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風のつぶやき #02 「道具」 について | 小田佑二

紙に絵を描く時は水彩絵具を使うことが多い。ペンやアクリルガッシュで描く時もあるけど、ほぼ水彩絵具を使う。顔料が紙にジワ〜っと染みながら定着していくのが気持ちいいし、乾いた時にできる滲みや風合いがある表情が好きだ。「乾いたらこうなるのか!」という驚きや発見があり、滲みや風合いが上手くいくと絵がいい感じになってテンションが上がる。

使っている水彩絵具は金属製の黒い箱型容器で片開き式のフタを開けると固形顔料を4個3列で12個配置できる。また容器の側面には金色のキャップが付いていて、その形状は西部劇にでてくるウイスキーボトルに似ている。さらにキャップがある側面に被せる取り外し式の蓋も付いている。キャップを外せば箱型容器の中に水が貯められて、取り外し式の蓋は筆を洗う用の容器として使える。全体の大きさもパソコンのマウスくらいでポケットに入るサイズだ。つまり、携帯式の屋外用の水彩セットなのである(当初は固形顔料が配置されてる3列のうちの1列には専用の筆たちが畳まれて入っていた)。

もう15年くらい使っている水彩セットなのだが、僕はこの道具が好きだ。
まず見た目がカッコいい、先程ウイスキーボトルに似てると書いたが金色のキャップ部分はハードボイルドな趣きを纏っている。ジャケットの内ポケットからそれがでてきたら、ウイスキーボトルだと思われるに違いない。

描き方も少し変わっていて、チューブから顔料を出して混色するのではなく、何個もの顔料を筆でなぞりながら調色していくスタイル。これが驚きや発見をもたらしてくれていて、飽きっぽい僕には非常に合っている。

そんなお気に入りの水彩セットだが、自分で購入したわけではない。

僕は専門学校を卒業してすぐ、仕事の8割がサッカーのポスター制作というデザイン会社に就職した。
当初は就職する気は無かったのだか、たまたまバイトの面接に行くことになり、そこでなぜか受かり、そのままバイトから正社員になったのだ。

バイトしながら絵を描いて、イラストレーターになろうと考えていたところに急に来た就職話。イラストレーターになりたいなら、デザイナーしてると勉強になるぞと言われた事。会社の社長もイラストレーターを目指していた過去があり絵が上手だった事。謎な絵ばかり描いては家に持ち帰って来る僕を心配していた父親の事。その他、色々な事があり、僕は就職することにしたのだった。

会社は社長(50代)、デザイナー(40代)、それと僕の男性3人だった。
仕事は忙しく徹夜はしょっちゅう、そうでなくても朝から晩まで働くような日々だった。次から次へ途切れない仕事を考えると休む事もできなくて、自分から帰りますとも言えずに発狂しかけた時もあったが、入社してすぐ自分でデザイン案を考えて提案する事ができたし、メールや名刺交換や飲み会などの初めての社会人ライフが新鮮で面白かった。
グラフィックデザインの仕事も楽しかったし、サッカーの試合をみんなで見るのも好きだったし、このままデザイナーとして生きるでも良いかなーとも思っていた。一方で、入社してからも帰宅後絵を描いたり、休日は版画制作しに工房へ行ったりと、絵を描くことは続けていたので、せっかくならイラストレーターを目指してみようと思い、ならば会社を辞めようという結論に至った。当時の僕は会社の案件でイラスト描いてみたらと言われても、恥ずかしい気持ちもありチャレンジしなかった。もっと積極的に自分の絵を使ってデザイン案を作っていたら、どうなっていたのだろう。

会社に辞めることを伝えてから退社するまで半年くらいあったのだが、辞める日が近づいたある日、社長が餞別にくれたのがあの水彩セットだった。本当に色々とお世話になって、最後に絵の道具をもらったことが応援してもらってるようで嬉しかった。

