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「カタカタ」

福助湯を出ると、隣の日の出パンでコロッケパンを二つ買う。おじちゃんは、二つ買ったコロッケパンの一つにだけ包丁を入れてくれる。タケシが一つと半分を食べる。

おじちゃんの店では懐かしい瓶牛乳が飲める。

店先のベンチでハムカツパンをアテに、その牛乳を飲む。僕たちの夏の醍醐味だ。ここから我が家までは一直線に坂道。だらだらとした、でも長い坂。左手には電車の高架橋。街灯もまばらで薄暗く、それ故か人通りは少ない。二人には好都合な道だ。

ゆっくりと登ってく。
タケシはタオルを首に回して夜空を見上げながら歩く。

彼は四角い固形の石鹸にこだわる。ポンプ式のボディ・ソープでは風呂に入った気がしないのだという。ケースの中で石鹸が鳴る。

カタカタ カタカタ

「神田川」の世代ではないけれど、どことなく切なくて、うれしい二人の時間を演出してくれる。

アパートは、坂を登りきって細い路地を入った奥にある。

奥に今でも人が住むアパートがあるとは多くの人が気づかないだろう。路地の入り口は両側ともずっと空き家のまま。その佇まいが人を拒んでいるようでもある。このアパート、築年数はどのくらいになるのだろう。不動産屋も詳しいことはわからないと言っていた。もちろん木造。四部屋あるが、今は二階に一人暮らしのおじいちゃんが一人だけ。あとは空き部屋。落ち着いて二人で暮らせる。

窓を開ければ遠くには港の灯が見える。
再開発の高層ビルにも灯が灯っている。

でもね。お寺があるから、アパートの眼下には墓石が並ぶ。

それでもタケシはこの眺めが好きだという。
遠くの高層ビル群は、輝く墓石だとも。

タケシは都会の人だから、シニカリストだ。皮肉やさん。

彼は窓枠に腰掛けて、この眺めを見渡しながらタバコをふかす。
高価でもジタンはタケシのこだわりだ。
冷蔵庫からビールを出す。お盆を過ぎたばかりだから、まだ乾いた蘇東坡が立っている。風に揺らいで音がする。

カタカタ カタカタ

タケシは、この時間が好きだという、
僕らは二人で、港の灯を見つめる。

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