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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | # 20 『デザインの周辺』 田中一光

#20
2024年3月14日の1冊
「デザインの周辺」田中一光 著(白水社)

「24時間、デザインについて考えておくこと」

大学時代に仲の良かった非常勤の先生がよく言っていた。空間プロデュース専門で京都伏見在住(当時)のK先生。隔週で、大学のある倉敷まで通っていらした。グラフィックとイラスト専攻だった私は、3回生以降は先生の授業を受けることはなかったけれど、先生が出勤される度にお昼ごはんを一緒に食べたり、ゼミ室でお喋りしていた。ウマが合うというか、お互いに「大きな世界の中で同じ種族を見つけた」ような、そしてまるでおじいちゃんと孫のようなかんじで、気楽にいろんな話をした。そんな先生はベテランであるにも関わらず、肩の力が抜けていて学生に対して威張るようなこともなく、怒ったり不機嫌であることもなく、いつも愉快だった。そんな先生が、出会ってすぐの頃に、私たち学生にビシッと言い放った言葉がある。

それが「24時間、デザインについて考えておくこと」。

今日の1冊は、田中一光による『デザインの周辺』。1980年発刊。グラフィックデザイン界の巨匠として、一人の人間として、当時の時代性を俯瞰しながら捉え、生きる様が生々しく伝わってくる本だ。

田中一光:
1930年生まれ。広告、編集・出版、プロダクトなど、1960年代からの日本のデザインの発展に大きな影響を与えた人物のひとり。代表作は無印良品、Loft、西武百貨店などのロゴタイプなど。

この本を手に取り読み始めてから、K先生のこの言葉を思い出した。

田中一光は、日本トップクラスの仕事を抱えながら、会議などの仕事も踏まえて海外へも飛び回っていた。海外で見たものや得た知識、養ったセンスによって、日本という国への解像度が上がっていたことが見受けられる。

『街の眺め』という章。

サンタフェの土塀ぞいの細い道を歩いていると、ふと、奈良で過ごした少年時代の感触が皮膚を通してよみがえってくる。この程よいスケールがなんと人間的なことか。(中略)今の日本では都市、農村に至るまで見事にそれが崩壊した。

サンタフェを訪れた際の話。丘陵や山脈を越えて出会った、サンタフェの街の様式美を目の当たりにしたことで、日本の街を思い返す。都市を形どる建物や看板、それらから放たれる空気にまでも違和感を抱き、サンタフェの美しさと比較しながら、日本の都市の崩壊に気がつく。

サンタフェを見たことで木造や、瓦屋根を懐かしんでいるというのではない。(中略)材料が様式を決定するのか、施工術の問題か、安価であることか、あるいは国民の美意識なのか、行政なのか。(中略)倉敷や高山や川越など、ほんのわずかな日本的集落を求めて人々は押しかける。完成された様式の集合は美しいからである。

そして、それが何故なのかを考える。その時点でどういう状態であれば美しいのか、答えを出すことができる。

どこに居ても、何をしていても、常に「美しさ」とは何かに視点を置いて物事を考えている。サンタフェと日本の街並みについては一例に過ぎず、ほかにも仕事に追われる日常のなかでアンテナを張り巡らし、思考を止めない。止めざるを得なかったという方が正しいのかもしれない。

私が言うまでもなく、日本グラフィック界の巨匠たる所以だ。しかし、ふと「神」ではなく「人間」であることを垣間見せる一面もある。

『裏方の愚痴』という章。

(略)つまり、デザインとは本来そういうものなのだが、完成して任務を果たしたと思う安堵と同時に、得体の知れない虚しさに襲われる。(中略)仕込みの時の熱っぽい興奮は一瞬に消えて、嫉妬と悲哀の混じり合ったもう一人の自分との会話が始まるのである。(中略)拍手の届かない裏方の愚痴のような感情であり、要するにぼくは気が弱いのだ。

仕事の大小にあまり意識を向けたくはないけれども、少なくとも私のような小者でも似た虚しさを感じることはある。「これは仕事だ」と割り切るほか、気持ちのやり場はないと思うのだけれど、そういう意味では仕事というものに、自分自身が完璧に満たされることはないのかもしれない。田中一光ですらも、そうして一喜一憂しながら挑み続けた。

日本と世界を行き来する日々で、彼の物事への眼差しは研ぎ澄まされ、企業広告といった高度な社会性を求められる表現の面白さ・美しさを徹底的に追求し、繰り返し、積み重ね、デザイナーとして、人間としての力を磨き上げたのだ。

「24時間、デザインについて考えておくこと」

物事を、人を、見つめること。
グラフィックという平面表現を手段に、問題解決へと導くこと。
次の瞬間を予測して、他者への思いやりを持つこと。

このことは私自身にも現状がどうかを己に問い、戒めるきっかけとなった。デザイナーとしてだけでなく、パークのスタッフとして、古書店員として、一社会人として必要なことであると。

『デザインの周辺』を読むことで、学生時代に得た「24時間、デザインについて考えておくこと」というK先生からの教えを、より自分のものにすべく、日々を見逃さないでいようと、私は心得た。

まだまだ、これからである。

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この連載《わたしのつれづれ読書録》でこれまでに紹介した本は、パークギャラリーでご覧いただくことができます。手にとって、重みや紙質、文字のサイズ感、装丁の迫力など、物としての本の面白さも合わせてお楽しみください。

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🐈つぐみから大切なお知らせ🐈

1年9ヶ月ほどパークギャラリーの木曜日を担当してきましたが、4月いっぱいでお店番を離れることになりました。

お店番をすることで、パークに訪れる皆さまとの新しい出会いに恵まれ、その一日一日を思い出しては、紛れもなく私の人生において大切な時間であったと実感しています。木曜にパークギャラリーを訪れてくださった皆さま、本当にありがとうございました。4月まではこれまで通りに、木曜にいるのでまだまだ、皆さま遊びに来てください。待ってます〜。

5月以降はパークギャラリーの「本の人」として活動します。この連載《わたしのつれづれ読書録》も継続する予定です。

これまでとかたちは変わりますが、引き続きパークギャラリーと私つぐみをよろしくお願いいたします。

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PARK GALLERY 木曜スタッフ・秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋・東京くりから堂に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。

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