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一足飛びには発展しない人類の智慧

東京都生活文化スポーツ局は2009年、
「『波動・情報転写による効果・性能をうたった商品』の表示に関する科学的視点からの調査結果について」
と題する調査報告書を提出しました。
 
「波動」というキーワードを用いた健康食品・機器や医療はちまたに多くあふれています。
 
それぞれに、利用者の体験談や独自のメカニズム論を展開して、その正当性を訴えています。


「波動」は超便利

波動は特に後者、つまり当該商品がうたわれている機能を発揮するメカニズムを説明するのによく使われます。

物理学的には、一般的にある地点から他の地点へとある種のエネルギーが伝わっていく現象。
 
「ある種のエネルギー」なんて言うとざっくりしていて、あたかもスピリチュアルの人がよく口にするのと同一視されそうですが、そうではありません。

少なくとも物理学においては、それは曖昧模糊としたものではなくきちんと定義されたエネルギーです。

 水面の波であれば水面の振動エネルギー、音波であれば空気の振動エネルギー、といった具合。

この波動の概念が疑似科学・ニセモノ科学の正当化に便利に使われる事情は、例えば拙ブログ「『波動医療』に気を付けて!」

波動商品を都が調査

で、この東京都の調査では波動や情報転写をうたい実際に販売されている10個の製品について、その効果・性能を評価し、併せて商品に表示されている内容がそれと整合しているのかどうかが調べられました。
 
調査対象となった商品は、置物、機器、スプレー、水、マグカップなど多岐にわたります。
 
情報転写機と称する機器を例に挙げると‥。
 
うたい文句としては、「身体の健康情報を水に記録し、その水を飲むことで脳に自分の新鮮な情報がインプットされ自己回機能(ママ、自己回復機能の誤記か)にスイッチが入る」とのこと。

好意的に解釈すれば、ある時点での「健康情報」をこの機械を使って水に「転写」し、その後の時間経過の中で経年劣化した体にこの水を入れることで「情報がインプット」され、時間が経過する前の状態に戻る(若返る)、といったところか(合ってる?)

ところが都の調査では、1)情報転写の原理の説明、2)機器を作用させた水を飲むことで自己回復機能にスイッチが入る事実を示すデータ、3)機器が体内情報を飲料水や身の回りのものにコピーできる機能、いずれについても提出資料はなし。

全ての商品に対しこのような感じで、健康上の効果をうたった表示の根拠と称するものに客観的事実がなく、また商品の機能の説明として与えられる表示も実際にその説明内容と機能との関連が不明であり、場合によっては販売者自身がその商品についての詳細を知らないケースがある、と結論付けています。

メタ思考で賢く

この報告書では最後に消費者へのアドバイスとして、「一見科学的根拠があるかのように効果・性能をうたっている表示でも、うのみにせず多角的に情報を収集したり都の消費総合生活センターに相談したりするのが重要」と説きます。
 
いま手にしているその「転写水」、その効果はどうしてわかったのか。
 
販売者が言っている事は額面通り受け取って良いのか。
 
効果はいつまで持続するのか。
 
売れているとしたらその要因は?メディア戦略なのでは?
 
「使用者の声」だけで判断していない?
 
これらを自問するだけでもだいぶ違うでしょう。

売る側でなく買う側が販売戦略に一役買う場合も。

特に高価なものの場合、販売者ではなく購入者側が良い口コミなど高評価を広める傾向があることが知られています。

せっかく高いもの買ったのに効果が実感できない。

だから他者に広めて効果を確認したい、と。

自分の購買行動を失敗と思いたくないがゆえの行動ですね。

なぜそのような機器を買い、身体の情報を転写したと称する水を飲みたいのか?
 
たいていは何らかの体調の不調があるからでしょう。
 
そこからの自然回復を「転写水のおかげ」と思い込む、ということもあり得ます。
 
「使用者の声」はその影響も多分にあることが考えられるし、そもそも本当にその人は一般の購入者なのかも疑わしいもの。
 
本当の購入者だったとして、販売者に都合の悪い意見はまず載せないでしょうね。

真実を確かめながら一歩ずつ

一つの表示・一つの言葉を鵜呑みにしないことを含め、はっきりしないことをはっきりさせる動作、これが科学的姿勢であり科学的調査・研究の原点と言えるでしょう。
 
「科学者は、科学でなんでも解明できると思っている」という、ありがちな科学者批判。

耳タコや!

