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ウラル語っていくつあるの?

この記事は、「言語學なるひと〴〵 Advent Calendar 2023」(https://adventar.org/calendars/9188)の12日目の記事として執筆されました。

皆さんはウラル語とはどんな言語かご存知だろうか?
フィン・ウゴル語ではどうだろうか?

ウラル語って?

ウラル語(Uralic Languages)とは、スカンジナビア、中部ヨーロッパ、ロシア連邦などで話されている諸言語で、語族全体の話者はおよそ2,500万人とされている。話者数は少ないが、ハンガリー語、フィンランド語、エストニア語を含み、ヨーロッパでは第2位の数の話者を誇る「語族」である。話者数では多くがヨーロッパ(EU域内)に住むが、言語数では、ロシア連邦内で話されている方が圧倒的に多い。

ウラル語族は、大きくフィン・ウゴル語派とサモエード語派とに2分され、前者は、さらにいくつかのグループに下位区分される。ただ、多くの場合フィン・ウゴル語という呼称は、ウラル語とほぼ同義として使われている。

ウラル語っていくつあるの?

言語数は、どう数えるかで20〜40程度と幅がある。”The Oxford Guide to the Uralic Languages”(OUP, 2022;以下 Guide)の目次には、29言語が挙げられている。ちなみに2022年3月に出版されたこちらの書籍は、現在の、世界中のウラル諸語専門家の業績を集めた、現時点でのウラル語に関する最高到達点のような資料であるが、なんと日本の大学の図書館で所蔵しているのは2館だけで、(OPACにデータを提供してないだけかも知れないが)かくいう私も個人では持っておらず、ICUの図書館に行って閲覧して来た。

https://academic.oup.com/book/43672

ていうか、ひょっとしたら、日本の大学の中には、丸善の電子書籍が読めるようなのと同様の、OUPの研究書が読める環境があるのだろうか?だとしたらとてもうらやましい。。。

さて、この20〜40程度といわれる言語数だが、どう数えればそうなるのだろうか?実際に数え上げてみたい。

言語学大辞典(三省堂)によれば

言語学大辞典のウラル諸語には、以下の21言語が数え上げられている。
A)フィン・ウゴル語派(Finno-Ugric)
 a)バルト・フィン諸語(Baltic-Finnic)
  1)フィンランド語(Finnish)
  2)カレリア語(Karelian)
  3)ベプス語(Veps)
  4)イジョール語(Izhorian)
  5)ボート語(Vote)
  6)エストニア語(Estonian)
  7)リーブ語(Livonian)2009年に最後の話者が亡くなった。

 b)サーミ(諸)語〔ラップ語〕(Saami 〔Lapp〕)

 c)ボルガ諸語(Volgaic)
  1)モルドビン(諸)語〔エルジャ語、モクシャ語〕(Mordvin〔Erzya, Moksha〕)
  2)マリ語(Mari)

 d)ペルム諸語(Permic)
  1)コミ語〔コミ・ジリエーン語〕(Komi〔Komi-Zyryan〕)
  2)コミ・ペルミャク語(Komi-Permyak)
  3)ウドムルト語(Udmurt)

e)ウゴル諸語(Ugric)
 1)オビ・ウゴル諸語(Ob-Ugric)
  i)ハンティ語(Khanty)
  ii)マンシ語(Mansi)

 2)ハンガリー語(Hungarian)

B)サモエード(サモイェード)語派(Samoyedic)
 1)ネネツ語(Nenets)
 2)エネツ語(Enets)
 3)ガナサン語(Nganasan)
 4)セリクプ語(Selkup)

いわゆる「方言」とされているものを、どのくらい記載するかで言語数は変わってくる。

Guideによれば

先にあげたGuideには、サーミ語に関する概説の章の他に
 South Saami
 Lule Saami
 North Saami
 Aanaar (Inari) Saami
 Skolt Saami
 Kildin Saami
のそれぞれについて個別の章立てがされている。

フィンランド語と同じ項目には
 Meänkieli
 Kven
があげられている。それぞれスウェーデン、ノルウェーで話されているフィンランド語の変種で、個別の章立てこそされていないが、言語名があげられている点では、それなりの扱いをされている。