しかし、僕は水彩絵具を使った事が無かった。小学生の頃はあるがほぼ覚えてないし、そもそも乾いても水に濡れると顔料が落ちる事が気に入らなかった。当時は墨汁で絵を描く事が多かった。墨汁も水に弱い。が墨汁は例外でアリだった。「気分」以外の何でもない自分ルールの結果、せっかくの餞別品はその後2年にわたりほとんど使われる事は無かった。この機会に試してみよう気持ちもあったが当時の僕には違ったらしい。

辞めてはいたが、会社との付き合いは続いていて、仕事や絵をみてもらいに行く事もあった。水彩絵具で描いた絵を持ってこない。描いてる気配すらない僕を社長はどう思っていたのだろうか。あれ使ってるか?っていう会話をした記憶もないので、全く何も思ってないか、思ってても言えなかったかのどちらかだと思う。

僕と水彩セットの距離が近くなるのは、餞別品をいただいてから2年経ったヨーロッパ周遊旅行だ。旅先でスケッチを沢山しようと思っていた僕は、よく使っていた墨汁、筆、ペン、それと携帯式のあの水彩セットを持って行く事にした。
と言っても僕の信頼を得ていたのは墨汁で、水彩セットは補欠、携帯式で嵩張らないというのみの理由で旅行に帯同した。

成田を出発して16時間くらい。イギリスのヒースロー空港に降りたった。はじめてのヨーロッパ。不安もあったがワクワクしていた。荷物受取所のレーンから流れてくるバックパックを取り、隅っこでバックパックの中にあるポーチと画材を小さめのナップサックに移し変えようとした。

その時、画材を入れたビニール袋が黒くなっていることに気づいた。なんと墨汁が中で漏れていたのだった。筆を拭く用に同梱した雑巾が漏れた墨汁をほぼ吸い取ってくれたからビニール袋からバックパック内に漏れてなかったのが不幸中の幸いである。墨汁はほぼ漏れ終えて、ただの容器と化しビニール袋は若干タプついていた。

幸先の悪すぎるスタート。エースであり信頼のおける墨汁の離脱。墨汁ってヨーロッパに売ってるのかな、、高そうだな、、そんな事を思いながら、墨汁の容器、雑巾の入ったビニール袋を捨てた。蓋がちゃんと閉まって無かった墨汁と自分を犠牲にバックパックの平和を守った雑巾のヨーロッパ旅行は空港内で終わりを告げた。申し訳ない。

そして残ったのはペン数本と筆、水彩セットだった。旅行は始まったばかり、道中で墨汁があったら買おう。それまでは少し頼りないがこのメンバーで。僕はそう決断した。

結局、墨汁をヨーロッパで買うことはなく、それから今に至るまで、ずっと水彩セットを使っている。水彩セット様と言っても過言ではないほどにお世話になり倒している。
水彩セットをめぐる一連の事は、帰国してから描いた絵と一緒に社長にも伝えた。あんまり覚えてないが喜んでくれてたように思う。
まさかこんなにずっと水彩セットを使い続けるとは思わなかったがほんとに良いきっかけをいただいた。

水彩セットは使い出して間もない頃はうまく描けなかったが、枚数をこなすうちに少しずつ思うように描けるようになり、水彩絵具の魅力を知るようになった。正しい描き方があるのかさえも知らないし、旅行中だったので誰かに教えてもらう事も調べる事も無かった。なので自分なりの描き方でスケッチをしていたのだが、この「自分なり」が今に続いている。

現在、僕は油絵具で制作している。
必要最低限の事は教えてもらったが、あとは「自分なり」に描いみてる。
「それやり方が違うよ」って箇所や事があっても、訂正ではなく、助言に留めといてほしい。
旅行中ですので。


絵描きの小田佑二による連載『風のつぶやき』では、絵にまつわる自分事をご紹介します(「風のつぶやき」とは父が発行していた家族新聞のタイトルです)。

小田佑二
秩序ある即興のパターン化をテーマに、見た・聞いたことからのインスピレーションや情景を線や面の構成で表現している。 六本木アートナイト、GOOUT CAMP、FUJI ROCK FESTIVAL など、イベントでのライブペイント、ペイントワークショップや国内外での壁画制作・作品発表をはじめ、書籍、音楽、ファッションなど様々なジャンルのアートワークを手がける。
https://www.instagram.com/odarian

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