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『わたしのつれづれ読書録』 by 秋光つぐみ | #18 『悲しみの秘義』 若松英輔

#18
2023年2月15日の1冊
「悲しみの秘義」若松英輔 著(ナナロク社)

かつて日本人は、「かなし」を、「悲し」とだけでなく、「愛し」あるいは「美し」とすら書いて「かなし」と読んだ。悲しみにはいつも、愛しむ心が生きていて、そこには美としか呼ぶことができない何かが宿っている。人生には悲しみを通じてしか開かない扉がある。悲しむ者は、新しい生の幕開けに立ち会っているのかもしれない。

冒頭に述べられたこの一節に、撃ち抜かれました。帯にも綴られているくらい、本書を語るうえで大きなテーマとなる部分なので、敢えて書いておきたいと思います。

今日の一冊は、若松英輔さんによる『悲しみの秘義』です。

若松英輔:
読む、書く、考えるをテーマに活動する批評家、文芸評論家、随筆家。前東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

日々、若松さんのSNS に綴られる言葉の数々には、己の内なる感情を言語化することで自分自身を救うことになったり、他者との関係を冷静に見つめることにつながるきっかけが散りばめられ、明日の自分を大切に生きようと思わせてくれます。

理論的、哲学的でありながらも、感情に訴えかけてくれる「やさしさ」を纏った言葉選びにセンスが光ります。

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涙は、必ずしも頬を伝うとは限らない。悲しみが極まったとき、涙は涸れることがある。深い悲しみのなか、勇気をふりしぼって生きている人は皆、見えない涙が胸を流れることを知っている。

『悲しみの秘義』より

事実の、その先の向こうに目に見えない感情があることを、切実に教えてくれます。


この『悲しみの秘義』は、人々が抱く「悲しみ」とはどういうものなのか、世界中の文献を用いたり、若松氏自身の経験に基づいて様々な角度から読み解いていく本です。極めて理論的、哲学的ですが、同時に詩的、文学的でもあり、スンと懐に浸透してくれる、そんな内容が続きます。

人生には、孤独を生きてみなければどうしても知り得ないことがある。孤独を感じるとき、もっとも近くに自己を感じる。ここで述べられている人生の秘密との遭遇は、私が、「私」になる道程に欠くことができない。
(中略)
孤独の経験は、私たちを孤立させるのではない。むしろ、他者と結びつく契機となる。それはいつしか、私たちを人類という場に導くことがある。

『悲しみの秘義』より

生きていればきっと誰しもが抱くことのある想いを、まずはそれとの出会いを肯定したうえで、向き合い方、付き合い方、先に見える希望をさし示してくれる、そう表現するのが近いでしょうか。

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人はひとりで生きることはできない、当たり前に他者と共存しながら生きていく。他者と関係を結んでいくなかで、心の内に「悲しみ」が生まれることは致し方ない。でもそれを決して「悲しさ」だけでは終わらせない。芽生えた時点で自ら肯定し、認め、自分の中で咀嚼して、養分として我がものにしていく。その経験と時間が「愛しみ」へと変化し、やがて「美しみ」の深い人生へと生まれ変わる。

そういったメッセージを、言葉の力を確実に信じながら、読者にも信じさせる説得力を持って伝えてくれています。私自身も、文字通り「悲しみ」を抱いたとき、この本を手に取ることで、救われた夜がありました。感情の海に溺れたとき、やさしい言葉とシンプルな理屈が脳内をきれいに磨いてくれる、そう気づかせてくれました。

「悲しみ」という感情、言葉そのものを深く理解してみたい方へ、手に取ってみて頂きたい一冊です。

PARK GALLERY 木曜スタッフ・秋光つぐみ

グラフィックデザイナー。長崎県出身、東京都在住。
30歳になるとともに人生の目標が【ギャラリー空間のある古本屋】を営むことに確定。2022年夏から、PARK GALLERY にジョイン。加えて、秋から古本屋・東京くりから堂に本格的に弟子入りし、古本・ギャラリー・デザインの仕事を行ったり来たりしながら日々奔走中。

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