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【英文記事和訳】ウクライナ戦況:チャシウ・ヤールを巡る戦い(FRONTELLIGENCE INSIGHT)

以下は、ウクライナ拠点の独立系戦争・紛争分析チーム「フロンテリジェンス・インサイト」が発表したウクライナ戦況分析記事(2024年4月8日公開)の日本語訳になります。

2024年4月現在、ドンバス地方の都市バフムートの西方で、ロシア軍は西進の取り組みを進めており、その地域で焦点になっているチャシウ・ヤールという町を巡る戦いを、その戦いの意味も含めて分析したのが、フロンテリジェンス・インサイト記事の内容です。

なお、翻訳記事中で用いた画像は、記事原文からの転載になります。

日本語訳

バフムートの西方に位置するチャシウ・ヤール[Chasiv Yar]を巡る戦いは、疑いようもなく両軍にとってのリトマス試験紙になっている。仮にウクライナがチャシウ・ヤールの支配権を失うことになれば、ウクライナはそれに続く厳しい結果に直面することになりうる。つまり、チャシウ・ヤール喪失は、コスチャンティニウカ[Kostyantynivka]やクラマトルシク[Kramators'k]のようなドンバス地方の主要都市への進撃路を、ロシア軍に与えることになるということだ。ロシア軍はウクライナ側防衛網のありとあらゆる弱点を突こうと試みている。このウクライナの弱点には、兵力不足、武器と砲弾の不十分な支給といったものが含まれる。一方でロシア軍がこの夏までにチャシウ・ヤールを占領できない場合、そのことはロシア軍が深刻な問題を抱えていることを示唆することになる。兵数・車両・火砲・砲弾・近接航空支援及び長距離打撃力の面で優位に立っているにもかかわらず、ロシアがチャシウ・ヤール奪取に失敗するならば、クラマトルシクやスロヴヤンシク[Slovyansk]といったもっと大きな都市への攻撃をロシア軍がうまく行えるかどうかに関する疑問が、大きく浮上してくることになるだろう。

さらに私たちの分析によって、チャシウ・ヤールのウクライナ側防衛部隊に対する最近の機械化部隊による攻撃の際、いくつかの懸念すべき兆候が明らかにされた。このことは、情勢がウクライナ軍部隊に不利な方向で急速に悪化する可能性を示している。とはいえ、ウクライナ軍にとって希望がまったくない状況ではないということは、はっきりと述べておきたい。適切なタイミングで正しい措置が取られれば、戦場の流れはウクライナ側有利にシフトしていく可能性がある。ここの情勢をもっと包括的に理解するために、このレポートを全文読んでいただきたい。

項目
1 状況説明
  a) 地勢
  b) 敵側の進撃方向

2 ロシア側戦力とその目標

3 見つかった問題点
  a) 不十分な地雷原
  b) 近接航空支援任務

1 状況説明

チャシウ・ヤールの立地条件は、防御地点として好ましいものであり、ロシア軍がドンバス地方の主要都市群への攻撃発動を効果的に抑え込めている。チャシウ・ヤール喪失を仮定した場合、その状況は前線の不安定化という結果をもたらしかねない。なぜなら、ここを失うことは、シヴェルシク地区で形成された突出部をさらに大きくすることにつながるからだ。チャシウ・ヤール周辺地域の好ましい地形的特徴は、敵軍に大きな損失を与える機会をウクライナ側に与えている。地形がもたらす利点を活用することで、ウクライナ軍はロシア軍の前進をかなり遅らせることができるかもしれず、その前進を完全に食い止めることさえできるかもしれない。これはロシア軍がさまざまな優勢を得ているとはいえ、そういえる。

a) 地勢

※暖色が高地、寒色が低地

チャシウ・ヤールは、その周辺、とりわけバフムートと比べて有利な位置を占めている。そして、ロシア軍はそのバフムートから前進している。運河地区として知られている住宅街は運河の東側に位置しているのだが、この地区には高層建築物が複数存在し、もともとの優位性にプラスの効果を及ぼしている。ただし、重要な注意点として、これらの建築物の多くがすでに損害を被っていることが、衛星画像分析によって分かっているということがある。

チャシウ・ヤールとバフムートを結ぶ道路には、運河に架かる橋が複数、存在する。正しい手法を用いて、適切にリソースが割り当てられれば、チャシウ・ヤールは前進するロシア軍に対するかなり有効な障害となる可能性を潜在的に有している。

b) 敵側の進撃方向

運河に架かる橋は全体で3本存在する。ウクライナ軍が運河地区[Kanal district]からの撤退を決心する場合、これらの橋は破壊される可能性が高く、結果として、ロシア軍の前進を遅らせることになるだろう。

運河そのものは特定の個所においてとりわけ深いわけではないかもしれないが、車両の移動にとって大きな障害になり、それによって、敵軍は歩兵中心の戦闘を行わざるを得なくなるだろう。上記画像で見てとれるように、画像上でオレンジ色で強調されている場所には水流がなく、大きなパイプによって隔てられている。橋が破壊されたのち、ロシア軍はおそらくこのオレンジ色地点を通過しようとすると思われ、周囲の森林が与える隠蔽効果と水流がないという利点を活かそうとするだろう。

2 ロシア側戦力とその目標

これまでロシア軍は戦線上の重要地点に空挺軍を投入し、ウクライナ軍将兵に圧力をかけてきた。ロシア空挺部隊の現在の状況は一般歩兵部隊と大差ないかもしれないが、全体的にみてロシア空挺部隊の即応態勢と移動力は、他の部隊よりも良好であるという傾向がある。この地域で進撃するために、第98親衛空挺師団隷下の複数の連隊と第11独立空中強襲旅団を配置したことは、この方向がロシア軍統帥部にとって重要であることを裏付けている。