けど実態はむしろ逆で、科学者こそ科学の限界を心得ています。
 
全てを解明するのはムリだとしても、ですよ。

より一般性のある知識・よりましな真実に到達するためには、推論と観察・実験の繰り返しが現状ではベストの手法であり、科学者の共通認識でもあります。
 
「現状ではある程度正しいと認めてよさそうだ」と言える理論に到達する過程、その正しさの程度を上げていく過程、それを実現するのがこの科学的手法です。
 
調べれば調べるほど、研究すればするほど、分からないことが分かっていくが、それ以上に新たな「分からない事」が出てくる。

「分かっていなさ」が分かる。

問題解決や新たな自然像を得ることと同様、目下分かっていないことは何なのかをはっきりさせることもまた重要なことです。

「正しさ」の程度は場合により問題によりまちまち。

定説とみなされていた理論が覆ることも珍しいことではありません。
 
しかし、だからと言って「科学では何も分からない」と投げやりになるのは正しくありません。

自然の奥深さ、人類のできることの限界に目をくらまされて、「よりましな真理」に近づく科学研究の手続きを手放すのは、真理に目を閉ざす行為です。
 
知識の確からしさを高める努力は必要なことです。

例えば「再現性」

この確からしさを測る一つの物差しとして、「再現性」があります。

これは、同じ条件下なら誰が検証しても(誤差の範囲内で)同じ結果を得る、ということ。
 
一気圧での水の沸点は、私が測ってもあなたが測っても、イギリスで測ってもベトナムで測っても、10年前に測っても今測っても同じ摂氏100度になるはずです。
 
確かめたからそう言えるわけですね。
 
地域や教育現場でひところおおハヤリし、今も根強い影響力のあるEM菌
 
有用微生物群の英語名の略称とのこと。
 
土壌改良、川などの水質改善から車の燃費向上、コンクリート強化、病気の治癒、鳥インフルエンザ抑制、放射能除去まで、とにかく非常に有用性の高いものということになっている。

がしかしその組成、乳酸菌、酵母、光合成細菌などの混合ということらしいのですが、なんと明らかにされていない。
 
もしこれらの効能・機能が本当なら、人類にとってはこの上もない福音、開発者はまずノーベル賞確実、でしょうね。
 
ここで問題なのは、EM菌提唱者の比嘉照夫氏がEM菌に対する科学的手法を用いた検証を禁じている点。
 
彼らの許可なしには「勝手に試験をして、その効果を判定する権限もありません」と、他者の検証を許さない立場です。
 
いやあ、彼らに私たちがEM菌を検証する権限を云々する権限こそないと思うのですがね。
 
科学思考の放棄を押し付ける態度は一貫しており、さらに
「EMは神様だから、なんでもいいことはEMのおかげにし、悪いことが起こった場合はEMの極め方が足りなかったという視点を持つようにして、各自のEM力を常に強化すること」
などと説きます。
 
検証するな、疑うな、効くまで使え、‥ここまでくればもう宗教そのもの。
 
彼ら自身が、EM菌がこのような超絶素晴らしい働きをする機構について「不明」としている点もまた重大です。

メカニズムの隠匿、それはまさにオカルトの骨頂。
 
「常識的な概念では説明が困難であり、理解することは不可能な、エントロピーの法則に従わない波動の重力波がエネルギーの物質化を促進する、魔法やオカルトの法則に類似する、物質に対する反物質的な存在である」などと一応「説明」なるものも。
 
重力波や反物質まで持ち出していますが、残念ながら科学的には整合の取れない内容です。
 
1200度に加熱しても死滅しないとも言いますが、普通に有機分子が分解する温度であり、菌が死滅しない訳はありません。

全体的に見れば、メタ思考の練習としては初級コースのようにも見えますが、全国的にパワーを持ってしまっている、これが現実の社会です。

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