エストニア語としては、
 North and Standard Estonian
 Seto South Estonian
があげられている。Seto(セト語)は南エストニア語(あるいはエストニア語南部の方言)を代表するものとして言語名があげられている。

オビ・ウゴル諸語は、
 North Mansi
 East Mansi
 North Khanty
 East Khanty
と細分化して章が立てられ、サモエード語派には、
 Kamas
が上述のネネツ、エネツ、ガナサン、セリクープに加えてあげられている。ちなみにKamasは、1989年に最後の話者が亡くなった言語だが、18世紀からの資料がのこっていて、非常に研究が進んでいる。

以上を含めると35くらいになるだろうか。多少違うかも知れないが、多めに見て欲しい。

あれ?なんか足りない

しかし、ここにはロシア連邦の国家語の一つとされる山地マリ語(Hill Mari)は含まれていないし、Tundra Nenets, Forest Nenetsも細分化して章立てはされていない。[話者の意識はどうであれ] 言語の実態や研究者の判断で、章立てがなされたものだと思うが、これに不満を感じる向きもいるかも知れない。

そして、実はここにも現れていない言語がまだまだあるのである。

新しい?ウラル語

例えば南エストニアのVõro(ヴォル語)は、Guideにも言及があるエストニア語の言語変種だが、2023年4月に自分たちが indigenous people であることを宣言した。

https://news.err.ee/1608961604/estonia-s-voros-declare-themselves-indigenous-want-language-recognized

5年に1度開かれる国際フィン・ウゴル学者会議の分科会でも、南エストニア語のSetoやVõroについて、正書法を定め「言語」としての地位を認めることが妥当だという主張を何度か聞いたことがある。ただ、エストニア国内で何か大きな政治的な衝突があるわけではなく、あくまでも自分たちの言語を認め、自分たちをpeople (nantion?)として認めて欲しいという主張だ。

同じような動きは、ロシア連邦国内でも見られる。近年、以下の2言語について特によく目にするようになった。

べセルマン語(бесермянский язык)
19世紀末の統計にも記録が残っている。ウドムルト語の方言か独立した言語かの判断は難しいが、2020年のロシア連邦国勢調査には、2036人が「べセルマン人」だと申告したらしい。

メリャ語(мерянский язык)
既に死語になったと言われている言語だが、近年「復興」している。Facebookにコミュニティがあり、2019年には辞書も出版された。

以上の3言語を加えると38となり、およそ40という最初にあげた概数に近くなる。

ウラル語っていくつになるの?

「ある言語が独立した言語か、方言かを決めるのは政治的な問題である」とは、千野栄一先生の授業で繰り返し聞いた言葉だが、そうは言っても、大学でウラル語に関する授業をする際に、こんな大雑把な数をあげるだけでいいの?と思うし、詳しく話すには時間が足りない。

ウラル語が話されるヨーロッパはもとより、あまり知られていないが、ロシア連邦に住む人々も強い人権意識を持ち、それぞれの(政治的)主張を述べることをいとわない。民族的なアイデンティティを強く意識し、その復興や保護をうったえることは、1991年にソビエト連邦が崩壊してから、ずっと行われてきた。ソ連崩壊後に誕生した世代が増え、若いころから当たり前のように国外の文化や思想に触れてきた人たちは、今後も(古くて)新しいウラル語について活動を続けていくことだろう。

私自身は、千野先生の『外国語上達法』に影響を受け、「ロシア語を学んで、ロシア語で他の言語の研究をするんだ」と意気込んで外語大に入り、マリ語に出会った。数が不安定なウラル語であるが、確実に言えることは、フィンランド語、ハンガリー語、エストニア語以外の研究者が足りないことである。ウラル語があなたを待っている。私たちと一緒に、ウラル語の数え方を考えるところから始めてほしい。

(トップの写真は、ロシア連邦のマリ・エル共和国西部の町コズモデミヤンスクで撮影された、上:ロシア語と下:山地マリ語の街路表示です。レーニン通りと2言語で書かれています。)

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