、このnote記事で用いた画像は、フロンテリジェンス・インサイト記事からの転載になります。

日本語訳「情勢報告:2024.05.01-02」

ロシア軍はオチェレティネ[Ocheretyne]周辺とチャシウ・ヤール[Chasiv Yar]周辺で戦術レベルの戦果をあげており、シヴェルシク[Sivers'k]に向かう大規模な攻撃も行った。一方、ウクライナ軍は数々の困難に直面しているが、この厳しい環境にもかかわらず、前線の崩壊を何とか防いでいる。この報告において、フロンテリジェンス・インサイトは、前線上の重要な進展を示す包括的な分析を提示する。そのなかには、ロシア軍のハルキウ[Kharkiv]州とスーミ[Sumy]州への侵攻作戦の可能性も含まれている。

内容

  1. チャシウ・ヤール

  2. オチェレティネ

  3. シヴェルシク~ビロホリウカ

  4. ハルキウ攻勢

  5. まとめ

1 チャシウ・ヤール

ロシア軍は少しずつ戦術レベルの戦果を重ね続けており、その重点は主として防衛網上の弱点に置かれている。また、その手段は、小規模な戦術部隊グループを展開させるというものだ。注目すべき点として、ロシア軍が北側側面よりも南側側面で成功を収めているということがある。北側側面では、ロシア軍は南側よりも多くの困難に出くわしている。現地からの報告によって、複数のロシア軍部隊が一時的にチャシウ・ヤールの運河を越えたことが分かっている。ただし、橋頭堡の確立までには至っておらず、運河を越えたのちに撃破されるか、撤退を強いられている。"map.ukrdailyupdate"プロジェクトが撮影地点特定可能な動画を分析したことで明らかになったのは、ロシア軍がチャシウ・ヤール南方の陸橋の交差する地点で、拠点を構えようと試みたということだ。

この地域に優勢なロシア軍が集結している状況は、懸念を大いに高めている。有効な戦線安定化措置が実施されなければ、ロシア軍は数的優勢を活かして運河線上に穴を開け、運河西方の森林内に橋頭堡を築いてしまうだろう。この行動が成功した場合、ロシア軍は前進し、比較的自由に攻撃方向を選ぶことができるようになる。森林が無傷のままだと、ロシア軍は草木を利用して、移動と展開地点を隠蔽することができる。その結果、チャシウ・ヤールの複数区画内への浸透が可能になる。このようなことが成功した際、チャシウ・ヤールの組織的な防衛は極めて難しくなるだろう。

チャシウ・ヤールの南部区画の喪失は、深刻な影響を及ぼすことになる。なぜなら、このことによって、コスチャンティニウカ[Kostiantynivka]へとまっすぐ走る道路が、ロシア軍の前に開かれることになるからだ。そして、この進攻路上には、ストゥポチキー[Stupochky]という小村落しか障害物がない。なお、これが唯一の懸念材料なのではない。現在の暖かい気候によって一連の未舗装道路が通行できるようになっていることを考えると、ロシア軍にとっての重要ルートは、チャシウ・ヤールからコスチャンティニウカへ向かう北側のルートになるかもしれない。重要なのは、チャシウ・ヤールが陥落してしまった場合、ロシア軍がコスチャンティニウカの両側面に向かって同時並行的に前進できるようになるということだ。そして、その結果、防御側にとって厳しい状況が生じる。というのも、コスチャンティニウカの防御側は、高地から進んでくる敵軍に対して、相対的に不利であるからだ。

2 オチェレティネ地区

"DeepStateMap"プロジェクトが制作した地図によると、オチェレティネから北西に位置するウクライナ軍陣地は現在、ロシア軍制圧下にあるとのことだ。だが、フロンテリジェンス・インサイトは、今回の分析を進める時点で、"DeepStateMap"の領土支配状況評価が正しくないとする情報も受け取っている。"DeepStateMap"が示した領土支配状況が実際に正しいものと仮定した場合、現在の状況は懸念を大いに高めることになる。なぜなら、この状況はノヴォオレクサンドリウカ[Novooleksandrivka]への通路がロシア軍の前に開かれることになるからだ。それに、ロシア軍の現在の進出地点とコスチャンティニウカ~ポクロウシク[Pokrovsk]道路との間の距離は10km程度と、比較的短い距離であることも加わる。

この道路に及ぶ危険性の具体的な点は、この道路がオチェレティネからコスチャンティニウカ南方地域に向かって、ほぼ全域で障害のない開豁地を走っているということにある。オチェレティネとコスチャンティニウカ南方地域の間には、一つか二つの集落しか存在しない。この道路によって、ロシア軍は前進方向を複数のなかから選ぶことができ、作戦行動地域を広げることができる。その結果、ウクライナ軍から反撃された際に、ロシア軍が包囲されたり、ウクライナ軍の策にはまってしまう危険性は減少することになる。

アルハンヘリシケ[Arkhangel's'ke]内へとロシア軍が支配領域を拡張していることは、ロシア軍の可能性の幅を広げており、このような広い地域全体に一貫した防衛網を築こうとするウクライナ側の努力を難しくしている。特にウクライナ軍の多くの旅団が兵員定数以下の状態にあることを考えるとなおさらである。

私たちのチームは4月22日と5月1日の衛星画像を比較することで、新しい焼け跡を特定した。このような焼け跡は、砲撃や爆撃、そのほかの投射物によってできたものだ。私たちの発見をもとに明らかになったのは、ロシア軍の重点が西方及び北方に置かれているということだ。このことから、ロシア軍がオチェレティネから北に位置する道路も利用しようとしている可能性が高いことがうかがえる。