上述したように、運河地区は防衛網の前方に位置しており、チャシウ・ヤールを目指すロシア軍の主要目標になっている。このことは、この地区の占領を目指した、4月4日の失敗したロシア軍の試みによって、はっきりと示されている。要するに、最終的にロシア軍が運河地区内に進入してくる可能性は依然として高いということだ。このことは、KAB爆弾[*注:ロシア軍航空機が用いている滑空爆弾]の破壊力を考えるととりわけそういえる。この爆弾は住宅建築物を消し去ってしまい、この地区の防衛を難しくする。最近の攻撃において、ロシアが相対的に戦闘意欲の高い部隊と多数の車両を投入し、複数機のSu-25航空機による近接航空支援を実施していることから、この方面のロシア軍にとって、チャシウ・ヤールが主要攻略目標であることが確認できる。防衛網上の弱点を正確に突き、その弱点につけ込もうとするロシア軍の目下進めている取り組みはこれからも続き、それと並行して、ロシア軍は側面の進撃を試みる可能性も高い。ロシア空挺部隊は最近、ボフダニウカ[Bohdanivka]とイヴァニウシケ[Ivanivske]に対して圧力をかけているが、このことは、うまくいけば包囲のための進撃路をつくる目的で、チャシウ・ヤールの側面を進撃しようというロシア軍の意図をさらに示している。

3 見つかった問題点

ロシア軍の最近の攻撃は、多数のロシア軍車両が破壊され、攻撃部隊に甚大な死傷者を出すという結果をもたらした。そのことは[ウクライナ軍]第67旅団が発表した動画によって明らかになっている。だが、当初の成功にもかかわらず、最近の攻撃によって懸念が高まっており、チャシウ・ヤール防衛は防衛側にとって急速に難しくなっていく可能性を示唆している。

a) 不十分な地雷原

フロンテリジェンス・インサイトは、複数の動画と衛星画像を検証し、4月4日にロシア軍装甲車両隊列がとった大まかなルートを再構成した。

装甲車両の隊列がチャシウ・ヤールの町に向かって、地雷原に遭遇することなく、未舗装道路上を問題なく移動できたことは明白だ。このことは大きな懸念を生んでいる。その懸念というのは、装甲車両が道路上をチャシウ・ヤールに向かって進めたということにあるだけではなく、この隊列が地雷に遭遇することなく運河地区内に進入できたということにもある。このルートが攻撃の主軸にあたり、さらにロシア軍がフロモヴェ[Khromove]占領後にこの地域で前進しようとする可能性が高いことをすでに知っていたことを考えると、ロシア軍が第一回目の攻撃の試みにおいて市内に進入できたという事態は、普通ならありえないことだと、私たちのチームはみなしている。このことは、防衛網に弱点がある可能性を示している。

b) 近接航空支援任務

ほかの心配な兆候に、ロシアがSu-25航空機を少なくとも4機、近接航空支援任務に投入したということがある。そして、これらの機体はチャシウ・ヤールの近くで飛行していた。このような大胆な行動は、その日にこの地域での撃墜がなかったことをあわせて、防空に関してウクライナ軍が直面している問題の重心をまざまざと示している。このことは、KAB爆弾のような脅威に対抗するための長射程防空システムの不足を明らかにしているのみならず、短距離防空(SHORAD)能力の不十分さもさらけ出す結果になっている。ロシア軍が今後もこの弱みにつけ込んでくる可能性は高く、ウクライナ軍のチャシウ・ヤール防衛を一層難しくしていくだろう。

4 まとめ

まとめると、チャシウ・ヤールで最近起きていることは、ウクライナ側防衛の成功を浮き彫りにしつつ、一方でその脆弱性もはっきりと示す結果になった。車両数・野砲・多連装ロケット砲・近接航空支援の面で敵軍が優勢であるにもかかわらず、第67旅団のような極めて士気の高い旅団は、中隊規模の機械化部隊による攻撃を撃退できた。その一方で気がかりな点もある。それは、この地域においてロシア軍が、地雷による防御網に遭遇することなく、もしくは、ウクライナ当局者がしっかりと入念に整えられたものであると表明した恒久的な強化防御陣地に遭遇することなく、迅速に市内へ入った点だ。

私たちのチームは、複数の問題の累積的効果によって、ここの情勢は困難なものになっていると評価している。この問題に含まれるのは、陣地構築開始の遅れ、兵力不足と不十分な兵数の部隊だ。兵力問題の原因は、動員の取り組みが遅れている点にあり、また、必要とされる動員プロセス変更を実施することへの緊急性の欠如にある。それに加えて、西側支援国からの供給が細っていることもあり、これは火砲・長射程兵器・防空システムの面で顕著だ。さらに、動員を実施したのちの兵員訓練には時間がかかる。というのも、不十分な練度の兵士を前線に送り込む余裕は、ウクライナにはないからだ。これらのことが影響して、ロシアが、マンパワー・空軍力・火砲・車両・砲弾の面で、引き続き優勢を維持していく可能性は高い。チャシウ・ヤールは防衛できる大きな可能性を有しているけれども、この可能性を有効に活用するには、政治指導部と軍事指導部からもっと多くの注意を引き、もっと多くの努力を引き出す必要があると思われる。ロシア軍の前進を食い止めるのに地形だけでは十分ではなく、英雄的かつ優秀な防衛部隊が防衛戦術の唯一の柱であるということもあり得ない。ゆえに、ウクライナに必要なのは、潜在的な弱点とこれまでの過失を検証した包括的な防衛アプローチをもつことなのだ。

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