3 シヴェルシク~ビロホリウカ

ビロホリウカ[Bilohorivka]~シヴェルシク方面において、過去48時間、敵軍はさまざまな方向から複数の攻撃を仕掛けてきた。これらの攻撃はKAB爆弾[*注:ロシア軍の空中投下型滑空爆弾]を用いた爆撃によって支援されている。現地報告から、30分の間に約8回のKAB爆弾の着弾があったことが分かっている。なお、これらの攻撃は撃退されている。

具体的には、上記のドローンからの画像によって、第2軍団隷下の第6独立自動車化狙撃旅団が、ビロホリウカから南方のスピルネ[Spirne]に向かって攻撃を試みたことが分かる。この攻撃には、戦車1両と歩兵を搭乗させたMTLB[*注:ロシア軍の輸送用汎用装甲車両]3両が加わっていた。そして、たった1両のMTLBだけが生き残って後退したという結果に終わった。残りの車両と歩兵は撃破された。

4 ハルキウ攻勢はありうるのか?

私たちの以前の分析により、スーミ・ハルキウ両州に接する国境沿いに、ロシア軍が2個軍団程度の戦力を配置していることが特定できた。ロシアがスーミ州とハルキウ州に侵攻する意図をもっているのかどうかに関する憶測は以前からある。そして、ポイントとなる情報を明確にしておくことが大切だ。

まず、縦深地上攻撃が可能になる集結した戦力をもつ部隊編制を、私たちは今のところ確認していない。反対に私たちが確認できているのは、散在した部隊である。とはいえ、これらの部隊が今後、攻撃戦力として集結する可能性は潜在的にはある。けれども、現時点でそのような状況は明らかではない。

ハルキウのような都市に対する作戦を行うのに、現状の部隊規模は適切とはいえない。スーミですらそうだ。なお、同じような規模の戦力がアウジーウカ[Avdiivka]占領の際に投入されたが、この小都市の戦前人口は3万人ほどであって、ハルキウの150万近くという人口と比べて圧倒的に少ない。

入手可能な情報から、これらの部隊は主に歩兵で構成されており、縦深攻撃作戦に必要な大量の戦車とその他装甲車両を欠いていることが分かっている。それゆえ、スーミとハルキウのウクライナ軍に対するロシア軍の行動はすべて、主に砲兵と歩兵を中心に行われる可能性が高く、2022年に行われた開戦当初の行動とは比較にならない。

ウクライナ国防省情報総局の副局長ヴァディム・スキビツィキーは、ハルキウ方面の国境の向こう側に配置されているロシア軍北方集団が現在、35,000人の兵力で構成されており、今後、5万から7万人に増強されることが見込まれていることを示唆している。この見方は、この地域に2個軍団に近いロシア軍戦力がいるという私たちの以前の試算と一致している。スキビツィキーは、ロシア軍の主攻勢が「5月末か6月初めに」始まるだろうという見通しを示している。

高まるロシア軍の圧力がもたらす脅威は軽んじてよいものではない。というのも、ロシア軍は段階的に追加戦力の配置を続けており、任意のタイミングで突然、攻撃部隊を編成する可能性があるからだ。だが、上述したように、現在の戦力規模は、ウクライナ領内への大規模縦深攻撃作戦を遂行するには不十分なものである。

まとめ

依然として前線の状況は厳しいままだ。しかし、この情勢を落ち着かせる取り組みも目下、遂行されているところで、それに加えて、状況を改善させることにつながる西側からの砲弾の到着も予期されている。ロシア軍が戦果を重ねつつあるとはいえ、前線が崩壊する予兆はまったくない。ロシア側の戦術レベルでの戦果は、ごく小さなものにみえるかもしれない。だが、このような戦果が累積することは、ロシア側の作戦レベルの成功を導くことになりうる。そして、ロシア側の目標は、複数の部隊梯形を用いた二重の両翼包囲作戦である。

両翼包囲のうち小さなほうは、バフムート[Bakhmut]の南方に展開している戦力の孤立化を目標にしている。一方、もっと大きな両翼包囲運動は、ここの部隊集団を包囲することを目指しており、T0504高速道路とコスチャンティニウカ包囲に重点を置いている。ウクライナ軍にはロシア軍の前進を遅滞させる能力があるし、潜在的には食い止める能力もある。しかし、これを成し遂げるには、複数の集落を失うという犠牲を払うことになるかもしれない。

戦略面と作戦面の計画立案において課題が存在しているが、戦術レベルの指揮官と兵士たちは個々にイニシアチブを発揮して、この状況の改善に取り組んでいる。たとえば、将校や兵士が防衛網を建設するための機械類を個人的に調達しているが、それは寄付基金によって、また有志者からもたらされたものだ。現場の将兵は、公式の施設で十分な訓練を受けることができなかった新兵のために、臨時の訓練期間を設けることも行っている。

ロシア軍の攻撃の多くに立ち向かっているのは、FPV(一人称視点)ドローンに支援された歩兵である。このドローンの弾薬は、即席生産施設において今でも製造されている。電子戦(EW)による妨害を避けるための、または、FPVの飛行距離を伸ばすための手段は、創造的なかたちで発展しており、それらの手段は兵士たちの間で共有されている。

現地の旅団に属する将校と下士官兵が主導する現場レベルの努力に、到着が予期されている西側からの支援と開示されていない情勢安定化措置が伴うことを考えると、全体的にみて、現在の情勢が改善に向かう希望は存在する。


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